第59話異界の会合
マリナ達の活躍により人間界と魔界の亀裂が閉じた頃…魔界の魔王城では会議が行われていた。
マリナの活躍により魔界と人間界の亀裂が閉じた頃…。
人間界から遥か遠く離れた場所。
地上から見れば、決して辿り着くことのできない異界。
大地は黒く、空には紫色の雲が渦巻いている。
所々に巨大な山脈が連なり、その合間には人間界とは異なる建造物が並んでいた。
そこは――魔界。
かつて人間界と繋がっていた世界。
そして今、ミラベル達が暮らす世界へ再び侵攻しようとしている者達の住む場所だった。
魔界の中心。
巨大な城――魔王城。
その最奥にある謁見の間では、数名の魔族が一堂に会していた。
玉座に座るのは、一人の男。
長い黒髪。鋭い赤い瞳。
その身体から滲み出る圧倒的な魔力は、ただそこにいるだけで周囲の空気を重くしていた。
彼こそが魔界を統べる存在。
魔王レグルス。
その前には、魔界軍を支える幹部達が並んでいる。
「…報告せよ。」
低く響く声。
最初に口を開いたのは、長い白髪を後ろへ流した男だった。
魔王軍の宰相――カイゼル。
「はっ!」
カイゼルは恭しく頭を下げる。
「先日の亀裂についてですが…人間界側の巫女によって完全に封じられた模様です。」
「…一年か。」
レグルスが呟く。
「はい。」
カイゼルは静かに頷いた。
「我々が人間界へ大規模侵攻を行うためには、再び亀裂が開くまで一年程度を要するでしょう。」
玉座の間に沈黙が落ちた。
誰もが理解している。
一年。
それは長いようでいて、戦争の準備期間としては決して長くない。
やがてレグルスはゆっくりと立ち上がった。
「ならば…一年だ。」
その言葉に、幹部達が顔を上げる。
「一年あれば十分だ。」
魔王の赤い瞳に強い意志が宿る。
「我々は長きに渡り、この魔界で苦しんできた。」
レグルスが窓の外を見る。
そこには荒れ果てた大地が広がっていた。
「土地は痩せ、作物は育たぬ。疫病も広がり、多くの民が苦しんでいる。」
拳を握る。
「それに対して人間界には、我々の知らぬ豊かな土地がある。水も、食料も、資源もある。」
その声には、単なる侵略者としての欲望だけではない。
魔界の民を救わなければならないという、王としての焦りがあった。
「私は魔王として、民を見捨てるわけにはいかぬ。」
「陛下…。」
カイゼルが恭しく頭を下げる。
「まさにその通りでございます!」
そして、静かに続けた。
「人間界を手に入れれば、魔界の民は救われます。」
レグルスが頷く。
「そうだ。」
「この一年で軍備を整えましょう。」
カイゼルの声が少しだけ強くなる。
「魔王軍の全てを動員し、人間界を制圧する。そのための準備期間として一年を使えばよいのです。」
「…よかろう。」
レグルスは幹部達を見渡した。
「各隊は一年以内に戦力を増強せよ。」
「承知いたしました。」
最初に応じたのは、屈強な男だった。
鍛え上げられた肉体。短く刈り込まれた髪。
その身体には数多くの傷跡が残っている。
魔王軍軍隊長――カルヴァン。
「我が軍は必ずや、人間共を圧倒する戦力を整えてみせましょう。」
続いて、一人の女性が前へ出る。
長い銀髪。冷静な眼差し。
漆黒と紫を基調とした軍装を身に纏っている。
魔王軍魔導隊長――ルナリア。
「魔導隊も同様に。」
彼女は淡々と答えた。
「魔法兵の育成、戦闘魔術の研究、新型魔導兵器の開発…一年で可能な限り進めます。」
「頼むぞ。」
「はっ!」
さらにその隣。
黒い外套を身に纏った顔立ちの整った青い髪の長身の男が静かに一礼する。
魔王軍幻影公――リヴァン。
