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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵


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11話 ストンリッツへの道中2

「ノル〜朝ごはんだって」

 

 テントの入り口からこちらを覗き込むチラは、肩と頭に尻尾をふさふさとさせたリスを3匹乗せている。


「ふわぁ〜おはよう。直ぐ行く〜」


 外から漂ういい匂いに誘われるようにテントから出ると、サミューがスクランブルエッグを焼いていた。


「おはよう、サミューさん。あれ、フライパンなんてあったっけ? それに卵も」

 

「おはよう。これはファディックで買っておいたんだ。卵は――」


「サミューが取ってきてくれたんだよ! その間ね、チラが見張りをしてたのー! えらい?」


「ええ、偉いわ」


「でしょ〜? サミューも『偉いぞ』って撫でてくれたんだよ〜」

 

 チラが猛烈に羨ましく感じる。母ロエルが死別してからは頭を撫でてもらった記憶がノルには無い。エアやチラに撫でてもらうのは違う気がするが、サミューにならどうだろうか? 


 しかしここで『撫でて』と言うのは恥ずかしい。ノルは頭に思い浮かべた理想のお姉ちゃんの表情を精一杯再現しながら頷いた。

 

「2人共ありがとう、野宿しながら温かいものが食べられるなんて嬉しい」


 サミューは小さく笑いながら、焼け具合を確認する。チラはフライパンの上でふるふると揺れる、黄色いスクランブルエッグを見て目を輝かせた。


「これからボクとノルとサミュー、みんなでこれを分けて食べるんだよね? なんだか花吹雪がおっきなオムレツを作るお話を思い出しちゃうな〜」


「確かに〜、崖から命綱無しで飛び降りて卵を取るんだよね。最後は近くの村人と輪になって温かいのを食べるの。私も花吹雪が作った料理、食べてみたいな〜」


「……また超人花吹雪の話か。確か冒険者だったと思うのだが、いつの間に料理人へ転職していたんだ?」


 サミューはつまらなさそうに、パンの上へスクランブルエッグを乗せた。しかし目を輝かせて語り合う2人を見て、肩をすくめパンにかぶり付く。

 

「やはり外で食う飯は美味いな。屋外での調理は腹を空かせた野生生物を誘き寄せるだけだと思っていたが」


「……えっ、野生生物? そ、それって可愛いリスとかの事だよね……?」


 恐々と森の方へ視線を送るノルを見てサミューは苦笑する。

 

「肉食獣はまず来ないから心配するな。燻すと奴らが嫌う臭いを発する草を焚き火に混ぜている」


「そっか〜、それなら安心。いただきま〜す……んっ! この卵ほんのり甘味があって美味しい。それに外で食べてるだけなのに、いつもの何倍も美味しく感じるな〜」


「本当だー!」

 

 気が付けばチラの肩に乗っているリスが増えていた。チラはポケットからどんぐりを取り出し、リスに差し出す。


 ノルはチラとリスを見てふと思った。チラはシラカシの木の精霊だ。シラカシの木はどんぐりがなる木で、この時期のリスは餌を蓄える習性があったのではないかと。リスには分かるのだろうか?


 3人は朝食を食べ終わると荷物をまとめ、ストンリッツへ向けて歩きはじめた。



 ♢♦︎♢

 

 

 西日が眩しい時間になると、3人は足を止め野営の準備を始めた。小さな湖沿いで道が分かれている場所のため、多少見晴らしが良い。人の姿に驚いたのか、湖に浮いていたカモが慌てたように飛び立って行く。

 

 サミューとチラが焚き火に使う小枝を拾いに行っている間に、ノルはランタンを取り出し火をつけた蝋燭を入れ、近くの岩場に置いた。


「(そうだ、今のうちに水を汲んでおこっと! そしたらサミューさん『偉いぞ』って頭を撫でて褒めてくれるかな? いやいや〜、私ってば何考えてるの?)」


 そう否定しながらも、頭を撫でてもらえた想像をすると心がくすぐったい。ニマニマ笑いを滲ませながら人数分の水筒を抱え湖へ近付いた。空が暗くなってきた中で、木々に囲まれ黒く見える湖は吸い込まれそうに感じて少し怖い。急いで水を汲み、湖から離れた。


「はい、お水」


「ん、ありがとう。そこに置いておいてくれ」


 サミューは起こしている最中の焚き火から目を離さず、斜め前を指さした。ノルはしゅんとしながらチラの横に腰を下ろす。なんだかサミューは火を起こす方に夢中で、無意識に口からお礼が出ていただけような気がした。


