第29話新たな名、新たな家族
ある日、朝の鍛錬を終えたブレイブは侯爵であるレオナルドに呼び出される。
春の訪れを感じさせる柔らかな陽光が、アルヴェイン侯爵邸の窓から差し込んでいた。
いつものように朝の鍛錬を終えたミラベル、ブレイブ、マリナ、そしてユリウスは汗を拭きながら休憩していた。
そこへ一人の執事がやって来る。
「ブレイブ、侯爵様がお呼びですよ。」
「!俺を…ですか?」
突然の呼び出しに、ブレイブは目を丸くした。
ミラベルも不思議そうに首を傾げる。
「何かしら…?」
「分からない。」
ユリウスも静かに首を振った。
「だが、レオナルド侯爵がわざわざ執務室へ呼ぶのだ。ただ事ではないかもしれない。」
ブレイブは姿勢を正した。
「!お嬢様、ユリウス様、マリナさん!失礼します!」
ブレイブは緊張した様子で急いで屋敷の方へと駆けて行った。
アルヴェイン侯爵家執務室。
部屋にはレオナルド、セレスティアが席に着き、執事長オズワルドが二人の横に控えていた。
ブレイブは深々と頭を下げる。
「侯爵様!お呼びでしょうか…?」
レオナルドは穏やかな笑みを浮かべた。
「そんなに緊張しなくていい。今日は君に伝えたいことがある。」
ブレイブは静かに耳を傾ける。
レオナルドはゆっくりと言葉を続けた。
「君はこの屋敷へ来てから今日まで、執事見習いとして誰よりも誠実に働いてきた。屋敷の仕事だけではない。ミラベルを守るため剣を学び、武闘大会では準優勝という見事な成績を収めた。…そして命を懸け、王城での魔獣襲撃から多くの者を守った。」
セレスティアも優しく微笑む。
「本当に…立派に成長しましたね。」
ブレイブは思わず目を伏せた。
「っ…ありがとうございます…!」
その時だった。オズワルドが一歩前へ出る。
普段は穏やかな老執事の表情が、どこか真剣だった。
「ブレイブ。」
「っ、はい!」
「私には子がいません。」
静かな一言だった。
「長い人生をこのアルヴェイン家へお仕いしてきました…。だからこそ、この先も誰かへ技術と志を受け継いでもらいたいと思っていました。」
オズワルドは優しく微笑む。
「君と初めて一緒に仕事を始めた日から、真っ直ぐで努力を惜しまない姿に私は心を打たれていました。そして今では…本当の息子のように思っています。」
ブレイブの瞳が揺れた。
「そこでお願いがあります。私の…養子になってくれないでしょうか?」
一瞬。ブレイブの世界から音が消えた。
「…え?」
ブレイブは言葉を失う。
「じ、自分が……ですか?」
「そうだ。」
レオナルドが頷く。
「もちろん強制ではない。…だが、養子となれば正式な家名を得る。ミラベルや我が家に仕えるべき人間としてより胸を張って自信を持って振る舞ってもらいたい。」
ブレイブは信じられないという表情でオズワルドを見る。
「どうして……俺なんかを。」
オズワルドは穏やかに首を振った。
「“俺なんか”ではありません。あなただからこそ、です。あなたは何度倒れそうになっても立ち上がり、人のために努力し続けた…その生き方を、私は誇りに思います。」
ブレイブの目から、一筋の涙が零れ落ちた。
「俺…家族なんて…もう二度とできないと思っていました…。」
声が震える。
「家名なんてなくてもいいと思っていました…。でも…!」
涙を拭いながら、オズワルドを真っ直ぐ見つめた。
「俺でよければ…っ、よろしくお願いします!」
オズワルドは静かに頷いた。
「ありがとう…。今日からあなたは私の息子です。」
その場にいた全員が自然と笑顔になる。
そしてレオナルドが厳かに告げた。
「本日より。ブレイブは正式にオズワルドの養子となる。そして新たな姓を授ける。」
一枚の羊皮紙が机に置かれた。
「その名は、ハーグレイヴ。今日から君の名は、ブレイブ・ハーグレイヴだ。」
その響きを、ブレイブはゆっくりと口にする。
「ブレイブ……ハーグレイヴ。」
何度も。何度も。
まるで確かめるように。
その名前を口にした。
自分の新たな姓を噛み締めるように呟くブレイブに、更にレオナルドは『ある密命』をブレイブに告げた。
「そして、ブレイブ。家名を得た君に新たな任を与える。ミラベルにも『ある時』までは知らせることはない『密命』だ。」
「!『密命』…ですか?」
レオナルドから『密命』を受けた後にブレイブが庭へ戻ると、ミラベルとユリウス、マリナが待っていた。
「ブレイブ!」
ミラベルは嬉しそうに駆け寄る。
「どうだったの?」
ブレイブは少し照れくさそうに笑った。
「俺…!家族ができました!」
一瞬の沈黙。
そして事情を聞いたミラベルは両手を胸の前で合わせた。
「本当に…!おめでとう、ブレイブ!」
思わずブレイブの両手を握る。
「今日からはブレイブ・ハーグレイヴね!」
その笑顔を見たブレイブの頬も自然と緩む。
「ありがとうございます、お嬢様!」
マリナは腕を組みながら、にやりと笑った。
「へぇ、家族か…良かったじゃねぇか!」
「はい!」
ブレイブは力強く頷く。
その様子を少し離れた場所から見守るユリウスは、穏やかな笑みを浮かべていた。
「おめでとう、ブレイブ・ハーグレイヴ。その名に恥じぬよう、これからも励むんだよ。」
「はい!」
ブレイブは新しい姓を胸に刻み、大きく返事をした。
孤児だった少年は、努力と誠実さによって家族を得た。
“ブレイブ・ハーグレイヴ”。
その名は、やがて王国中に知られることになる英雄への、最初の一歩となるのだった。
ブレイブが執事長オズワルドの養子になり家族とファミリーネームを得るという話でした。ブレイブがファミリーネームを得たこと、そしてレオナルドのブレイブへの「密命」はある展開への布石になっています。
今回はここまで読んでくださりありがとうございました。次回も読んでいただけると嬉しいです。




