第39話守りたい想い
体育祭の襲撃事件で重傷を負うがユリウス達の治療により一命を取り留めたミラベルは今…。
――戦いから三日後。
王立学院の保健室。
窓から差し込む柔らかな朝日が、白いカーテンを優しく揺らしていた。
静かな部屋に、小鳥のさえずりだけが響く。
ベッドの上で眠っていたミラベルの指先が、かすかに動いた。
「……ん」
ゆっくりと瞼が開く。
ぼやけた視界に飛び込んできたのは、見慣れた白い天井だった。
(…ここは?)
少しずつ意識が戻る。胸に鈍い痛みが走った。
そして。
(そうだ…私は……マリナさんを庇って……。)
記憶が一気によみがえった。
「ミラベル!」
その声と同時に椅子から立ち上がったのはユリウスだった。
その顔には、いつもの余裕はない。
「よかった…。」
心から安堵したように微笑む。
「目が覚めたんだね。」
「ユリウス様…。」
ミラベルは弱々しく笑う。
「私…どれくらい眠っていたんですか…?」
「三日だ。」
三日。その言葉にミラベルは目を丸くした。
「!そんなに…、体育祭は!?」
「中止になったよ。」
ユリウスは静かに答える。
「黒衣の魔導士が撤退すると同時に魔獣もすべて消滅した。教師たちが森へ入り、生徒は全員救助された。重傷だったのは君とブレイブくらいだ。ブレイブも治療を終えて今は問題なく過ごしているよ。」
ミラベルはほっと胸を撫で下ろした。
「よかった…みんな無事なのね。」
その時だった。保健室の扉が勢いよく開く。
「お嬢様!」
飛び込んできたのはブレイブだった。右腕にはまだ包帯が巻かれている。
その後ろにはマリナもいる。
二人とも目の下には隈ができていた。
どれだけ眠れなかったのか、一目で分かった。
ブレイブはベッドの傍まで来ると、突然深く頭を下げた。
「!目が覚めたんですね…!良かった…本当に…!!本当に…ごめんなさい!」
声が震えていた。
「俺が…!俺がもっと強ければ…お嬢様はあんな傷を負わずに済んだのに…!」
涙が床へ落ちる。
「守れなくて…本当にごめんなさい…!」
ミラベルは驚いたように目を見開いた。
「ブレイブ…。」
続いてマリナも拳を握り締める。
「あたしもだ…!ミラベル…あんたがあたしを庇ってくれたからあんな大怪我をさせちまった…!」
唇を噛み締める。
「本当に…すまなかった…!あたしが弱かった…あたしが止められなかった…全部…!あたしのせいだ!」
マリナの瞳からも涙がこぼれ落ちる。
二人を見つめながら、ミラベルは静かに首を横へ振った。
「違う。」
小さな声だった。
しかし、その言葉には確かな強さがあった。
「誰のせいでもない。私は、自分で選んだの。大切な仲間を守りたかったから。それだけのことなの。」
ブレイブが顔を上げる。
「でも…っ!」
「お願い。」
ミラベルは優しく笑った。
「そんな悲しそうな顔しないで。二人とも生きていてくれて、本当に良かった。」
その一言で。二人は堪えていた涙を止められなくなった。
ユリウスはそんな二人の肩へ静かに手を置く。
「君たちは十分戦った。自分を責め続けても、ミラベルは喜ばない。」
少し間を置いて続ける。
「…実を言うと。」
ユリウスは珍しく視線を伏せた。
「私も…怖かった。」
三人が驚く。
「君の脈が弱くなった時…このまま目を覚まさなかったらどうしようと…王太子ユリウスとしてではなく、一人の人間として冷静ではいられなかった。」
その告白は初めてだった。いつも冷静なユリウスが見せた、本心。
ミラベルは微笑む。
「ありがとうございます…ユリウス様、ブレイブ、マリナさん…。みんなのおかげで私はここにいます。だから…っ。」
ゆっくり拳を握る。
「私は…もっともっと強くなりたい。」
三人が顔を上げる。
「もう誰も悲しませないように…もう誰も傷つかないように。」
その瞳は、決して折れていなかった。
ブレイブも涙を拭う。
「はい!俺ももっと強くなります!今度こそ…今度こそ、お嬢様を守り切ります!」
マリナも拳を握る。
「あたしも!次は絶対に誰も傷つけさせねぇ!」
ユリウスも穏やかに頷いた。