「私の部隊は諜報と幻術を得意としております。」
口元に薄い笑みを浮かべる。
「人間界の地理、軍事施設、王都の警備体制……可能な限り情報を集めましょう。」
「うむ…任せた。」
そして――。
大きな身体を持つ獣人のような魔族が、腕を組みながら立っていた。
赤褐色の毛。巨大な角。鋭い牙。
魔王軍冥獣長――バルガス。
「俺のところも任せてください。」
低い声が響く。
「魔獣達の訓練を進め、人間界へ送り込む尖兵として優秀な奴らを増やしておく。」
「期待しているぞ、バルガス。」
「ははっ!」
そして最後。
玉座から少し離れた場所に、一人の少女がいた。
見た目だけなら――どう見ても幼い。
淡い桃色の髪。大きな瞳。小さな身体。
白いワンピースのような服を身に纏い、眠そうに欠伸をしている。
「…ふぁ〜…。」
場違いな欠伸に、カルヴァンが眉をひそめた。
「…リリーナ。」
「なぁに?」
幼い少女――リリーナは首を傾げる。
彼女こそ魔王軍分身術師。
その外見からは想像できないほど長い年月を生きている、特殊な魔族だった。
「お前も自分の分身体について報告をしろ。」
カルヴァンが言う。
「一年でどれほど増やせる?」
「んー…頑張れば、かなり?」
「かなり、では分からん。」
「じゃあ…いっぱい!」
「だから…具体的に――」
「カルヴァン。」
ルナリアが小さくため息をついた。
「リリーナに細かな数字を求めても無駄よ。」
「むぅ…。」
リリーナは頬を膨らませる。
「失礼だなぁ。私だってちゃんと考えてるもん。」
そう言って指を一本立てる。
「分身体なら、いっぱい作れるよ。」
二本目。
「戦える子も作れるしー…」
三本目。
「偵察できる子も作れる!」
そして――にっこり笑った。
「だから、たくさん作ってあげる!」
カルヴァンは少し呆れたように息を吐いた。
「…頼んだぞ。」
「はーい。」
そのやり取りを見ていたバルガスは、ふと眉を寄せた。
(…一年、か。)
魔王の決断そのものに異論はない。
魔界の民が苦しんでいることも知っている。
人間界の豊かな土地を求める気持ちも理解できる。
だが――。
バルガスはちらりとカイゼルを見る。
(本当に…これでいいのか?)
カイゼルは魔王の言葉を誰よりも強く支持している。
それ自体は問題ではない。
しかし、最近のカイゼルには、どこか妙なところがある。
魔王の考えを先回りするように言葉を選び、魔王が迷えば必ず侵攻へ向かうよう誘導する。
まるで…。
「…。」
バルガスは視線を細める。
(誰かに操られているような…。)
その時、リリーナもまたカイゼルを見ていた。
普段の幼い表情とは違う。
ほんの一瞬だけ。
その瞳に鋭い光が宿る。
(カイゼル…変なの。)
カイゼル自身が何かを企んでいる。
それならまだ分かる。
だが…。
(カイゼルが、自分で考えてるように見えないんだよねぇ…。)
リリーナは小さく首を傾げた。
(まるで…誰かに道を教えてもらってるみたい。)
「…よし。」
レグルスの声が響く。
「一年後。」
幹部達が姿勢を正す。
「我らは人間界へ進軍する。」
「はっ!」
「魔界の未来のために、各々力を尽くすのだ!」
魔王の宣言が謁見の間に響き渡る。
会議はそこで終了した。
ミラベル達の見えないところで、敵も着々と準備を進めつつあった。
今回、ヴェルナーや人語を介する魔獣以外の魔界関係者が一気に登場した回でした。彼らも単純な悪、敵対者として書くのではなくもっと別な書き方をしていきたいと思っています。
今回は読んでくださりありがとうございます。次回も読んでいただけると嬉しいです。




