第55話試験
ある日の朝、王立学院にある人物が訪れた。
王立学院――。
朝の始業の鐘が鳴る前に、寮から登校してきた生徒達がそれぞれの教室へ向かおうとしていた、その時だった。
「――おいおい!随分と元気な連中が揃ってるじゃねぇか!」
学院中に響き渡る、豪快な男の声。
「…?」
ミラベルが足を止める。
隣を歩いていたブレイブも、マリナも、ユリウスも顔を上げた。
「何でしょう?」
「誰の声だ?」
ブレイブとマリナが首を傾げる。
すると――。
ドンッ!!
学院中央の広場に、巨大な魔法陣が展開された。
「うわっ!?」
「な、何!?」
生徒達が一斉に後退する。
魔法陣から凄まじい魔力が噴き上がり、やがてその中心から一人の男が姿を現した。
三十代半ばほど。
鍛え抜かれた長身。短く整えられた髪。
豪快な笑みを浮かべるその男は、まるで戦場にでも立つかのような堂々たる立ち姿だった。
「今日からこの学院で教鞭を執ることになった!」
男は胸を張る。
「俺の名は――アウレリオ・アークレイン・ヴァルハルト!」
「…!」
ミラベルは目を見開いた。
王家の名。
そして――。
「王弟殿下…!?」
誰かが呟いた。その声に周囲がざわめく。
「王弟殿下だって!?」
「ユリウス殿下の叔父上!?」
「そんな方が学院の教師に!?」
一方、当のユリウスはというと――。
「…来られたか。」
額に手を当てていた。
「師匠?」
マリナが振り返る。
「どうした?」
「いや…」
ユリウスは小さく息を吐く。
「今日から少し大変になると思うよ。」
「?」
アウレリオがユリウスを見つける。
「おお!ユリウス!」
「叔父上」
「久しぶりだな!」
アウレリオは大股で近づいてくると、ユリウスの肩をバンバン叩いた。
「相変わらず真面目そうな顔をしてやがるな!」
「叔父上も相変わらずですね」
「当然だ!」
二人のやり取りを見ていたミラベルは、少し緊張しながら頭を下げた。
「はっ初めまして、アウレリオ殿下。ミラベル・フォン・アルヴェインと申します!」
「おう!」
アウレリオはミラベルをまじまじと見る。
「君がミラベル嬢か!」
「は、はい!」
「ユリウスから話は聞いている!」
「えっ?」
ミラベルがユリウスを見る。
「ユリウス様…?」
「余計なことは話していないから安心して良いよ。」
ユリウスは苦笑した。
アウレリオは豪快に笑いながら、その視線がブレイブへ移る。
「君がミラベル嬢に仕えユリウスを師事しているという、少年のブレイブだな?」
「!はい!」
ブレイブが背筋を伸ばす。
「そして…君が、マリナだな?」
「!おう!」
マリナが胸を張る。
「巫女の力を持つっていう話は聞いてるぞ!」
「!あたしの力のことまで知ってるんだな!」
「もちろんだ!」
アウレリオは楽しそうに笑った。
そして――。
「よし!」
パンッ!!と、両手を叩く。
「さっそくだが、試験を始めるぞ!」
「…え?」
ミラベル達の表情が固まった。
「試験…ですか?」
ブレイブが聞き返す。
「そうだ!」
「今から授業では…?」
「これから始まる試験こそが今日の授業だ!」
「ええ!?」
生徒達から一斉に悲鳴が上がった。
アウレリオは楽しそうに笑った。
「俺が作った異空間に全員飛ばす!制限時間内にそこから自力で脱出しろ!」
「そんないきなり…!?」
ミラベルが声を上げる。
「安心しろ!」
アウレリオは笑顔で言った。
「死ぬことはない!」
「そこじゃありません!」
ミラベルのツッコミが響く。
ユリウスはそんなミラベルに苦笑した。
「だから言っただろう?」
「何をです?」
「叔父上はこういう人なんだ」
そして――。
アウレリオが手を掲げる。
「では――始めるぞ!」
巨大な魔法陣が学院全体を覆った。
「――転移!!」
眩い光が生徒達を包み込む。
「きゃっ!」
「お嬢様!」
ブレイブがミラベルへ手を伸ばす。
マリナが叫ぶ。
「ミラベル!ブレイブ!師匠っ!」
ユリウスだけが冷静に呟いた。
「みんな!必ず戻ってくるんだ!」
次の瞬間――。
四人の姿は光の中へ消えた。
ミラベルが目を開けると、そこは荒野だった。
「……ここは?」
立ち上がった瞬間――。
カツン。
足音が響いた。
「――!」
ミラベルが振り返る。
そこに立っていたのは――。
自分自身だった。
「…私?」
目の前の少女は、ミラベルと全く同じ顔。
同じ髪。同じ服。そして―放出される同じ魔力。
「あなた……?」
「私はあなたの複製体」
複製体が杖を構える。
「ここから出たければ、私を倒してみせて。」
「……!」
ミラベルも杖を構えた。
「…分かったわ!」
瞬間――。
複製体が先に魔法を放った。
「――火炎槍!」
「っ!」
ミラベルは横へ跳ぶ。
炎の槍が地面を穿つ。
「速い…!」
次々と魔法が飛んでくる。
火、風、氷、土、それぞれの属性の魔法。
どれもミラベルが使える魔法だった。
「くっ…!」
ミラベルは防御結界を張る。
しかし――。
「な…!」
結界が砕かれた。
「私の魔法と同じ威力…!」
当然だった。相手は自分自身なのだ。
ミラベルが一歩踏み込めば、相手も同じように動く。
ミラベルが魔法を放てば、相手も同じ魔法で返してくる。
「これじゃあ…!」
決着がつかない。攻撃すれば防がれる。防げば反撃される。
そして何より――。
「はぁ…はぁ…」
体力や魔力が徐々に削られていく。
複製体も同じように消耗しているはずだった。
ならば――。
ミラベルは一度、杖を下ろした。
「……?」
複製体が動きを止める。ミラベルは考えた。
(私と同じなら…)
自分が知っている自分の弱点も、相手は知っている。
(でも…)
ミラベルは目を閉じた。
(私は…この二年で日々成長し変わっていっている…!)