「この四人でなら…きっと乗り越えられる。必ず。」
その様子を――
保健室の少し開いた扉の外から、静かに見つめる者たちがいた。
アルトとヴィオレット。
カインとエレノア。
セドリックとロザリア。
ルシアンとアイリスの8人だった。
本当は目覚めたミラベルを見舞うために訪れていた。
しかし、部屋から聞こえる声に足を止めた。
誰も中へ入ろうとはしなかった。
アルトが腕を組む。
「…やっぱりすげぇ奴らだな。」
ヴィオレットも静かに微笑む。
「ええ。誰かを責めるのではなく、守れなかった自分を悔やみ、それでも前へ進もうとしています。」
カインは真っ直ぐ扉を見つめた。
「俺なら、自分を責めるだけで終わっていたかもしれない。」
エレノアは優しく微笑む。
「だからこそ、皆さんは人を惹きつけるのでしょうね。」
ルシアンは落ち着いた口調で語る。
「僕達にも今回の体育祭の件以外にも他にできることがあるはずです。」
アイリスは同意する。
「そうですね…。そのために今まで力を研鑽してきた気もします。」
セドリックは拳を握る力を込めた。
「この国を守るため。彼らだけに背負わせるわけにはいかない。」
ロザリアも静かに頷く。
「ええ。ミラベル様たちの優しさに守られるだけではなく、私たちもその優しさを守りたい。」
アルトは笑う。
「決まりだな!これから先も、俺はあいつらの力になる!」
ヴィオレットも力強く頷いた。
「共に戦いましょう。」
その場にいた全員が、静かに決意を固める。
ミラベルたち四人だけではない。今、この王国には同じ志を持つ仲間たちが確かに増えていた。
やがて彼らは「また改めて見舞いに来よう」と小声で言い合い、ミラベルたちの大切な時間を邪魔しないよう、静かにその場を後にするのだった。
その日の夜――。
王立学院の保健室。
窓から差し込む月明かりが、静かな病室を淡く照らしていた。
日中の見舞いも終わり、保健室にはミラベル一人だけが残っている。
コンコン――。
控えめなノックが響いた。
「どうぞ。」
扉を開けて入ってきたのは、ブレイブだった。
昼間とは違い、少しだけ表情は落ち着いていたが、その瞳にはまだ拭いきれない心配の色が残っている。
「お嬢様…まだ起きていらしたんですね。」
ミラベルは柔らかく微笑んだ。
「ええ。少し眠れなくて。」
ブレイブはベッドの傍らの椅子へ腰を下ろす。
一方その頃…。学院の保健室から少し離れた石造りのテラス。
夜風が庭園の木々を静かに揺らし、月明かりが花壇を淡く照らしていた。
テラスの手すりにもたれ、庭園を見つめるユリウスの隣へ、一人の少女が歩いてくる。
「師匠。」
振り返ると、そこにはマリナがいた。
「眠れないのかい?」
「…まあな。」
マリナは隣へ並び、夜空を見上げる。
「ミラベルがあんな怪我してるの見たら、寝ようと思っても寝られねぇよ。」
「…そうだね。」
二人の間に、しばし静寂が流れた。
虫の音だけが静かに響く。
やがてマリナは首を傾げ、不思議そうに尋ねた。
「なあ、師匠。」
「うん?」
「師匠ってさ…ミラベルの婚約者、なんだろ?」
ユリウスは静かに頷く。
「婚約者『候補』だね…正式なものではないよ。」
「それでもさ…ブレイブ一人で見舞いに行かせてよかったのか?」
その問いに、ユリウスは少しだけ目を閉じた。
ブレイブが夜に再びミラベルを見舞いたい気持ちをユリウスとマリナは事前に聞かされていた。
ユリウスは再び庭園へ視線を向ける。
「…今のミラベルに必要なのは、ブレイブだ。」
静かな声だった。
「僕の出る幕じゃない。」
マリナはきょとんとする。
「そうなのか?」
「ああ。」
ユリウスは穏やかに微笑む。
「あの二人は、ずっと支え合ってきた。苦しい時も。嬉しい時も。命を懸けるような戦いの中でも…。その積み重ねが、今の二人を作っている。」
少し間を置き、静かに続けた。
「だから、あの二人の間には…私でも立ち入れない絆があるんだ。」
夜風が銀色の髪を揺らす。
その横顔には、少しだけ切なさが滲んでいた。
マリナは腕を組みながら唸る。
「うーん…よく分かんねぇ。」
「はは。」