 そんな事を思うのは我儘だと分かっているが、もっとしっかり褒めてもらいたい。そのためには、自分から何か行動を起こさなくては。しかしサミューにも段取りがあるのだろう。やる気で満ち溢れているのに、何をすれば良いか分からない。


 その様子を見て取ったのか、サミューはノルに指示を出す。

 

「お前はパンを切ってフライパンで焼き目を付けておいてくれ。刃物と火の扱いには充分気を付けろ」


「うん分かった。ねえ、もしかして今夜の夕飯ってトースト?」


 朝からスクランブルエッグを食べられたと言う事もあり、贅沢を言ってはいけないと思う反面、トーストだけでは物足りない気分になっていた。


「それだけではない。まあ、出来てからのお楽しみだ。手伝い頼んだぞ」


 サミューは袖口を捲りながら口角を上げる。優しさの中に不敵な雰囲気も感じる笑みだ。ノルは贅沢な考えを、表情に出さないようにしていたつもりだったが、どうやら見抜かれていたらしい。

 

 言われた通りパンを1人前の厚さに3枚切り、フライパンに乗せてじっくりと焼いた。丁度パンが両面焼けるタイミングで皿を持って来たチラが首を傾げる。


「チラえらい?」


「えらいよ〜。さあ、お皿をちょうだい。トースト職人の私がパンを乗せさせていただくわ。…………あ」

 

 気付けば、パンの端がやや焦げている。しょんぼりしながらパンを皿に取っていると直ぐ後ろからサミューの声が聞こえた。


「焼けたようだな」

 

 ノルは慌ててパンを裏返し焦げた面を隠しながら、サミューが持つ深い皿の中を覗き込み尋ねた。


「あっ、もしかして旅人のおじさんから交換でもらった塩漬け? なんだか爽やかな香りがするね。美味しそ〜」


 サミューはまだ温かいフライパンへ几帳面に魚を並べながら小さく笑った。


「これはお前が揃えた材料で作ったんだぞ」


「えっ、そんな覚えないけど……?」

 

「お前がすれ違う全員に挨拶して、愛想良く振る舞ったからここに魚がある訳だ。まあ考え無しにファディックで、オレンジのソースを買っていた時はどうしようかと思ったがな。おかげで美味い晩飯が食えそうだ。よくやった」

 

 ノルは自然と笑顔になった。なんだか心がくすぐったい。サミューに褒められるとこんなに小さな事でも、たとえ頭を撫でてもらえなくても嬉しくなる。

 

 自分達が間違っていれば正してくれ、いざと言う時は頼りになり、それでいて優しい。夢の中でエアは認めないと言っていたが、自分は自分だ。


「(えへへ、サミューさんがお兄ちゃんだったら良いのに)」

 

 気付けば魚の焼ける香ばしい匂いが漂い、ジュワジュワと食欲をそそる音がしていた。


「パンに乗せてしまっていいか?」


「「うん!」」

 

 ノルとチラがずいっと皿を差し出すと、サミューは湯気の上がる焼き魚をパンの上に乗せた。いい匂いに待ちきれなくなったノルは早速かぶり付く。


「「美味しー!」」


 ノルとチラが頬に手を当て目を輝かせると、サミューは満足気に微笑んだ。


 

  ♢♦︎♢



 ランタンの見張りを交代する時間になり、昨日と同じようにサミューから時計を受け取った。そのままテントから出ようとしたが、物音でチラが目を覚ましたらしく、ムクリと上半身を起こし眠たそうに目を擦る。


「私はこれから見張りをするんだけど、チラちゃんはどうする?」


「うん、ボクもやるよ〜。チラは立派なお兄ちゃんだも〜ん」


「それでは頼んだぞ」


 サミューにテントから送り出されると、目の前に広がっていた絶景に目を見張った。


 ──夜空を満天の星が埋め尽くしている。


 2人は髪を軽くそよがせながら空を見上げた。まるで宝石を細かく砕いたような、小さな小さな粒が夜空にばら撒かれていて、その細かな1粒1粒がまたたいて見える。


 外の暗さや圧巻の星空に慣れてくると、空の様子が更によく見えてきた。濃紺の夜空の中で星々が密集している箇所や、少し大きな光を放つ星の周辺は、夜空の色が青や紫色に少し明るく見える。その星空の中には斜めに入った太い光の帯もうっすらと見えた。

