第63話それぞれの休暇
王立学院にも夏の長期休暇が訪れる。しかし、魔王軍との戦いまで一年を切っている今、生徒達の様子もいつもとは違っていた。
王立学院に、長期休暇の季節が訪れた。
ミラベルにとって前世の記憶にある言葉で表すなら――夏休み。
本来ならば、生徒達が故郷へ帰り、家族と過ごしたり、友人達と遊んだり、普段できない経験をしたりするための長い休暇。
だが――今年ばかりは、誰もがその意味を同じようには受け止めていなかった。
魔王軍との戦い。
それが、一年以内に起こるかもしれない。
魔界へと繋がった巨大な亀裂を一度は塞ぐことに成功したものの、それによって得られた猶予は一年。
その間にも魔王軍が違うやり方で再び侵攻してくる可能性は、決して低くない。
学院の掲示板には、長期休暇に入ることを知らせる紙が貼られていた。
その前には、いつも以上に多くの生徒達が集まっている。
「やっと長期休暇かぁ…!」
「俺、実家に帰ったら親父の仕事を手伝うんだ。」
「私は家族と旅行する予定!」
そんな明るい会話が聞こえてくる一方で――。
「…休み中も鍛錬するつもりか?」
「ああ。俺は父さんの伝で騎士団の訓練に混ぜてもらうつもりだ。」
「俺もだ。来年、本当に戦争になるなら…少しでも強くなっておきたい。」
そんな会話も、あちこちで交わされていた。
中には、学院で学んだ魔法や剣術を実家に持ち帰り、家族や領地の兵士達と共に鍛錬する者もいる。
そして――。
「…次に家族に会えるのが、いつになるか分からないからな。」
そう呟く生徒もいた。
その言葉に、周囲の生徒達は何も返さなかった。
返せなかった。
誰もが、同じことを考えていたからだ。
戦争が始まれば、家族と離ればなれになるかもしれない。帰ってこられないかもしれない。
だからこそ、この夏休みを利用して家族との時間を大切にしたい。
それもまた、この戦いに備えるための覚悟だった。
「…なんだか、長期休暇の前だっていうのに張り詰めた空気ですね…。」
学院の中庭。
ミラベルは、木陰のベンチに腰掛けながら呟いた。
隣にはブレイブ。
その向かいにはマリナとユリウスがいる。
少し離れた場所では、カインやエレノア、アルト、ヴィオレット、セドリック、ロザリア、ルシアン、アイリス達もそれぞれ休暇前の話をしていた。
マリナは腕を組みながら空を見上げる。
「まぁ…しょうがねぇよな。」
「マリナさん?」
「だってさ…。」
マリナは少しだけ寂しそうな顔をした。
「あたしだって…レン達ともっと一緒にいたい。戦いも大事だけど、家族ともっと過ごして思い出作りたい奴らの気持ちもわかるよ。」
レン。ガイ。ノア。トーマ。ソフィー。リン。エマ。
かつてスラムで共に生きていた、マリナにとって大切な家族同然の仲間達。
学院に通うようになってからも、休暇には彼らと文通を続けていた。
「学院に来る前は、ずっと一緒だったんだ。」
マリナは小さく笑う。
「だから…会えるなら、ちゃんと会っておきたい。」
その言葉に、ミラベルも頷いた。
「…私もよ。」
ミラベルの脳裏に浮かんだのは、アルヴェイン侯爵家の両親。
父のレオナルド。母のセレスティア。
そして屋敷で働くオズワルド達。
「私も、お父様とお母様と過ごす時間を大切にしたいもの。」
そう言ったミラベルの表情には、普段とは違うものがあった。
覚悟。
それが、ブレイブには分かった。
「…お嬢様。」
「何?」
「俺も…家族と過ごす時間を大事にしたいと思っています。」
ブレイブは真っ直ぐにミラベルを見る。
「オズワルド執事長は俺の家族になってくれた方です。俺が今こうして学院で勉強に遅れずついていけているのも、アルヴェイン家で執事としての技術や振る舞いを教えてくださったのも…全部、執事長はのおかげなんです。」
拳を握る。
「だから、休みの間にちゃんと伝えたいんです。…ありがとうございます、って。」
ミラベルは微笑んだ。
「ええ。きっとオズワルドも喜ぶわ。」
その隣でユリウスも静かに頷いた。
「私も父上と母上に会うつもりだ。」
王太子という立場上、ユリウスには本来ならば休暇中にも多くの公務がある。
だが、それでも――。
「王族としてではなく、一人の息子として過ごせる時間を大切にしたいと思っている。」
その言葉に、マリナが笑った。
「いいじゃねぇか!」
「そうだね。」
「だったら、みんな同じだな!」
マリナは拳を突き上げる。
「休む奴は思いっきり休む!鍛える奴は思いっきり鍛える!家族と過ごす奴は思いっきり家族と過ごす!」
そして、ニッと笑った。
「全部、これから戦うために必要なことだろ?」
ミラベルは目を丸くした。
「…ふふ。」
「なんだよ?」
「ううん。マリナさんらしいなって思っただけ。」
「どういう意味だよ〜それ!」
「褒めてるのよ。」
「!なら、いいけどよ!」
二人のやり取りを見ていたブレイブとユリウスも、思わず笑った。
もちろん――全員が休暇を家族との時間だけに使うわけではなかった。
「俺は実家に戻ったら、父上の騎士団の訓練に混ぜてもらうつもりだ!」
そう宣言したのはアルトだった。
「体育祭の戦いでもアウレリオ様の試験でも、まだまだ自分の実力が足りないって思い知らされたからな!」