魔法を覚えた。剣も学んだ。
何より――。
ブレイブやマリナ、ユリウス。そして仲間達と出会った。
(私一人で森で特訓していた頃の私とは違う…!)
ミラベルは杖を握り直した。
「…私は、もう弱かった私じゃない!」
一気に駆け出す。複製体が魔法を放つ。
「――っ!」
ミラベルは真正面から飛び込んだ。
魔法を紙一重でかわし――。
「今!」
杖を地面へ突き立てる。
「――地上壁!」
地面が隆起する。複製体の視界を塞ぐ。
「…!」
その一瞬。
ミラベルは壁を蹴って空中へ跳んだ。
「―風神槍!!」
風の槍が複製体を貫く。
「――っ!」
複製体の身体に亀裂が走った。
「私は…!」
さらに魔力を込める。
「これからももっと強くなる!」
最後の一撃。
光が荒野を包み、複製体は消滅した。
ミラベルの前に転移魔法陣が現れる。
「!…勝った…!」
ミラベルは息を切らしながら微笑んだ。
「私は…昨日の私より強くなったんだ!」
ミラベルの決着がついた頃、違う空間に飛ばされたブレイブの前に現れたのも―自分自身だった。
「…俺か」
複製体が剣を構える。
「来い」
「…!」
ブレイブは剣を握る。
「望むところだ!」
二人が同時に駆け出した。
ガキィィン!!
剣と剣が激突する。
「ぐっ!」
押し込まれる。
「まだだ!」
ブレイブが力を込める。
だが複製体は一歩も退かない。
「このっ…!」
何度斬り込んでも同じ。
自分が知っている攻撃。自分が身につけた剣技。
すべて読まれている。
「…このままじゃ…勝てない!」
複製体の剣が迫る。
ブレイブはギリギリで受け止める。
「ぐあっ!」
吹き飛ばされる。
地面を転がる。
「…っ」
立ち上がろうとした瞬間――。
脳裏にミラベルの姿が浮かんだ。
『頑張って!ブレイブ!』
そしてユリウスの言葉。
『今日まで積み重ねてきた努力を思い出せ!』
武闘大会で二人が観客席からブレイブにかけてくれたかけがえのない応援の言葉。
その言葉を胸にブレイブは立ち上がった。
「…俺は」
剣を構える。
「お嬢様を守るために強くなった!」
複製体が迫る。
「俺は―!」
剣を振り上げる。
「昨日の俺を超える!」
真正面から剣をぶつける。
「うおおおおおっ!!」
力と力の激突。
複製体の剣が弾かれる。
「!今だっ!」
ブレイブによる渾身の一撃。その一撃が複製体の胸部を打ち抜いた。
「……!」
複製体が砕け散る。
ブレイブは荒い息を吐きながら剣を下ろした。
「…やった」
目の前に転移魔法陣が現れた。
「お嬢様!ユリウス様!…俺、また強くなれました!」
一方、同時刻…違う空間でマリナも自身の複製体と戦っていた。
「おらああああっ!!」
マリナの拳と複製体の拳が激突する。
「ぐっ!」
「なかなかやるじゃねぇか!」
複製体が笑う。
「当然よ」
「…は?」
マリナが眉を寄せる。
「お前!あたしと同じ顔で違う喋り方すんなよ!」
「私は、あなた自身の中にいるもう一人のあなたの魂も模倣して喋っているのよ。怒られる謂れはないわ。」
「!?そうなのか…!?」
マリナは自身の中にいる本来のマリナを思い出して妙に納得してしまった。
そして再び拳を構えた。
「なら喋り方なんか関係ねぇ!――あたしより強いあたしなんて、認めねぇ!そのつもりで戦う!!」
突撃し、右拳。左拳。蹴り。強化魔法。
どれをとっても全てが互角。
「くっそ…!」
マリナは肩で息をする。複製体も息を切らしている。
「どうしたの?」
「…!」
「あなたはもっと強くなりたいんでしょう?」
その言葉にマリナの目が変わった。
「…そうだ!」
マリナは拳を握る。
「もっと…もっともっと強くなりてぇ!!」
脳裏に浮かぶ。ミラベル。ブレイブ。ユリウス。かけがえのない仲間達。
「だから――!」
巫女の力が一瞬だけ輝く。
複製体が驚く。
「その力は……」
「まだ上手く扱えねぇ!」
マリナは叫ぶ。
「でも――!」
拳に強化魔法を集中させる。
「それでも前に進むんだ!!」
渾身の拳。
「うおおおおおっ!!」
