第32話王立学院
王立学院に無事に入学を果たしたミラベル達。ミラベル達は今まで知り合って来た攻略対象達とその婚約者達と再会を果たす。
春の陽光が、王都の中心にそびえる王立学院の白亜の校舎を優しく照らしていた。
王国中から選び抜かれた若者たちが集う学び舎。
貴族、騎士の子息、優秀な魔導士、そして特別推薦を受けた平民たち――未来の王国を担う若者が、この日一堂に会していた。
学院の正門を前に、ミラベルは大きく息を吸う。
「ここが…王立学院。」
前世では画面越しに何度も見た場所。
ゲームではここから物語が始まり、自分―悪役令嬢ミラベルは破滅へ向かっていた。
しかし、今は違う。
隣にはブレイブがいて、ユリウスがいて、マリナがいる。
(もう、一人じゃない。)
そう思うだけで、不思議と胸の不安は和らいでいた。
「緊張していますか?」
ブレイブが穏やかに尋ねる。
学院の制服に身を包んだ彼は、以前の少年らしさを残しながらも、凛々しい雰囲気を纏っていた。
「…少しだけ、ね。」
ミラベルは笑う。
「でも楽しみの方が大きいかな。」
「俺もです!」
ブレイブは満面の笑みを浮かべた。
「こんな立派な学院に入れるなんて…まだ夢みたいです!」
「努力した結果よ。」
ミラベルが優しく言う。
「全部、ブレイブ自身が勝ち取ったものよ。」
「ありがとうございます!」
二人のやり取りを見ていたマリナは肩を竦めた。
「朝から仲いいなぁ〜。」
「別にそんなんじゃないわ!」
「そ、そうです!」
息ぴったりに否定する二人を見て、マリナは吹き出す。
「そこまで息合うと逆に怪しいぞ!」
「マリナさん!」
「か、からかわないで!」
そんな三人を見ていたユリウスが苦笑した。
「学院でも賑やかになりそうだね。」
四人は笑い合いながら学院へ足を踏み入れた。
入学式が終わると、広場には知った顔が集まり始めた。
「ユリウス!ミラベル嬢!ブレイブ!」
最初に駆け寄ってきたのは、カインだった。
その後ろにはエレノアが控えめに立っている。
「久しぶりだな。」
「カインさん、エレノアさん!」
再会を喜ぶミラベル達。
エレノアも嬉しそうに頭を下げた。
「皆さんとまたご一緒できて嬉しいです。」
「こちらこそ!」
そこへ爽やかな笑顔のルシアンと、アイリスもやって来る。
「皆さん、お久しぶりです。」
「学院生活でもよろしくお願いします。」
「ああ、こちらこそよろしく頼むよ。」
ユリウスも社交的に挨拶を返す。
「おっ!みんな揃ってるか!?」
「!アルト様!お久しぶりです!」
元気いっぱいのアルトとその隣ではそんなアルトにため息をつくヴィオレットもやってくる。ブレイブは元気良く礼儀正しく挨拶する。
「アルト様、学院でも騒ぎすぎないでくださいね。」
「ははっ、善処する!」
「その言い方が一番信用できません。」
一同から笑いが起こる。
最後にゆっくり歩いてきたのはセドリックとロザリアだった。
セドリックは穏やかに微笑み、
「こうして同じ学院で学べることを嬉しく思います。」
と言って、隣のロザリアは柔らかな笑みを浮かべながらも
「今度は学院でも腕を競えますわね。」
とミラベル達へ微笑みかけた。
「はい!」
自然と会話の輪が広がる。
その様子を見ながらミラベルは心の中で呟く。
(ゲームではライバル同士だった人たち…でも今は……みんな、王国を守る仲間。)
ゲームからのその状況の変化が嬉しかった。
挨拶を交わした後に、セドリックが再会した一同が気になっていることを話題に出した。
「彼女が例の…伝説の巫女の血を引くという方ですか?」
そう問いかけられたのは今までミラベル達の再会の様子を見守っていたマリナだった。ミラベルは急いで紹介しようとするが、それより先にマリナは満面の笑みでこう名乗った。
