第5話父と母の願い
魔獣襲撃事件後、ミラベルの両親の侯爵夫妻は娘にあることを問いただすため彼女を呼び出した。
アルヴェイン侯爵家の応接室には、重苦しい空気が漂っていた。
部屋の中央には、森で討伐された上位魔獣の調査報告書が何枚も並べられている。
報告を終えた自治軍の隊長は、険しい表情のまま頭を下げた。
「…以上が現在判明している全てでございます。」
アルヴェイン侯爵――レオナルド・フォン・アルヴェインは静かに腕を組んだ。
「つまり、犯人はまだ分からぬということか。」
「…申し訳ございません。」
隊長は悔しそうに拳を握る。
「現場周辺からは微量ではありますが、召喚魔法陣の痕跡が検出されました。」
その一言で室内の空気がさらに張り詰めた。
「自然発生ではないのか?」
「はい。」
「誰かが、意図的にあの魔獣を領内へ召喚した可能性が極めて高いと考えております。」
レオナルドの隣に座る侯爵夫人――セレスティア・フォン・アルヴェインが静かに息を呑む。
「そんな…」
「…魔法陣は途中で消されており、術者を特定できるほどの痕跡は残されておりませんでした。」
「…そうか。」
レオナルドは低く呟いた。
「ご苦労だった。引き続き調査を頼む。」
「はっ!」
隊長が退室すると、部屋には夫婦だけが残された。
セレスティアは窓の外を見つめながら、小さく呟く。
「もしユリウス殿下が間に合わなかったら……。」
その先は言葉にならなかった。レオナルドも静かに目を閉じる。
「…ミラベルは…あの子は運が良かった。」
「ええ。」
「だが、運だけで済ませてはならん。」
侯爵としてではない。一人の父親としての声だった。
「二度とあんな危険な目には遭わせん。」
その日の午後。
ミラベルは両親に書斎へ呼ばれていた。
重厚な扉を開けると、レオナルドとセレスティアが向かい合うように座っている。
「…お父様、お母様。」
「座りなさい。」
「はい…。」
穏やかな声だった。しかし、普段より少しだけ厳しい。
(…怒られる。)
ミラベルは素直に椅子へ腰掛けた。しばらく沈黙が続いた後、レオナルドが口を開く。
「ミラベル。」
「はい…。」
「森へは、何をしに行っていた?」
「…。」
返事ができない。
「図書館へ通って勉強していると聞いていたが…?」
「はい……。」
「…実際には違っていた。」
逃げ道はなかった。
自治軍の調査で、森の奥に魔法を使った痕跡が何箇所も見つかっていたのだ。
木々には焦げ跡が残り、土には初級魔法の魔法陣を描いた跡まである。
隠し通せるはずもなかった。
「…ごめんなさい。」
ミラベルは素直に頭を下げた。
「嘘をついていました…。」
セレスティアは悲しそうな表情を浮かべる。
「どうして?…どうして、一人であんな危険な場所へ行っていたの?」
その声には怒りより心配が滲んでいた。
レオナルドも続ける。
「何故そんな危ない真似をする?お前はまだ子どもだ。危険な森で一人きりで修練する必要などない。」
ミラベルは膝の上で拳を握る。
(言えない…。)
ゲームの未来なんて。自分が悪役令嬢で追放されるなんて。
そんな話をしても信じてもらえるはずがない。
けれど。嘘だけはつきたくなかった。
ミラベルは顔を上げる。
「……この先、生きていくために必要なんです。」
その一言に両親は目を丸くする。
「必要…?」
「はい!」
ミラベルの瞳には強い意志が宿っていた。
「私は誰かに守られているだけじゃ嫌なんです…自分の身は自分で守れるようになりたい。もし、大切な人が危険な目に遭った時に何もできずに後悔したくないんです!」
前世では、病室で寝ていることしかできなかった。
自分の命すら守れなかった。
だから今度こそ、自分の足で立ちたい。
