第45話もう一人のミラベル
マリナの涙の理由を打ち明けられた夜、ミラベルもまたある夢を見ていた。
マリナに涙の理由を打ち明けらたその夜―
マリナと別れた後も、ミラベルはなかなか眠ることができなかった。
(本来のマリナさん……。)
夢の中で出会った少女。
「巫女の意思を伝える者」と名乗りながらも、最後にはマリナへ「私のことは気にせず、マリナとして幸せになって」と微笑んでいた少女。
その姿が脳裏から離れない。
(もし…私もマリナさんと同じように、この身体へ転生してきたのだとしたら。本来のミラベルは……。)
その答えを見つけることができないまま、ミラベルはゆっくりと眠りへ落ちていった。
真っ白な世界だった。
空も、大地も、どこまでも白い。
音一つない静寂の中、一人の少女が立っている。
長い金髪。紅い瞳。
侯爵令嬢らしい気品ある立ち姿。
その姿は――
「…私?」
ミラベルは思わず息を呑んだ。
目の前の少女は、自分とまったく同じ顔をしていた。
けれど、その瞳だけが違う。
まるで生きることを諦めてしまったような。
すべてを失ってしまったような。
冷たく、空虚な瞳。
少女はミラベルを静かに見つめ、やがて力なく微笑んだ。
「あなたがいるんじゃ……。」
その声は、自分自身の声と同じだった。
「…私がいる意味なんてないじゃない。」
その一言だけだった。
ミラベルが何かを言おうと口を開いた、その瞬間。
少女の姿は霧のように消えていく。
「待って!」
思わず手を伸ばす。
「あなたは…あなたがミラベルなの!?」
返事はない。
白い世界は音もなく崩れていく。
「……っ!」
ミラベルは勢いよく身体を起こした。
肩で大きく息をしながら、自分の胸へ手を当てる。
鼓動が激しい。
額には冷たい汗が浮かんでいた。
「今の夢は…。」
しかし、夢とは思えないほど鮮明だった。
そしてミラベルは確信する。
「あの子が…本来の…ミラベルさん…?」
静かな部屋で、一人そう呟いた。
けれど、その日を境に少女は夢へ現れることはなかった。
それから数週間。
学院では平穏な日々が戻っていた。
授業。鍛錬。
放課後にはユリウスの指導による実戦訓練。
その合間には、ルシアンやアイリスも協力しながら、夢の世界で得た情報をもとに魔界や古代魔法の研究が進められていた。
王国でも、国王の命により騎士団や各地の領軍が動き出し、夢の中で語られた「世界と魔界を繋ぐ亀裂」の捜索が続いている。
日常は戻ってきた。
けれど…。ミラベルの心だけは晴れなかった。
授業中でも、魔法の訓練をしていても、剣を振るっていても…ふとした瞬間に思い出してしまう。
『あなたがいるんじゃ……私がいる意味なんてないじゃない。』
その言葉が、胸に深く刺さって離れなかった。
ある日の放課後。
学院の中庭。
鍛錬を終えたミラベルは、一人ベンチに腰掛けて夕焼けを眺めていた。
そこへ。
「お嬢様。」
聞き慣れた優しい声がした。
振り返ると、木剣を肩に担いだブレイブが立っていた。
「隣…いいですか?」
「!もちろん、どうぞ。」
「ありがとうございます!失礼します。」
ブレイブは隣へ腰掛ける。
しばらく二人は黙って夕焼けを見つめていた。
やがてブレイブが静かに口を開く。
「最近…元気ありませんよね?」
「え?」
「何か悩み事でもありますか…?」
ミラベルは少し驚いたように笑う。
「私…そんなに分かりやすかった?」
ブレイブは照れくさそうに笑った。
「お嬢様のことなら、少しくらいは分かります。」
その言葉に、ミラベルの胸が少し温かくなる。
けれど、本当のことは話せない。
転生のこと。本来のミラベルのこと。
同じ転生者のマリナにも詳しくは話していない秘密だった。
だから…。
「ねえ…ブレイブ。」
少し考えてから、問いかける。
「…もしもの話なんだけど。」
「はい。」
「もしも…。」
ミラベルは夕焼けを見つめたまま続ける。
「もう一人の自分がいたとして…その子に『あなたがいるなら私がいる意味はないわね』って言われたら……あなたならどうする…?」
ブレイブは少しだけ目を丸くした。
「もう一人のお嬢様…ですか?」
真剣に考え込む。数分ほど沈黙が流れた。
そして、ブレイブは真っ直ぐ前を向いたまま力強く答えた。
「俺なら…毎日、その人の部屋の外から叫びます。」
「え?」
思わぬ答えにミラベルは目を瞬かせる。
ブレイブは照れもなく続けた。
「『外の世界はこんなに素晴らしいんだよ!』って、『あなたにも見てほしい!』って…『俺にはあなたが必要なんだよ!』って!何回でも、その人が出てきてくれるまで毎日言い続けます!」
あまりにも真っ直ぐな答えだった。
ミラベルは思わず笑ってしまう。
「ふふっ、あなたらしい答えね。」
ブレイブは首を傾げる。
「変でしたか?」
「ううん。」
ミラベルは優しく首を振る。
「すごく…あなたらしい、まっすぐで優しい答えだわ。」
そして、その言葉は不思議なくらい心に響いた。
(そうよね…最初から諦める必要なんてない。本来のミラベルさんも…きっと、どこかで苦しんでいるのかもしれない。)
もしまた会える日が来たなら…。
今度は逃げない。ちゃんと話そう。ちゃんと向き合おう。
ミラベルの中で、その決意がようやく心の中で固まった。
ミラベルはブレイブへ微笑みかける。
「ありがとう、ブレイブ。あなたのおかげで元気が出たわ!」
ブレイブも嬉しそうに笑った。
「本当ですか!?」
「うん!」
「それなら良かったです!」
その笑顔を見て、ミラベルも自然と笑顔になる。
夕焼けに照らされながら、二人は並んで歩き出した。
その頃――。
王城。
王太子ユリウス・アークレイン・ヴァルハルトの執務室へ、一人の騎士が慌ただしく駆け込んできた。
「ユリウス殿下!失礼いたします!」
「どうした?」
ユリウスが顔を上げる。
騎士は息を整える間もなく報告した。
「辺境警備隊より緊急報告です!辺境の山岳地帯にて…空間に浮かぶ巨大な亀裂らしきものを発見したとのことです!」
その一言で、部屋の空気が凍り付いた。
ユリウスは静かに立ち上がる。
「…ついに…見つけることができたのか。」
夢の中で告げられた未来。
その第一歩が、ついに現実となろうとしていた。
本来のミラベルも夢の中でですが登場しました。本来のミラベルも本来のマリナが転生者マリナを見守っていたように、転生者ミラベルのことを見ていましたが「あなたがいるんじゃ私がいる意味がない」という言葉通り悪役令嬢として終わるはずだった自分の人生にある種の諦観を抱いています。
転生者ミラベルにはそんな本来のミラベルともこれから向き合っていってもらいたいと思っています。
今回は読んでいただきありがとうございました。次回も読んでいただけると嬉しいです。