「皆さん、彼女は――」
「マリナ・クラークだ!」
元気いっぱいに右手を挙げる。
「よろしくな!」
一瞬、静まり返る一同。
だが、次の瞬間。
アルトが豪快に笑った。
「ははっ!いい自己紹介だ!俺はアルトだ!よろしくな、マリナ!」
カインも静かに頷く。
「カイルだ。ユリウスから実力のある者とは聞いている…いつか手合わせを願いたい。」
マリナはにやりと笑った。
「おう!」
「遠慮なく来い!」
「もう…カイン様…初対面の女性に言う言葉ではありませんよ?」
エレノアが小さく苦笑すると、その場に笑いが広がる。
ルシアンは穏やかに頭を下げた。
「ルシアンです。学院生活を共に頑張りましょう。」
アイリスも優しく微笑む。
「困ったことがあれば、いつでも相談してくださいね。」
「ありがとな!」
マリナは少し照れくさそうに笑った。
最後にセドリックが一歩前へ。
「私はセドリック。こちらは婚約者のロザリアです。」
ロザリアも優雅に一礼する。
「よろしくお願いいたします。」
「おう!よろしく!」
マリナは満面の笑みで握手を交わした。
その様子を見守っていたミラベルは、自然と頬を緩める。
(よかった…。マリナさんも、ちゃんとみんなの仲間になれそう。)
その時だった。
「そういえば。」
アルトが何気なく口にする。
「クラークって姓、初めて聞くな。どこの家なんだ?」
マリナは少しだけ表情を止めた。
ミラベルも、その言葉に胸がちくりと痛む。
――クラーク。
その姓に込められた意味を、ミラベルは思い出していた。
それは学院へ提出する入学書類を書いていた数日前のこと。
応接室。
ミラベル、ブレイブ、マリナ、レオナルド、セレスティア、そしてユリウスが集まっていた。
学院の入学担当者が書類を確認しながら尋ねる。
「では、こちらに氏名をご記入ください。」
マリナは羽ペンを持つ。
「……。」
名前を書かなければならない。しかし、あるところで手が止まった。
「ファミリーネームもお願いいたします。」
その一言に、部屋の空気が変わった。
マリナは静かに俯く。
「…。」
長い沈黙。やがて、小さく首を横へ振った。
「…嫌だ。」
その声は震えていた。
「…あいつらと同じ名前は、もう名乗りたくねぇ。」
マリナを虐待し続けてきた親戚。その姓を名乗ることは、過去に縛られ続けることと同じだった。
セレスティアが悲しそうに目を伏せる。レオナルドも腕を組んだまま黙っている。
ブレイブも何も言えなかった。
するとユリウスが静かに口を開いた。
「なら…新しい姓を名乗ればいい。」
全員が彼を見る。
「新しい…姓?」
マリナが首を傾げる。
ユリウスは優しく微笑んだ。
「…クラーク。それが君の新しい名だ。」
「クラーク?…どういう意味なんだ?」
ユリウスはゆっくり説明する。
「古い言葉で『学ぶ者』『知識を記す者』という意味がある。君はこれまで、生き抜くためだけに戦ってきた。だが、これからは違う。学院で学び、多くを知り、仲間と未来を築いていく。だからこそ、この姓がふさわしいと思った。」
少し間を置いて続ける。
「そして君には、自分だけではなく、孤児たちにも未来を示せる人になってほしい。」
部屋は静まり返る。
マリナは何度もその名を口にした。
「……クラーク。マリナ・クラーク…か。」
やがて、照れ隠しのように笑う。
「…いい名前じゃねぇか!」
満面の笑み。
「気に入った!今日からあたしは――」
胸を張る。
「マリナ・クラークだ!」
ブレイブが誰よりも嬉しそうに拍手した。
「そのファミリーネーム、マリナさんにすごく似合います!」
セレスティアも優しく頷く。
「ええ、とても素敵なお名前です。」