その想いだけは本物だった。
レオナルドは娘をじっと見つめる。
まだ幼いはずの瞳…それなのにどこか大人びた覚悟が宿っている。
セレスティアも同じことを感じていた。
(この子は……いつからこんな顔をするようになったのかしら。)
長い沈黙が流れる。
やがてレオナルドがふっと息を吐いた。
「……お前の覚悟は分かった。」
ミラベルが顔を上げる。
「えっ?」
「努力することを否定するつもりはない。」
「本当…ですか?」
思わず声が弾む。
しかし。
「ただし。」
レオナルドの表情が引き締まる。
「森へ一人で行くことは禁止だ。」
「!」
「今後修練するなら屋敷の庭、訓練場、演習場など我々の目が届く場所だけにしなさい。危険な場所へは護衛なしで近付いてはならん。」
セレスティアも優しく微笑む。
「それが約束できるなら、お母様も応援するわ。」
「お父様…お母様……!」
ミラベルは胸がいっぱいになった。
反対されると思っていた。魔法の修練なんてやめなさいと言われると思っていた。
けれど二人は違った。
娘の努力を認めた上で、安全な道を示してくれたのだ。
「ありがとうございます!」
深々と頭を下げる。
「約束します!」
レオナルドは照れ隠しのように咳払いをした。
「…それから。」
「?」
「ユリウス殿下にも事情は話しておく。」
翌日。
庭の訓練場。
ミラベルが魔法の練習を始めようとすると、そこへ木剣を肩に担いだユリウスが現れた。
「おはよう、ミラベル。」
「!ユリウス様!」
「侯爵様から話は聞いたよ。」
ミラベルは少し恥ずかしそうに笑う。
「私が秘密の特訓してたこと…全部ばれちゃいました…。」
「はは。」
ユリウスも優しく笑った。
「実は…私も随分前から気付いていた。」
「え?」
「君が森で魔力を使っていたことを。」
「知ってたのですか!?」
「何度か見かけていたし、あの少年を助けるときに言っただろう?」
ミラベルは少年…ブレイブを救おうと治癒魔法を使おうとした時にユリウスに言われた言葉を思い出していた
『ミラベル、君も治癒魔法を練習していたね。』
「…あっ!!あの時…!」
あまりに当たり前のようにユリウスが言っていたのと、ブレイブを救いたい一心でその時言われた言葉がミラベルの頭の中から今のいままで抜け落ちていた。
「どうして…言わなかったのですか?」
「君の努力を止めたくなかったから。」
その答えは実に勤勉なユリウスらしかった。
「…でも。」
木剣を抜く。
「これからは隠れてやる必要はない。私も君の特訓に協力するよ。」
ミラベルは目を丸くする。
「え?」
「魔法だけじゃない。」
木剣を構えたユリウスは穏やかに笑う。
「剣術も教える。もちろん、君の実力に合わせてね。」
「……!」
「もっと強くなりたいんだろう?」
その言葉に、ミラベルは大きく頷いた。
「はい!今よりもっと…もっと強くなりたいです!」
前世では決して得られなかった健康な体。
努力することに背中を押し、信じてくれる家族。
支えてくれる友。
そのすべてに応えたい。
そんな思いを胸に、ミラベルは杖を握り直した。
この日から、アルヴェイン侯爵家の庭には毎日のように魔法が煌めき、木剣の打ち合う音が響くようになる。
それはやがて、一人の少年――ブレイブが新たな決意を抱くきっかけとなることを、この時の三人はまだ知らなかった。
ミラベルが両親の許しのもと、ユリウスに弟子入りし一人で修行していた時より、より良い環境で力をつけていける展開になりました。その光景を目にしたブレイブも変わっていく姿も今後書いていきたいと思います。
今回も読んでくださりありがとうございました。次回も読んでくださると嬉しいです。




