第27話学ぶことは、生きること。
ある日の鍛錬終わりにミラベル、ブレイブ、ユリウス、マリナの四人は図書室で勉強することになり…。
マリナがユリウスの弟子となってから、一か月。
アルヴェイン侯爵邸では、朝の鍛錬がすっかり日課となっていた。
夜明けと共に起床し、ランニングから始まり、剣術、魔法、そして実戦形式の訓練まで。
もちろん、執事のブレイブやタダ飯を食うのを良しとしないマリナは屋敷での仕事もこなした上である。
庭には今日も木剣のぶつかる音と、魔法が放たれる音、木人形を殴る音が響いている。
「そこまで!」
ユリウスの号令が響き、三人は一斉に動きを止めた。
ブレイブは木剣を肩に担ぎながら大きく息を吐く。
「はぁー…!」
ミラベルも額の汗を拭った。
「今日はいつも以上に厳しかったですね…!」
ユリウスは腕を組んだまま頷く。
「君たちは確実に強くなっている。だからこそ、今まで以上の鍛錬が必要になる。今はより厳しい鍛錬に徐々に慣らしていっている段階だよ。」
マリナは地面へ寝転がるように座り込んだ。
「もう腕が上がんねぇ〜…。師匠、本気出しすぎだろ。」
「まだ本気ではないよ。」
さらりと言われ、三人は思わず顔を引きつらせる。
そんな様子を見たユリウスは、珍しく小さく笑った。
「…だが…、今日はここまでにしよう。」
「え?」
ミラベルが首を傾げる。
「午後は勉強の時間だ。」
昼食後、ユリウスによってミラベル達三人は侯爵邸の書庫へと集められていた。
天井まで届く本棚には、歴史書、地理書、魔法理論書、王国法、植物図鑑など、あらゆる本が並んでいる。
マリナは思わず口を開けた。
「すげぇ〜…本ばっかじゃねぇか…。」
ブレイブも苦笑する。
「俺も最初に見た時は驚きました。」
ユリウスは机に数冊の本を置く。
「強くなるには身体を鍛えるだけでは足りない。知識もまた、大切な力だ。」
ミラベルは納得したように頷いた。
「確かに…私も魔法理論を理解してからの方が上達が早くなった気がします。」
「その通り。」
ユリウスはマリナへ視線を向ける。
「学院へ入学すれば座学も始まる。今のうちから慣れておくべきだ。」
ミラベルの予知夢(本当は前世のゲーム知識)に従ってマリナがこの先、ゲームの歴史と同じく王立学院に入学するのは決定事項となっていた。
マリナは積まれた本を前にして露骨に嫌そうな顔をした。
「戦う方が楽なんだけどなぁ…。」
「逃げることは許さない。一緒に世界を救うためにも必要なことだよ。」
「!…はい。」
世界を救うために必要と言われたらマリナも断ることができず即答で返事をした。
ミラベルとブレイブは思わず顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
勉強は予想以上に難しかった。
「王国の建国年号は?」
「!えっとー…。」
ミラベルは必死に思い出す。
ブレイブはノートへ何度も文字を書き写している。
一年前まで文字も読めなかった少年とは思えないほど丁寧な字だった。
マリナはというと。
「…この字、なんて読むんだ?」
「これは『領地』って読むの。」
ミラベルが教える。
「りょうち……。難しいな。」
少し前までのブレイブと同じく一からの地道な勉強。それでもマリナは投げ出さなかった。
一文字ずつ。一つずつ。丁寧に覚えていく。
その姿を見たミラベルは思わず笑みを浮かべた。
(ブレイブもそうだった。一年前は読み書きができなかった。それでも毎日努力して今は立派に座学にも取り組んでる。だから…マリナさんもきっと大丈夫。)
ふと視線を向ける。ブレイブは今も真剣な表情で歴史書を読んでいた。
難しい漢字に苦戦しながらも、一文字も飛ばさず読み進めている。
その姿を見ていると、自分も負けていられないと思えた。
「ブレイブ。」
「はい?」
「休憩しなくて大丈夫?」
「まだ大丈夫です。俺…もっと勉強したいんです。俺は学院に行くわけじゃないですが、侯爵家に仕える人間として恥ずかしくないように…もっと知識を身につけていきたいと思ってます!」
その真っ直ぐな答えに、ミラベルは優しく微笑む。
「私も頑張る。ブレイブに負けられないもの!」
「えっ?」
ブレイブは慌てたように首を振る。
「お、お嬢様には敵いませんよ!」
「そんなことないわ。」
二人は笑い合う。
少し離れた席では、マリナが呆れたように肩をすくめた。
「二人とも…真面目すぎるだろ。でも…」
そう言いながらも、自分も再び本へ視線を落とす。
「二人が頑張るってんなら…あたしも負けねぇ!」
ミラベルとブレイブの学びに対する姿勢に良い意味でライバル心を燃やすマリナに、ユリウスは静かに目を細めた。
夕方、勉強を終えた四人は書庫を出る。
廊下ではオズワルドが待っていた。
「皆さん、お疲れ様でした。勉強の方はいかがでしたか?」
「ちょっと…頭が疲れたわ…。」
ミラベルが苦笑する。
マリナは大きく伸びをした。
「鍛錬の方が何倍も楽だ!」
オズワルドは穏やかに笑う。
「ですが、皆さん本当によく頑張りました。」
そう言ってブレイブへ目を向ける。
「特にブレイブ。一年前と比べると、見違えるほど読み書きが上達しましたね。」
ブレイブは少し照れくさそうに頭を掻いた。
「!全部、オズワルド様が教えてくださったおかげです!俺一人じゃ絶対ここまで覚えられませんでした!」
オズワルドは首を横へ振る。
「いいえ。努力したのはあなた自身です。努力は決して裏切りませんから、今ある知識は全部あなた自身の力で手にしたものですよ。」
その言葉は、ブレイブだけでなく、ミラベルやマリナの胸にも深く響いた。
強くなること。知識を身につけること。誰かを守る力を得ること。
そのどれもが、一朝一夕では手に入らない。
だからこそ、努力を積み重ねる。
四人はそれぞれに決意を新たにしながら、夕日に染まる侯爵邸の廊下をゆっくりと歩いていくのだった。
前世でもろくに勉強する機会が与えられなかったマリナが初めて勉強に挑む回、そしてブレイブの成長を描いた回でもありました。
今回は読んでくださりありがとうございました。次回も読んでいただけると嬉しいです。