レオナルドも穏やかに笑う。
「改めて歓迎しよう、マリナ・クラーク。」
ミラベルは思わずマリナの両手を握った。
「本当に素敵…これからも新しい名前で一緒にたくさん思い出を作りましょうね!」
その言葉にマリナは
「おうっ!」
と明るい笑顔で応えたのだった。
回想から現在へと意識を戻したミラベルは、目の前みんなと楽しそうに話すマリナを見つめ、静かに微笑む。
(もう、あの子は過去に縛られていない。“マリナ・クラーク”として、自分の未来を歩き始めている。)
その笑顔は、春の日差しにも負けないほど晴れやかだった。
「クラークは、あたしのために師匠…ユリウスが考えてくれた名前なんだ!」
「そうなのか!すげぇな!」
マリナの説明にアルトが感嘆しているそんな最中、周囲の視線はもう一人へ集まっていた。
「ねぇ…あの子が?」
「侯爵家に保護されたっていう…。」
「伝説の巫女の末裔…?」
ひそひそ声が聞こえる。視線の先にはマリナ。
「…?」
本人は腕を組みながら首を傾げる。
「なんだ?みんな、あたし見てる。」
数人の男子生徒が勇気を出して近付こうとすると、マリナは突然一歩前へ出た。
「そんなにあたしが気になるなら!」
拳を握る。
「いつでも決闘してやるぞ!!」
一瞬、学院中が静まり返った。
「…え?け…決闘?」
「何で…?」
近寄ろうとした男子達も呆気に取られる。
ミラベルは慌てて駆け寄った。
「違う違う!誰も決闘なんて申し込こもうとしてないわ!」
「え?そうなのか?」
「みんなマリナさんに興味があるだけなの!」
「興味?なんで?」
今度はユリウスが苦笑しながら説明する。
「君は『伝説の巫女の末裔』として既に有名なんだ。だから皆、どんな人なのか気になっているだけだよ。」
「…。」
マリナは数秒考え、
「あっ!そういう意味か!てっきり強そうだから勝負しろって話かと思ったぞ!」
「もうっ、そんなわけないでしょ!」
ミラベルが思わずツッコむ。
その横でブレイブが真剣な顔をして周囲を見回した。
「えっ?皆さん、マリナさんと戦いたかったわけじゃないんですか?」
「ブレイブまで!?」
ミラベルは頭を抱えた。
ユリウスも肩を震わせる。
「君も天然だね。」
「!ち、違ったんですね…!俺、完全に勘違いしてました!」
その素直さに周囲の生徒たちから笑いが漏れる。
「ははは!」
「あの四人!面白すぎる!」
「仲良いな!」
アルトは腹を抱えて笑い、
「最高じゃねぇか!」
カインも口元を緩める。
「…賑やかな連中だ。」
エレノアはくすくす笑い、
「なんだか皆さん仲良しで安心します。」
ロザリアも微笑み、
「思っていたよりずっと親しみやすい方々ですわ。」
セドリックも静かに頷く。
「そうですね…だからこそ、自然と人が集まるのでしょう。」
ルシアンは本を閉じながら呟いた。
「この四人は不思議ですね。見ているだけで場が明るくなる。」
アイリスも優しく笑う。
「きっと学院生活も楽しくなりますね。」
そんな温かな視線に気付かないまま、ミラベルはマリナへ小声で言った。
「もう、お願いだから初対面で決闘を申し込まないでね?」
「うーん…わかった!」
「今の間が一番信用できない!」
また笑いが起こる。
こうして王立学院での新しい日々は、笑顔とともに幕を開けた。
まだ誰も知らない。
この仲間たちがやがて王国の命運を左右する戦いに挑むことを。
そして、その絆が世界を救う力となっていくことを――。
ミラベル達と攻略対象達と婚約者達との再会と彼ら彼女らとマリナの初対面、マリナが新しいファミリーネームを得たことが明かされた回でした。
今回は読んでくださりありがとうございました。次回も読んでいただけるとありがたいです!




