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第56話守るための祭り

魔界への亀裂が塞がれてからしばらくして、教師陣の間ではある議題が上がっていた。

魔界へと繋がる亀裂を塞いだ戦いから、しばらくの時が流れた。


王都の学院では、以前と変わらぬ日常が戻っている。


――いや。


正確には、以前とは少し違う日常だった。


「そこ!踏み込みが浅いぞ!」

「はいっ!」

「剣を振った後の隙を消せ!魔王軍の兵士が待ってくれると思うな!」


騎士科の訓練場では、今日もグスタフ・ベルンシュタインが生徒達に厳しい声を飛ばしている。


少し離れた魔法科の訓練場では…。


「魔力を一気に放出しない!制御を意識して!」


セリーヌ・ヴァレンティアが生徒達の魔法を細かく指導していた。


そして――。


「よぉし!もう一回だ!」

「…叔父上。少し休憩を挟んだ方が…」

「何言ってやがる、ユリウス!魔王軍が『休憩してください』って待ってくれるのか!?」

「…そういう意味ではありません」


アウレリオの豪快な声が学院中に響き渡っていた。


魔王軍の侵攻。魔界との亀裂。人語を介する魔獣。


そして、その背後にいる謎の存在――ヴェルナー。


生徒達の胸には、以前にはなかった危機感が確かに芽生えていた。


だからこそ、学院では鍛錬が以前にも増して盛んになっていた。


ミラベルもまた、毎日のように魔法の鍛錬を続けている。


マリナの巫女の力を安定させるための訓練にも、ブレイブ達と共に付き合っていた。


「はぁっ!」


マリナが両手を前へ突き出す。


淡い光が彼女の身体から溢れ出した。


しかし――。


「うわっ!」


光が一気に膨れ上がる。


「マリナさん!」


ミラベルが咄嗟に防御魔法を展開。


ブレイブもマリナの前へ飛び出した。


「ぐっ…!」


光の奔流を受け止める。


「わ、わりぃ!」

「大丈夫です!」


ミラベルは笑ってみせる。


「でも、今のはかなり惜しかったわ。この前よりずっと制御できているもの!」

「本当か!?」

「ええ!」

「よっしゃ!」


マリナが拳を握る。


その姿を見て、ユリウスは微笑んだ。


「焦らなくていい。巫女の力は君自身の力でもある。少しずつ理解していけばいいんだ」

「おう!」


そんな日々が続いていた。


そして――。季節が巡り。


学院には、ある時期が近づいていた。


「…学院祭?」


ある日の職員会議。


セリーヌが手元の資料を確認しながら呟いた。


「はい。今年も例年通りなら開催時期になります」


学院長が答える。


だが、会議室には重い空気が漂っていた。


「…今年は中止するべきではないでしょうか」


一人の教師が口を開く。


「魔王軍の侵攻が予想されている…生徒達には一年の猶予もないかもしれない…学院祭の準備に時間を使うより、鍛錬と勉学を優先すべきでは?」

「私も同意します」


別の教師も頷いた。


セリーヌは黙って資料を見つめていた。


確かに、理屈としては正しい。


