第30話月明かりの約束
ある夜、ミラベルは『あること』を確かめるためにマリナのもとを訪れる。
ブレイブが正式にハーグレイヴの姓を授かってから数日…。
アルヴェイン侯爵邸には穏やかな日常が流れていた。
マリナと孤児たちもすっかり屋敷での暮らしに慣れ、それぞれ役目を持って働いている。
「マリナ様!それは私たちが運びます!」
洗濯場でメイドが声を掛ける。
しかし、マリナは大きな洗濯籠を二つ軽々と肩へ担ぎ上げると笑った。
「平気平気!このくらい軽いもんだ!」
「でも、マリナ様は特別なお客人でもあります!そんなことを…!」
「客だからって何もしねぇ理由にはならないだろ?なんかしてないと落ち着かないんだよ。」
そう言って笑うマリナは、洗濯物を干し終えると今度は庭へ向かい、薪割りまで始めてしまう。
その豪快な斧さばきに庭師たちは目を丸くした。
「すごい腕力ですね…。」
「力は元々強いんだけど、師匠の鍛錬のおかげでますます力強くなった気がするな!」
笑うマリナの姿には、一点の気負いもない。
夕方には孤児たちの様子を見回り、
「レン、飯ちゃんと食ったか?」
「ノア、無理してねぇか?」
「エマ、転ぶなよ!」
まるで本当の姉のように、一人ひとりへ声を掛けていた。
夜になっても、相変わらず用意された客室ではなく女子の孤児たちと同じ部屋で眠る。
「マリナお姉ちゃん!一緒も寝よう!」
「エマばっかりずるいよ!お姉ちゃん、私も一緒に寝たい!」
「はいはい、あたしが真ん中でエマとリンがそれぞれ横で寝る!これでどうだ?」
「わかった〜!」
「わたしもそれでいい!」
笑いながらいつも子どもたちに囲まれるマリナを見守りながら、ミラベルは自然と微笑んでいた。
(ゲームのマリナさんとは全然違う。もっとおしとやかで、守ってあげたくなる女の子だった。でも……。今のマリナさんは仲間を守るために誰よりも前へ立つ、本当に格好いい人…。)
そう思った瞬間、以前も頭に思い浮かべた一つの考えが胸をよぎる。
(やっぱり…マリナさんも、私と同じ……。)
その夜。
ミラベルは思い切って女子部屋を訪ねた。
「今日は…私もここで寝てもいい?」
マリナは少し驚いたが、すぐ笑う。
「もちろん!いいぞ!みんなもいいよな?」
「うん!」
「ミラベルお姉ちゃん大歓迎!」
エマたちも嬉しそうにベッドに枕を並べた。
最初は楽しくおしゃべりをしていたが、やがて夜も更け、エマとリンとソフィ達は次々と寝息を立て始める。
窓から差し込む月明かりだけが部屋を照らしていた。
「…マリナさん。」
「ん?」
「髪、とかしてもいい?」
「?いいけど…?」
ミラベルは櫛を手に取り、マリナの髪を優しく梳かし始めた。
「気持ちいいな。…昔はこんなこと…してもらったことなかった。」
その何気ない一言に、ミラベルの胸が締め付けられる。
静かな時間が流れる。
そして意を決したように口を開いた。
「…いきなり変なこと聞くけど、ごめんなさい。…でも、どうしても聞いておきたくて。」
マリナが振り向く。
「なに?」
ミラベルは少し震える声で尋ねた。
「あなたは…もしかして…転生者…なの?」
マリナはきょとんとする。
「てんせいしゃ?なんだそれ?」
本当に分からないようだった。
ミラベルは少し考えてから言葉を選ぶ。
「例えば……前は別の人として生きていたけど……気がついたら今の自分になっていた、とか。」
その瞬間。マリナの肩がぴくりと震えた。
部屋に静寂が落ちる。
しばらく黙っていたマリナは、やがて小さく頷いた。
「…そういうことなら。たぶん…そうだ。」
ミラベルは息を呑む。
(やっぱり…。)
「じゃあ!前の人生で、この世界とよく似たゲームを遊んだことは——」
そこまで言って、ミラベルは言葉を止めた。
マリナの表情が変わっていた。
いつも強気な彼女の瞳が、深い悲しみに沈んでいたのだ。
「……。」
その顔を見た瞬間、ミラベルは自分の失言に気付いた。
「ご、ごめんなさい!嫌なことを…思い出させちゃった…?」
マリナは少し俯いたまま、小さく首を振る。
「悪い…昔のことは話したくねぇんだ。…でも、あんたの言う『ゲーム』ってのは分からねぇ。力になれなくて、ごめんな…?」
ミラベルは優しく首を振る。
「ううん!こちらこそ、ごめんね?無理に聞きたかったわけじゃないの。」
二人はしばらく黙っていた。
やがてマリナは照れ隠しのように笑う。
「…今度は交代。」
「え?」
「ミラベル、ここに座って。」
ミラベルが座ると、今度はマリナが櫛を手に取った。
ぎこちないながらも、丁寧にミラベルの金色の髪を梳かしていく。
「綺麗な髪だな。」
「ありがとう。」
静かな時間。
そしてマリナがぽつりと尋ねた。
「あんたも…私と同じなのか?」
ミラベルは少しだけ目を閉じる。
そして静かに頷いた。
「…うん。」
今はその一言だけで十分だった。
マリナはそれ以上何も聞かなかった。
「あたしもさ…話したくねぇことがある。だから…あんたにもきっと、思い出したくないことがあるんだろ。だから、無理して話さなくていい。聞いたりしねぇから。」
その言葉に、ミラベルの瞳が潤む。
前世のこと。病室で過ごした短い人生。
家族との別れ。
そのすべてを無理に話さなくても、マリナは受け止めてくれる。
そんな安心感があった。
「…ありがとう。」
ミラベルは静かに微笑んだ。
マリナも照れくさそうに笑う。
「お互い様だろ!」
月明かりに照らされた二人の少女は、小さく笑い合う。
前世も、生まれも、歩んできた道も違う。
それでも今、この世界で出会い、互いの痛みに寄り添える友になった。
この夜に交わした秘密は、まだ誰にも語られることはない。
だがそれは、ミラベルとマリナを結ぶ、何よりも強く、温かな絆の始まりだった。
ミラベルとマリナが互いに転生者であることを打ち明け合う回でした。髪を梳かしながら会話するシーンは二人が心を許し合っているのを表していて個人的に気に入っています。
今回は読んでくださりありがとうございます。次回も読んでいただけると嬉しいです。




