第6話執事見習いブレイブ
療養生活を経てブレイブは侯爵家で執事見習いとして働き始めていた。
ブレイブがアルヴェイン侯爵家の使用人となってから、一か月が過ぎようとしていた。
朝日が昇るよりも早く起き、身支度を整えて使用人たちと共に一日を始める。
それが、彼の日課となっていた。
「おはようございます!」
まだ眠気の残る屋敷の廊下に、元気な声が響く。
厨房では料理人たちが朝食の準備を進め、メイドたちは忙しく食器を運んでいた。
「おはよう、ブレイブ。」
「今日も早いね。」
「はい!」
ブレイブは深々と頭を下げる。
「俺にできることがあれば何でも言ってください!」
その姿に、年配の料理長は苦笑した。
「真面目なのはいいが、少しは肩の力を抜け。」
「はい!」
「ハハッ、返事だけは百点だな!それじゃあ、芋の皮剥きを頼んでいいか?」
「はいっ!」
元気の良いブレイブの姿に厨房に笑い声が広がる。
最初の頃、ブレイブは何をするにもぎこちなかった。
食器を運べば落としそうになり、紅茶を淹れれば濃すぎたり薄すぎたり。
ナイフやフォークの並べ方も分からず、何度もメイド長に教わった。
「違いますよ、ブレイブ。フォークはこちらです。」
「す、すみません!」
しかし、何度失敗しても投げ出さない。教えられたことは必ず書き留めて、次の日には覚えてくる。
そんな姿に、使用人たちは次第に心を開いていった。
執事長のオズワルドは、廊下を掃除するブレイブを静かに見守っていた。
70歳を超える老執事は、侯爵家に50年以上仕えてきた人物である。
「ブレイブ。」
「はい、執事長!」
「こちらへ。」
ブレイブは箒を置き、駆け寄る。
オズワルドは一枚の銀のティースプーンを差し出した。
「これを磨いてみなさい。」
「はい!」
十分後…。
ブレイブは磨き終えたスプーンを差し出す。
「……どうでしょうか?」
オズワルドは光にかざす。
にやりと笑った。
「合格です。」
「本当ですか!?」
「最初は曇りを上手く落とすことができませんでしたが…ここまで綺麗にできれば上出来ですよ」
その言葉に、近くにいたメイドたちも笑う。
「懐かしいですね。」
「最初の日は、銀食器全部曇らせちゃいましたもの。」
「うぅ…。」
ブレイブは耳まで赤くした。
「でも。」
メイド長が優しく微笑む。
「あなた、本当に努力家ね。」
「え?」
「失敗した次の日には必ずできるようになっているんですもの。そういう子は絶対に伸びるの。」
ブレイブは照れ臭そうに頭を掻いた。
「ありがとうございます…!」
仕事は執事見習いだけではない。
「ブレイブー!」
庭師が大声で呼ぶ。
「はい!」
「花壇の土を運ぶの手伝ってくれ!」
「今行きます!」
大きな麻袋を軽々と担ぐ。
「おぉ、力持ちだな!」
「森に住んでた時に薪とか石を運んでましたから!」
今度は洗濯場。
「ブレイブ!シーツ干すの手伝ってちょうだい!」
「はい!」
物干し竿へ次々と洗濯物を掛けていく。
「助かるわぁ。」
午後には馬小屋。
「ブラシ貸してください!」
馬丁と一緒に馬の毛並みを整え、水を替える。
「馬にも慣れてきたな。」
「最初は怖かったですけど…。」
馬が鼻先を擦り寄せてくる。
「今は懐いてくれるのがとても可愛いです!」
誰かに頼まれれば「できません」とは決して言わない。
休憩時間になっても、
「終わるまでやります!」
と笑う。
そんな毎日を送っていた。
気付けば、屋敷中の使用人が彼を可愛がっていた。
「まるで息子みたい。」
メイドの一人がそう呟く。
「本当ねぇ。」
「礼儀正しいし。」
「働き者だし。」
「食べる時は本当に美味しそうに食べるし。」
「見てて飽きないわ〜。」
厨房のおばちゃんたちは、ついおかわりを盛ってしまう。
「ほら、もっと食べなさい。」
「えっ!?」
「育ち盛りでしょう?」
「!ありがとうございます!」
山盛りのパンを頬張るブレイブを見て、皆が笑う。
アルヴェイン侯爵家は、いつしか彼にとって”働く場所”ではなく、大切な“居場所”であり“帰る場所”になっていた。
そんな日々が続いたある日の午後。
庭では、今日も木剣の音が響いていた。
カンッ!
カンッ!
ミラベルが鍛錬のため木剣を振る。
「もっと腰を落として。」
師匠役のユリウスが的確に指導する。
「はい!」
今度は魔法の鍛錬。
「火球!」
炎が的へ飛ぶ。
「威力は十分。でも魔力の流れが少し乱れている。」
「もう一回!」
「はい!」
ブレイブは少し離れた場所から、その様子を眺めていた。
(すごい……。)
二人とも年齢は同じ10歳。
それなのに、こんなにも強い。
魔法も。剣も。立ち居振る舞いも。
すべてが眩しかった。
(俺も…。)
自然と拳を握る。
(強く…なりたい。)
脳裏に浮かぶのは、炎に包まれた森。
血まみれで倒れていく仲間たち。伸ばした手は誰にも届かなかった。
(もう嫌なんだ…目の前で…大切な人が死ぬのは。)
この家には守りたい人がいる。
名前をくれたミラベル。
命を救ってくれたユリウス。
温かく迎えてくれた侯爵夫妻。
執事長。
メイドたち。
料理長。
庭師。
みんな。
(俺は…みんなを守れるくらい…強くなりたい!)
今度は仲間を守れなかった自分とは違う自分で在りたい。
その願いは、誰かに認められたいというものではない。
失いたくない。ただ、それだけだった。
その日の夜。
屋敷中が寝静まった頃。ブレイブはそっと部屋を抜け出す。
誰にも見つからないように中庭へ向かう。
月明かりだけが辺りを照らしていた。物置の裏へ隠しておいた一本の木の棒を手に取る。
「…ふぅ。」
ゆっくり構え、そして…
ブンッ、ブンッ、ブンッ!
と木の棒を振る。
ユリウスの剣筋を思い出しながら何度も、何度も。
手の皮が擦り切れても、腕が震えて足が動かなくなってもそれは続いた。
「もっと…強く…!」
その呟きは、誰にも届かない。
月だけが静かに、それを見守っていた。
そしてその光景を、偶然にも一人の少女が目にすることになる。
満月が美しく輝く夜。
それはミラベルとブレイブ、二人の心の距離がさらに近づく、新たな出来事の始まりだった。
1話ほぼほぼブレイブの話でした。彼はミラベルの人生に関わる物語のもう一人の主人公として書いています。
今回も読んでくださりありがとうございました。また次回も読んでくださると嬉しいです。