ユリウスは思わず笑ってしまう。
するとマリナは、ぱっと満面の笑みを浮かべた。
「でも!師匠って、大人だな!」
「え?」
「だって、自分が行きたいのを我慢してブレイブを行かせたんだろ?そういうのって、なかなかできねぇよ!それにさ…。」
マリナは胸を張って笑う。
「師匠ってすっげぇ良い奴だ!ミラベルとブレイブにも負けないくらい!」
その屈託のない笑顔に、ユリウスは目を丸くした。
そして、ふっと肩の力が抜ける。
「ありがとう。」
自然と、穏やかな笑みがこぼれた。
「君にそう言ってもらえると、救われるよ。」
マリナは照れくさそうに頭をかく。
「なんかよく分かんねぇけど!元気出せ!師匠!」
ユリウスは静かに頷いた。
「ああ…ありがとう、マリナ。」
二人はしばらく何も言わず、月明かりに照らされた庭園を眺め続けた。
再び場面は戻ってミラベルとブレイブのいる保健室。
二人の間に静かな時間が流れた。
やがて、ブレイブがぽつりと口を開く。
「…一つだけ、ずっと引っかかっていることがあるんです。」
「引っかかっていること?」
ミラベルが首を傾げる。
ブレイブはゆっくり頷いた。
「あの魔導士です。あいつが俺を吹き飛ばす前…耳元でこう言ったんです。」
ブレイブは、その時の声を思い出すように目を閉じた。
「『身の程を弁えろ――脇役が』って。」
「!…モブ?」
「はい。…言葉の意味は分かりません。でも…どうしても頭から離れなくて。」
ミラベルの表情が、ゆっくりと強張っていく。
「…!」
その言葉で、彼女の脳裏に別の場面がよみがえった。
黒衣の魔導士がマリナへと手を伸ばし、冷たい声で告げた言葉。
『死ね。この世界の主人公。』
「主人公…。」
思わず呟く。ブレイブが不思議そうに見つめる。
「お嬢様?」
ミラベルは胸の前で手を握り締めた。
(主人公に脇役…。まるでゲームでの2人の立ち位置をわかってるかのような言葉…。)
それは――。前世でゲームや物語に触れていた自分だけが知っている概念。
(まさか…。)
点と点だった違和感が、一本の線で繋がっていく。
ユリウスの12歳の祝賀会で起きた魔獣襲撃時の本来の歴史よりも早すぎた魔王軍の暗躍。
体育祭での事件。
そして、あの魔導士が口にした『主人公』『脇役』という言葉。
ミラベルは確信にも似た声で呟いた。
「…ブレイブ。もしかしたら…あの魔導士は……。」
ブレイブは息を呑む。
「ユリウス様の祝賀会を襲った事件にも関わっている…一連の騒動の黒幕なのかもしれない。」
「…!」
ブレイブの瞳が大きく見開かれる。
ミラベルはさらに続けた。
「そして。私には、もう一つ思い当たることがあるの。」
「え?」
ミラベルは月明かりの差し込む窓へ視線を向けた。
「彼は…。」
そこまで言ってミラベルは言葉を詰まらせる。不思議に思ったブレイブは問いかけた。
「?お嬢様…どうかされましたか…?」
「…いいえ、なんでもないわ。ブレイブ…今日はお見舞いに来てくれてありがとう。今日はもう夜も遅いわ、あなたも自室に戻って休んで?」
「!…はい。」
ブレイブはミラベルが言いかけた言葉の真意が気になったが、ミラベルの表情から深入りして欲しくない感情を感じ取りそのまま言われるがまま保健室を後にした。
保健室に1人残ったミラベルはベッドで横になりながら思い浮かべる。
(あの魔導士は私やマリナさんと同じ…なのかもしれない。)
もし、その推測が正しいのだとしたら――。
自分達がこれから立ち向かう敵は、魔王軍だけではない。
ミラベルと同じように、この世界の未来を知る”転生者”。
その存在が、新たな脅威として静かに姿を現そうとしていた。
夜空に浮かぶ月だけが、その静かな疑念と新たな戦いの始まりを見届けていた。
ミラベルや仲間達がもっと強くなることを決意し、アルト達他の攻略対象や婚約者達も改めてミラベル達四人の力になりたいと決意をする回でした。
個人的にユリウスとマリナの2人きりの会話シーンがお気に入りです。
今回は読んでくださりありがとうございます。次回も読んでいただけると嬉しいです。