今は平時ではない。


生徒達が笑って過ごしている間にも、王国軍は念には念をと魔界との亀裂がまだどこかにあるのではないかと探している。


一年の猶予が出来たとは言われているがその実、魔王軍がいつ侵攻してくるかも分からない。


そんな状況で――。


「…俺は開催すべきだと思うぜ」


低い声が響いた。全員が振り返る。


アウレリオだった。


「アウレリオ殿?」

「鍛えてばかりじゃ、人間はいつか心が疲れ切る。」


アウレリオは腕を組み、真剣な表情で続ける。


「いざって時に剣を握るのも魔法を使うのも身体や魔力の力だけじゃねえ。心の力だって同じだ。」


誰も口を挟まない。


「生徒達にも、ここへ子供を送り出してる親御さん達にも…癒しは必要だ。」


そして、窓の外を見る。


学院の中庭では、生徒達が笑いながら歩いていた。


「学院ってのは、ただ魔法や剣を教える場所じゃねえ…。」


アウレリオの声は穏やかだった。


「ここで学び、笑って、友達を作って…『この場所を守りたい』と思えるようにする…。それだって教育だろ?」


セリーヌはしばらく黙っていた。


やがて、小さく息を吐く。


「…確かに。」


彼女は頷いた。


「生徒達に守るべきものを実感させることも、戦う力を育てることと同じくらい重要なのかもしれません。」


グスタフも腕を組んだ。


「俺も賛成です。」

「グスタフまで……」

「生徒達は毎日必死に鍛えている…それなら、一日くらい思い切り笑ったって罰は当たらんと思います。」


そして三人は揃って学院長を見る。


「…分かりました。」


学院長が頷いた。


「今年も学院祭を開催しましょう。」


こうして――。


学院祭の開催が決まった。




しかし。


その決定を生徒達全員が歓迎したわけではなかった。


「学院祭ぃ?」


学院のテラス。


みんなが集まっている中で、アルトが露骨に顔をしかめる。


「そんなことしてる暇があるなら、俺は剣の訓練をしたいんだけどな!」


隣にいたカインも頷く。


「俺も同感だ。魔王軍が来るかもしれないんだ。少しでも強くなっておきたい」


「二人とも、気持ちは分かりますけど…」


ブレイブが苦笑する。


「でも、学院祭も大切なんじゃないですかね?」

「お前まで言うのかよ、ブレイブ!」

「えっ!?」


アルトに詰め寄られ、ブレイブが困った顔をする。


そんな様子を少し離れたところから見ていたミラベルは、ふと――。


一つの記憶を思い出した。


(…そうだ)


前世。ゲームの中で見た文章。


主人公――マリナが学院で過ごした日々。


仲間達と笑ったこと。授業で失敗したこと。友達と過ごしたこと。学院祭での準備期間や本番の楽しかった思い出。


そして――。


最終決戦を前にしたマリナが、その思い出を振り返る場面。


『学院で過ごした楽しい時間があったからこそ、私は大切な人達を守りたいと思えた』


そんな文章だった。


ミラベルは目を伏せる。


(あの時は…ゲームを盛り上げるための展開…としか思っていなかった。)


