第60話切実なる願い
会議を終えた魔王軍幹部達。バルガスとリリーナのもとにある少女が駆け寄ってきた。
会議を終え、幹部達が次々と退室していく。
カルヴァンは既に自分の部隊の強化計画を考え始めていた。
ルナリアも魔導隊の研究施設へ向かう。
リヴァンは人間界の情報収集のため書物庫へ。
そしてバルガスも、自らの部下である魔獣達のもとへ向かおうとした。
その時――。
「バルガス様ー!」
聞き覚えのある声が響いた。
バルガスが振り返ると、小さな少女がこちらへ走ってくる。
「キララ!」
少女を呼ぶリリーナの声。
少女――キララは、そのままリリーナへ飛び込んだ。
「リリーナ様ー!」
「わっ!」
ぎゅっと小さな身体がリリーナを抱きしめる。
リリーナも嬉しそうに笑いながら、その頭を撫でた。
「お待たせ、キララ。」
「おつかれさまです!リリーナ様!バルガス様!」
その光景を眺めながら、バルガスも自然と表情を緩める。
「元気だったか?キララ。」
「はい!」
キララは嬉しそうに頷いた。
そして、少し遠慮がちにバルガスを見上げる。
「あの…バルガス様。」
「どうした?」
「また…アンさんとティムくんに会いに行ってもいいですか?」
バルガスは一瞬目を丸くした。
それから――。
「もちろんだ。」
と優しく微笑む。
「あの二人なら、いつでもお前を歓迎してくれる。」
「本当ですか!?」
「ああ。」
「やったぁ!」
キララが飛び跳ねる。リリーナも笑いながら頷いた。
「よかったわね、キララ。」
「はい!」
その笑顔を見ながら、バルガスはふと思い出していた。
最初は――。
この少女を警戒していた。
ある日突然、リリーナの身体へ魂の状態で入り込んできた謎の少女。
リリーナが身体から追い出そうとした際、その魂は偶然にもリリーナが作り出した分身体へ定着した。
正体も分からない。どこから来たのかも分からない。
だからこそ――。
(…危険ではないのか?)
そう考えた時期もあった。
だが…。
「バルガス様?」
「!…いや。」
バルガスはキララの頭へ手を置いた。大きな手で、優しく撫でる。
「何でもない。」
キララは嬉しそうに笑った。
彼女は――無害だった。
とても優しく。とても素直で。そして、寂しがり屋だった。
前の人生で、彼女は家族に見捨てられた。
最期まで自分を見捨てなかったのは、最愛の姉だけ。
彼女は飢えの中で命を落とした。
その話を聞いた時、リリーナは涙を流し
「この子は、もう一人にしない。」
そう強く決意をした。
それ以来、リリーナはキララを娘のように可愛がっている。
バルガスもまた、そんな二人を見守ってきた。
「じゃあ、アンさん達のところへ行こっか!」
「はい!」
キララがリリーナの手を握る。
二人が歩き出し、バルガスも二人の後ろを歩いて行った。
その後ろ姿を見つめながら、バルガスは小さく呟いた。
「…戦争、か。」
キララ達のような子供達まで巻き込むことだけは避けたい。
それが、彼の本音だった。
だが――、魔王の命令は絶対だ。
そして今、魔界は確かに危機に瀕している。
「…せめて。」
バルガスは拳を握る。
「子供達だけは…守らなければな。」
その言葉は誰にも届くことなく…ただ、魔界の暗い空へと消えていった。
三人は、魔王城を出てそのまま魔界の街道を歩いていく。
向かう先は、魔獣達が暮らす小さな集落。
その一角に、木造の家が建っている。
「アンさーん!」
キララが駆け寄る。
「おや?」
家の前で作業をしていた女性が顔を上げた。
獣の耳と尻尾を持つ女性。
人間と魔獣――。両方の血を引く存在。
彼女の名は、アン。
「キララちゃんじゃないか!」
「こんにちは!」
「いらっしゃい!」
アンは笑顔でキララを迎え入れる。
その隣から、小さな男の子が顔を出した。
「キララちゃん!」
「ティムくん!」
キララとティムは嬉しそうに駆け寄り、手を取り合った。
「今日は何して遊ぶ?」
「うーん…。」
キララが考える。
「この前教えてくれた魔獣ごっこ!」
「また?おままごととかじゃなくてもいいのかい?」
アンは苦笑しながらキララの頭を撫でる。
「だって楽しいんだもん!」
「ははは、キララちゃんはほんっと素直な子だね。」
アンは優しく笑った。
その光景を少し離れたところから眺めるバルガス。
彼女の夫のジャックは元はバルガスの部下であったが、人間界への先遣隊というカイゼルが指揮する部隊に移籍していた。
先遣隊には多額の報酬が払われ、全ては妻のアンと息子のティムに楽をさせたいという思いからの志願であるとバルガスも打ち明けられていた。
…しかし、人間界への亀裂が閉じた日ジャックは人間界に取り残され未だ行方不明…。
バルガスはもっと強くジャックを止めるべきだったとアンに謝罪をしたが、アンは…
「あの人は逞しいからきっと大丈夫です!一年間あちらの世界でもきっと生き延びられます!」
と言って夫の無事を信じ気丈に振る舞っていた。
(一年後には必ず…人間界に取り残された同胞を一人残らず保護する…。)
バルガスは子供達の和やかな遊びの風景を見ながらそう固く決意するのだった。
ミラベル達に心を開いた魔獣と彼が最期に語っていた妻子のアンとティム、そして転生者の少女キララが登場しました。
今回は魔界の一般の魔族や魔獣のハーフ達も人間界の人々とメンタル面では何ら変わらないといったつもりで書きました。また、キララの転生前についてもここまで読んでくださった方なら察することができたんじゃないかと思います。今後はその辺りも深掘りして書いていきたいと思っています。
今回は読んでくださりありがとうございます。次回も読んでいただけると嬉しいです。