複製体の拳と正面衝突。
そして――。
マリナの拳が押し勝った。複製体が砕ける。
「…へへっ!」
マリナは笑った。
「今のあたしは、昨日のあたしより強ぇぞ!」
一方、ユリウスの前に現れた複製体は――。
剣と魔法。どちらも完璧に使いこなしていた。
「さすがに…厄介だね」
ユリウスが苦笑する。
「私自身か…」
複製体が無言で斬り込む。ユリウスは受け流す。
「―っ!」
続けざまに魔法。ユリウスは結界を張る。
「…なるほど」
ユリウスの目が鋭くなる。
「私の思考まで再現している」
複製体が魔法を放つ。ユリウスは同じ魔法で相殺する。
「なら…」
ユリウスは剣を構えた。
「僕が今まで学んできたもの全てを使うまでだ!」
剣。魔法。体術。
すべてを組み合わせる。
複製体も同じように対応する。
だが――。
「そこだ!」
ユリウスが一瞬だけ魔法の発動を遅らせた。
複製体がそれに合わせて動く。
その瞬間。
「…読み通りだ。」
ユリウスの剣が複製体の懐へ入り込み、一閃。
複製体が崩れ落ちる。
ユリウスは剣を収める。
「…叔父上。」
空を見上げる。
「これがあなたの試験ですか…。」
そして静かに笑った。
「それなら…あなたの期待に応えてみせますよ。」
試験開始から約8時間後…。
最後の一人が異空間を脱出した。
学院中央。
そこには既にミラベル、ブレイブ、ユリウス、マリナ。
そしてカイン、エレノア、アルト、ヴィオレット、ルシアン、アイリス、セドリック、ロザリア達が揃っていた。
他の生徒たちも全員が疲れ切っている。
それでも、誰一人として倒れてはいなかった。
「…全員、戻ってきたな」
アウレリオが満足そうに笑う。
「試験終了!」
生徒達が顔を上げる。
「全員――合格だ!!」
「……!」
一瞬の沈黙。
そして。
「やったぁぁぁ!!」
アルトが叫ぶ。
「よっしゃあ!!」
マリナも拳を突き上げる。
ブレイブも嬉しそうに笑った。
「合格…!」
ミラベルは胸を撫で下ろす。
「よかった!」
エレノアも安堵の息を吐き、ロザリアと顔を見合わせる。
カインは小さく頷き、セドリックも笑みを浮かべる。
ヴィオレットははしゃぐアルトを見ながら苦笑した。
ルシアンとアイリスも互いに無事を確認し、静かに微笑む。
そんな全員を見渡し、アウレリオは腕を組んだ。
「久しぶりだ。」
その声が静かになる。
「こんなに骨のある連中を一度に見たのは…。」
そしてユリウスを見る。
「ユリウス。」
「はい。」
「お前が仲間達に目をかけている理由が分かった。」
ユリウスは微笑んだ。
「そうでしょう?」
「ああ」
アウレリオは全員を見渡す。
「お前達はまだまだ強くなれる。」
その言葉にミラベルは顔を上げた。
「…私達が?」
「ああ」
アウレリオは笑う。
「だから――」
拳を握る。
「俺がお前達を鍛えてやる!」
「……!」
「魔法も!剣も!勉学もだ!」
最後の言葉にアルトが固まる。
「…勉学も?」
「当然だ!」
「うわぁ〜…。」
アルトが頭を抱える。ヴィオレットが笑った。
「良かったですね、アルト様!」
「全然良くねぇよ!」
そのやり取りに、ミラベル達も思わず笑う。
だが――。
その笑顔の奥には、全員が同じ決意を抱いていた。
魔王軍との戦いは、確実に近づいている。
だからこそ、もっと強くなる。
昨日の自分自身…いや、一分一秒前の自分を超えるために。
守りたいものを守るために。
そして――。
この世界を救うために。
アウレリオという新たな師を得た彼らの、本当の鍛錬の日々が始まろうとしていた。
ユリウスの師匠で叔父にあたるアウレリオが登場し、ミラベル達に試験を課しました。
試験の内容に関しては自分の複製体と戦い打ち勝つという内容でしたが、仲間全員の試験を書くとダレると思い、ミラベル達四人のシーンにのみ絞って書きました。
次回以降もアウレリオを物語に絡めて書いていきたいと思います。今回は読んでくださりありがとうございました。次回も読んでいただけたら嬉しいです。