「私も付き合います。」
隣にいたヴィオレットが当然のように言う。
「アルト様一人では、どうせ無茶をしますから。」
「おいおい…俺のことなんだと思ってんだよ?」
「無茶をする上に無鉄砲でお調子者な放って置けない人です。」
「そこまで言うか!?」
二人のやり取りに周囲から笑い声が起こる。
一方、カインも腕を組みながら告げた。
「俺も実家の領地に戻る。」
「カイン様も?」
エレノアが尋ねる。
「ああ。公爵家の騎士達に頼んで訓練に参加させてもらう。」
カインは真剣な表情だった。
「次に魔獣が現れた時…そして、魔族とやらが侵攻してきた時…俺はもっと強くなっていたい。」
エレノアは静かに微笑む。
「では、私もご一緒します。」
「!エレノア?」
「私も…カイン様のお側で魔法の鍛錬を続けたいですから。」
「っ!…そうか。」
カインは少しだけ照れくさそうに顔を背けた。
その一方で…。
「僕は魔法研究を続けるよ。」
ルシアンが大量の本を抱えながら言った。
「特に、古代の浄化魔法についてね。マリナさんのおかげで研究は完成に近づいたんだ。今度こそ完全なものにしたい。」
「私も手伝いますわ。」
アイリスが隣に立つ。
「マリナさんの力だけに頼るのではなく、誰でも使える形に近づけられれば…戦場で救える命が増えるはずですから。」
セドリックとロザリアも頷いた。
「私達も自分達の魔法をさらに磨きます。」
「私も同じだ。次の戦いでは、もっと皆の力になれるようにしたい。」
誰もが、それぞれの方法で戦いに備えていた。
そして――。
その様子を、学院の校舎から眺めている人物がいた。
アウレリオだった。
「…ふむ。」
豪快な笑みを浮かべながら、腕を組む。
「休暇に入るってのに、どいつもこいつも随分と真面目な連中になったもんだ。」
その隣には、セリーヌが立っている。
「アウレリオ様が鍛えたからでは?」
「俺だけじゃねぇさ。」
アウレリオは首を横に振った。
「あいつらは…自分達で決めてるんだよ。どう生きるかをな。」
セリーヌも頷く。
「確かに…以前の生徒達なら、戦争の話を聞けば怯えるだけだったでしょう。」
「だが今は違う。」
アウレリオは生徒達を見る。
「怖がりながらも前を向いてやがる。」
そして、静かに呟いた。
「みんな…いい顔になった。」
その瞳には、師としての誇らしさが宿っていた。
その日の夕方。
ミラベル達は、それぞれ帰路につく準備を進めていた。
だが――。
「全員、ちょっと待て!」
突然、アウレリオの声が響いた。
全員が振り返る。
「なんですか?」
ミラベルが尋ねる。
アウレリオはニヤリと笑った。
「せっかくの長期休暇だ。」
嫌な予感がする。
ミラベルは思わず身構えた。
「…先生?」
「休む前に一つだけ、言っておく。」
アウレリオは全員を見渡す。
「この夏、お前達は家族と過ごしてもいい。領地で鍛えてもいい。研究してもいい。」
そして、拳を握る。
「だが…休暇が終わった時、今より弱くなって戻ってくることだけは許さん!」
「!はいっ!」
ミラベル達はアウレリオの言葉に力強く返事をした。
「まぁ…お前達からしても当然のことだったか。」
アウレリオはミラベル達の返事に満足し、豪快に笑った。
「強くなる方法なんざ一つじゃねぇ!家族と飯を食うのも、友達と笑うのも、故郷を見るのも、全部お前達の力になる!」
その言葉に、ミラベルは目を見開く。
「…!」
「戦いだけが修行じゃねぇ。」
アウレリオは穏やかに続けた。
「守りたいものを、自分の目でちゃんと見てこい。」
その言葉は、ミラベルの胸に深く響いた。
守りたいもの。
家族。友人。学院。
そして、この世界。
ミラベルは静かに拳を握った。
「…はい!」
その返事に、ブレイブも続く。
「はい!」
マリナも笑顔で叫ぶ。
「ああ!」
ユリウスも頷く。
「承知しました、叔父上。」
アウレリオは満足そうに笑った。
「よし!」
そして数日後。
学院は、いつもより静かになった。
生徒達の多くが、それぞれの故郷へ帰っていったからだ。
ある者は家族と過ごすため。
ある者は故郷の騎士団と鍛錬するため。
ある者は魔法研究のため。
そして――ミラベル達もまた、それぞれの大切な場所へ帰ることとなった。
しかし、彼らの胸の中には同じ思いがあった。
この夏を無駄にはしない。
笑える時には笑う。家族と過ごせる時には過ごす。
そして、戦う時が来たならば、必ず大切なものを守れるだけの力を手に入れる。
誰もが、その覚悟を胸に抱いていた。
そんな中、アルトの故郷である辺境伯領から、一通の知らせが届く。
「大型魔獣保護区に指定されている離島を、休暇中の特別訓練場として提供できる。」
その知らせを受け取ったアウレリオは――。
ニヤリと笑った。
「…決まりだな。」
こうして…ミラベル達の夏休みは、思いがけない形で始まろうとしていた。
夏休みに入ったミラベル達ですが、アウレリオのある思惑によりただの夏休みにはならない空気で終わりました。
次回以降はその辺りを書いていきたいと思います。
今回は読んでくださりありがとうございます。次回も読んでいただけたら嬉しいです。