 

「ねぇノル、見て見て!」

 

 美しい星空にノルが見とれていると、チラがノルの服を引っ張った。チラが指さす方を見ると湖に満天の星々が映り込んでいる。 


「わぁ〜」

 

 気がつくと風が止んでいた。先程までは、風でさざ波がたっていたせいか、気付けなかった奇跡の光景だ。夜空を埋め尽くす星々と、鏡のような水面に映る満天の星々が見せる絶景に、ノルとチラは言葉を失った。


 だがすぐに再び風が吹き、湖面の星々はさざ波と共に水に溶けるように消えてゆく。ノルは焚き火のそばに座ると、かんざしを横笛に変え演奏を始めた。ノルの横笛の音は静かにゆったりと星空へ溶け込むように響き渡る。


 それからノルは笛を吹き続け、気付けは見張りを交代する時間になっていた。ノルとチラはテントの中で眠るサミューを起こす。


「ん? もうそんな時間なのか。今夜はよく眠れた気がする」


 伸びをするサミューを見ると、薄暗いテントの中で定かではないが、確かにいつもより血色がいい気がした。そんなサミューの様子に安心してノルとチラは眠りについたのだった。


 

 ♢♦︎♢


 

「雪が降って来たぞー!」


 翌朝ノルとチラはサミューの声で目を覚ました。もぞりとテントから顔を出し、目を輝かせる。


「わあっ、雪だぁ〜!」

「白〜い!」


 チラが手を出すと、その上に雪がはらりと舞い落ちた。白かった雪が手の温度でじわりと溶ける様子を見てチラが首を傾げる。

 

「あれー、冷たい水になっちゃったよ?」


「お前達も早く防寒着に着替えてしまえ」


「「はーい」」


 ノルとチラは雪に興奮しつつも、まだ少し眠い目をしばしばさせながらテントへ戻り着替えた。再び外へ出ると、サミューがテントを仕舞うための袋を出している。


「テントを少しでも乾いているうちに撤収したい。朝飯は少し後になるがそれでもいいか?」


「うん、私も手伝う」

「チラも、チラも!」


 3人で急いでテントを撤収してから朝食の準備を始めた。


「ねえねえ雪、積もるかな?」


「ああ、間違いないだろう。積雪が深まれば歩き難くなる。早めに出発するぞ」


 スカベル地区では滅多に雪が降らないため、正直なところ積もった雪で遊んでみたい。しかし旅の目的を果たす事が最優先だ。ノルは遊びたい気持ちをグッと飲み込み頷いた。


「うん、その方が良さそうだね」


 喋るたびにモワモワと口から白い息が出る。ハーっとしながら皿を出していたチラの鼻の頭に雪がくっ付いた。


「へぷちっ!」


 思わずくしゃみをして体をぷるっと震わせるチラに、サミューは用意していた飲み物を差し出した。


「昨日会った旅人と交換したココアと言う飲み物だ。体が温まるはずだぞ」


「ありがとう! あっマシュマロだ!」


 チラはマシュマロが入っていたのが嬉しかったのかココアをあおる。


「熱っーい!」


 涙目になりながら舌を出し、顔をキュッとさせるチラに、ノルは人差し指を立ててチッチッと振る。


「チラちゃん、熱い飲み物はフーフーしなくっちゃ」


「分かった! えっと、熱かったけどね、体が温まるの!」


「本当だ。ほろ苦いけどまろやかで、不思議な香りがして美味しい〜。そうだ! あれを足したら更に美味しくなるんじゃ?」


 ノルは荷物からゴソゴソと包みを取り出し、その中から角砂糖を2つ摘むとココアの中に入れた。


「えへへ〜、やっぱり甘くて美味しい」


 チラがすかさずおねだりする。


「チラも、チラも!」


「はいどうぞ。サミューさんも入れる?」


 ノルはチラのココアにも角砂糖を2つ入れながらサミューに尋ねた。


「いや、俺は結構だ」


「そっか、私は断然甘い方が美味しいけどな〜」

「チラはね、どっちも好きだよ!」


 それから朝食を食べ終え、そそくさと荷物を片付けてストンリッツを目指した。歩いている間にも雪は降り続き、気付けばノルのくるぶしくらいの深さになっている。積もった雪に足を取られ、若干視界も悪く緩やかな登り坂が歩き難い。