けれど。


今は違う。


この世界には本当に生きている人達がいる。


ブレイブがいる。マリナがいる。ユリウスがいる。


そして――。


この学院で過ごす、たくさんの生徒達がいる。


「…私、学院祭やりたいです。」


ミラベルがブレイブ達がいる場に静かに言った。


アルトとカインが振り返る。


「ミラベル嬢?」

「確かに、修行することも勉強することも大切です。」


ミラベルは二人を真っ直ぐ見つめた。


「でも…だからこそ、今できることは全部やってみたいんです!」

「…」

「いつ魔王軍が来るか分からないからこそ、今しかできないこともあると思います。」


そして、優しく笑う。


「みんなで笑ったり、家族に学院を見てもらったり…そういう時間だって、きっと大切です!」


アルトは腕を組んだ。


「…でも、それが戦いに何の役に立つんだ?」


ミラベルは少し考える。


「…役に立つと思います。」

「どうして?」

「守りたいものが、はっきりするからです。」


その言葉に、アルトは黙った。カインも黙っている。


ミラベルは続けた。


「私達が強くなりたいと思う理由って、結局そこなんじゃないと思うんです!」


ブレイブが頷く。


「俺も…そう思います!」


マリナも腕を組んで大きく頷いた。


「…だよな!」

「マリナさん?」

「だってさ!」


マリナは笑った。


「修行して強くなるのも大事だけど、楽しいことまで全部捨てちまったら、何のために強くなるんだよ!」


その言葉に、ユリウスも微笑む。


「…私も賛成だ。」


アルトがユリウスを見る。


「殿下まで?」

「強さとは、戦うためだけにあるものではないからね」


ユリウスは穏やかに答えた。


「守りたいものを知ることもまた、強くなるための一歩だと思う」


アルトは頭を掻いた。


「…ったく」


そして苦笑する。


「そこまで言われたら、俺だけ反対するのも馬鹿みたいじゃないッスか。」


カインも小さく息を吐いた。


「……分かった。俺も協力しよう」

「本当ですか!?」


ミラベルの顔がぱっと明るくなる。


「ああ。ただし、鍛錬は絶対に休まない。」

「もちろん!」


こうして。


学院祭の開催に、生徒達も少しずつ心を向けていった。




数日後。


魔法科一年の教室。


黒板には大きく、


『一年生・出し物会議』


と書かれていた。


「それで…何をやる?」


生徒達が頭を悩ませる中。


ミラベルがそっと手を挙げる。


「提案してもいいかしら?」

「もちろん!」

「喫茶店はどうでしょう?」

「喫茶店?」


ミラベルは頷いた。


「男子は執事。女子はメイドになって、お客様をおもてなしするの」


「メイド…!?」


女子生徒達の目が輝く。


「執事…?」


男子生徒達もざわめく。


そして。


「メイドって…ミラベルの家にもいた家事をしてくれてお世話してくれてた人達のことだよな?あたし達がメイドになってお客を世話するのか?」


マリナが首を傾げた。


ミラベルは苦笑する。


「ええと…お客様のお世話をする衣装を着た店員さん…みたいなものよ。」

「ふーん」


マリナは腕を組む。


「それならあたしもやる!」

「本当に?」

「ああ!」


マリナが笑う。


「面白そうじゃん!」


一方――。


「男子は執事か…」


ユリウスが少し考える。


隣のルシアンが授業中や研究中にのみかけている眼鏡を押し上げた。


「内装や魔法演出も必要ですね。」


セドリックも頷く。


「ならば、私達はこちらを担当しましょう。」

「はい!お願いします!」


快く引き受けてくれたセドリック達にミラベルが笑う。


そして――騎士科では。


「三人の勇者が世界を救う物語…?」


アルトが台本を手にする。


「面白そうじゃん!」

「お前、こういうのが好きなのか?」


カインが呆れる。


「当たり前だろ!勇者だぞ、勇者!」


ブレイブは台本を眺めながら困惑していた。


「俺…演技なんてしたことないんですけど…」

「ブレイブ」


カインが肩を叩く。


「お前ならできる」

「そうそう!」


アルトも笑う。


「お前は三人の勇者の一人なんだから堂々とやろうぜ!」


こうして。


魔法科一年は喫茶店。


騎士科一年は三人の勇者による演劇。


それぞれの準備が始まった。




その日の夕方。


学院の廊下から、生徒達の笑い声が聞こえていた。


その様子を、アウレリオ、セリーヌ、グスタフの三人が見つめている。


「…やっぱり、開催して正解でしたな。」


グスタフが呟く。


セリーヌも微笑む。


「ええ」


アウレリオは腕を組み、満足そうに笑った。


「鍛えるだけじゃねえ…。」


そして、楽しそうに走り回る生徒達を見る。


「こういう時間があるからこそ…人は、何かを守るために強くなれるんだ。」


三人の教師は、静かに頷いた。


学院祭まで、あと少し。


魔王軍との戦いが迫る中で――。


生徒達は今だけは、未来を恐れるのではなく。


未来を守るための思い出を作ろうとしていた。

中止になりかけた学院祭ですが、アウレリオと彼に賛同した教師のグスタフとセリーヌの意見が通り開催することになりました。


サブタイトルやミラベルの言っていた通り「守るものをハッキリさせるための祭り」です。


次回以降は学院祭準備段階や本番も書いていけたらと思います。


今回は読んでくださりありがとうございます。次回も読んでいただけたら嬉しいです。

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