 ノルは足を止めて息を整え顔を上げた。眼前には雪化粧をした山が連なっている光景が広がっている。


「わぁ〜、もしかしてあれがルカミ山脈?」


 ノルの声にサミューが振り返り頷いた。


「そうだ。ストンリッツまで半分と少し進んだくらいだな」


「分かっていても遠いね。馬車で行けたら楽なのに。なんでここは乗り合い馬車が無いんだろう」


 横を通り過ぎて行った馬車を目で追いながら、何気なくノルが発したひと言にサミューは苦笑する。


「どうやら領主の意向で、採算が取れない路線は廃止しているらしい。偉い人間の考える事は理解し難いものだな」


 そう言いながらサミューは深いため息をつく。チラはそんなサミューの手を握り、心配そうに見上げた。


「サミュー、どこか痛いの? 大丈夫?」


 サミューは小さく笑い、そっとチラの手を離した。

 

「ああ……問題ない。俺が雪を踏み締めるから、お前達は一列になって俺の足跡を追ってくれ」




 昼頃になると降り続いていた雪が止んだ。この辺りは雪が積もってからまだ歩いた人がいないのか足跡が無い。キャッキャとはしゃぎながら夢中で辺り一面に足跡を付けていると、甲高い鳴き声が耳に飛び込んできた。


「シッ、静かに! ゆっくりとこちらへ来い。俺に背中を向けたままだ」

 

 森の中から1頭の鹿が、警戒感を顕にしてこちらをじっと見つめている。体格が良く、立派な角を持つ牡鹿だ。


「この時期は近付くと危険な事が多い。刺激しないように、だが目を離さずそっと離れるぞ」


 3人は静かに極力急いでその場を離れる。特に鹿が追ってくる様子も無く、少し離れた場所まで来ると緊張感から解放されたのか力が抜けた。それと同時にノルのお腹が大きな音をたてて鳴る。テヘッと少し照れくさそうに笑ったノルを見てサミューが尋ねた。


「そろそろ昼飯にするか?」


「「うん!」」


 3人で昼食の準備をしていると、横を馬車が通り過ぎて行く。しかしその馬車は、3人から少し離れた場所で止まった。ノルが様子を見ていると馬車から誰か降りて来て、3人を見て嬉しそうに手を振る。


「ああ、やっぱり君達だった!」


 そう言いながら3人に笑いかけたのは、ファディック地区でオレンジ農家をしているダンマだ。


「お久しぶりです。ダンマさん、腰の調子はどうですか?」


「あれからみるみる良くなってね、今ではこの通りさ。妻の調子も良くなったから畑は妻に任せて、ストンリッツへオレンジを卸に行く途中だったんだ」


ノルはちらりと馬車の荷台を見る。オレンジが入っているであろう木箱が大量に積んであるが、3人が乗れるスペースくらいはありそうだ。

 

「……あのー、私達もストンリッツへ行くんです。もし良ければ馬車の空いている場所に、乗せてもらえないでしょうか?」


 ダメ元で聞いてみたが、ダンマはすんなり頷いた。


「良いよ。乗っていきな」


「ありがとうございます!」

「ありがと!」

「ストンリッツまで、よろしくお願いします」


「これくらいで君達に受けた恩を返せるなら、安いもんさ」


「そうだ! これからお昼ごはんを食べる予定だったんですけど、ダンマさんもいかがですか? あっ、安心してください。作るのはサミューさんですから」


「良いのかい? なんだか悪いね。何か手伝う事はあるかい?」

 

「馬車に乗せて貰う立場の俺達が手伝わせるなど、とんでもない。そのお気持ちだけで充分です。どうぞゆっくりなさってください」


「そうかい? それじゃあ僕はネロリ……馬に昼飯をあげて来ようかな」


「チラも行くー!」


 元気に手を挙げたチラにダンマが微笑みかける。


「おっ、頼むよ」


 それからノルとサミューで昼食の準備を終えた頃にチラとダンマも戻って来た。


「お馬さんが『よろしくね』ってボクの顔をたくさん舐めてくれたの!」


 チラはニコニコしながらサンドウィッチにかぶり付く。


「ネロリが初めて会った人にあそこまで気を許すなんて珍しい。チラくんは本当にすごい子だね」


「そうだよ、ボクは立派なお兄ちゃんなの!」


「出た〜、チラちゃんの『立派なお兄ちゃん』」


 クスッと笑うノルに、チラが胸を張って見せる。サミューとダンマは、そんな2人のやり取りを温かく見守ってくれているようだった。


【See you next time!】

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