第25話新しい居場所
ミラベル、ブレイブ、そしてマリナ達を乗せた馬車は侯爵邸へと辿り着く。
リーベルを出発した馬車は、数日をかけてアルヴェイン侯爵領へと戻ってきた。
馬車の窓から見える広大な草原や整備された街道に、レンは思わず口を開ける。
「すげぇ…これ全部、侯爵様の領地なのか?」
向かいに座るブレイブが穏やかに頷く。
「そうだよ。ここはアルヴェイン侯爵家が治める土地なんだ。俺も初めて屋敷へ来た時は同じように驚いたよ!」
その言葉にレンは少しだけ笑った。
「へぇー、ブレイブ兄ちゃんにもそんな時があったんだ!」
ガイは腕を組んだまま窓の外を眺めていた。
「俺たちみてぇなスラム育ちが本当に歓迎されるのか?」
トーマも静かに頷く。
「…普通なら追い返されてもおかしくない。」
そんな空気を察したマリナが腕を組み、仲間たちを見渡す。
「帰れ、なんて言われたら、その時はあたしも一緒に出ていく。誰一人置き去りになんかしねぇ。」
その一言だけで、孤児たちの表情が和らぐ。
「姐御…。」
ソフィは優しく微笑み、エマはマリナの腕に抱きついた。
「わたし、マリナお姉ちゃんがいるなら怖くない!」
ミラベルはそんな光景を見て自然と笑みを浮かべる。
(マリナさん…本当に素敵な子…。この子にとって仲間は家族そのものなんだ。)
やがて馬車はアルヴェイン侯爵邸の門をくぐった。
広大な庭園。噴水。白亜の大きな屋敷。
孤児たちは思わず息を呑む。
「お、お城みたい…!」
エマが目を輝かせる。
「すげぇ〜…こんな場所、本当にあるんだな。」
レンが感嘆の声を漏らした。
屋敷の前では使用人たちが一列に並び、その中央には侯爵夫妻が立っていた。
ミラベルの父、レオナルド侯爵。
そして、その隣には優雅な微笑みを浮かべるミラベルの母で侯爵夫人のセレスティア。
更に執事長オズワルドも穏やかな表情で待っていた。
ミラベルは真っ先に駆け寄る。
「お父様、お母様!ただいま戻りました!」
「おかえり、ミラベル。」
レオナルドは優しく娘の頭を撫でる。
「無事で本当に良かったわ。」
セレスティアも愛娘を抱きしめた。
「また少し逞しくなったんじゃないかしら?旅で苦労したでしょう?」
「はい。でも、とても大切な出会いがありました!」
ミラベルは振り返り、マリナたちを紹介する。
「こちらがマリナさん。そして、ご家族の皆さんです。」
マリナは一歩前へ出る。
「…マリナだ。そのっ…世話になる。」
身近にまともな大人がいなかった故に敬語の使い方もわからない率直で短い挨拶だった。
その後ろではレン達が緊張で固まっている。
レオナルドはそんな子どもたちを見渡し、静かに口を開いた。
「ようこそ、アルヴェイン家へ。ここは…盗賊行為を働いた君たちを裁く場所ではないよ…。だから、今日からは安心してこの家で暮らしてほしい。」
その言葉にレン達は驚いた表情を見せる。
続いてセレスティアがしゃがみ込み、エマと目線を合わせた。
「あなたがエマちゃん?」
エマはおずおずと頷く。
「!…うん。」
「ミラベルから話は聞いているわ。今日からはお腹を空かせることも、寒さに震えることもないわ…安心して眠っていいのよ。」
ユリウスがミラベルに渡していた通信石で事前にこれから我が家で迎える子供達の話を聞いていたセレスティア。そんなセレスティアに優しく抱きしめられた瞬間、エマの瞳から涙があふれた。
「っ!なんだか…お母さんみたい。」
小さな呟きに、その場の誰もが胸を締めつけられる。
ソフィも涙ぐみ、リンは声を殺して泣き始めた。
レンとノアは必死に涙を堪えている。
ガイとトーマはそっぽを向いていたが、目元だけは赤かった。
マリナは静かにその光景を見つめる。
(…良かった。この子達はもう、何にも怯えなくていい。)
その時だった。
「皆さん。」
執事長オズワルドが一歩前へ出る。
「今日から仕事も勉強も少しずつ覚えていただきます。もちろん、無理はさせません。」
ノアが首を傾げる。
「仕事?」
オズワルドは優しく頷く。
「皆さんには得意なことを活かしていただきます。ブレイブで道中皆様の得意分野を聞き取りしてもらうようお願いしていたのでそれを参考にこちらで決めさせてもらいます。」
オズワルドの言葉にレン達は驚いた様子でブレイブを見ながら
「道中でやけに色々聞いてくると思ったらそういうことだったのか!」
と口々に驚きの声をあげ、ブレイブは
「黙っていてごめんね?」
と苦笑いで謝るのだった。
そんな光景を微笑ましく見守った後にオズワルドはそれぞれの屋敷での役割を発表していく。
「レンくんは体力に自信があるとのことですから厩舎のお手伝いを、トーマくんは植物を育てるのが趣味とのことなので庭園管理を、ガイくんは見張り役として活躍なさっていたそうなので警備隊のお手伝い、ソフィさんはみなさんの食事を管理していたとのことなので厨房に、リンさんはソフィさんをよくお手伝いしていたそうなのでメイド見習いに、ノアくんは調べ物が得意とのことなので書庫や事務仕事を学んでもらいましょう。」
そして最後に、
「エマさんは…まず勉強です。」
エマは目を丸くする。
「勉強…?」
「はい。文字も計算も、これからゆっくり覚えていきましょう。」
エマは嬉しそうに何度も頷いた。
「わたし、お勉強したい!」
その無邪気な笑顔に使用人たちも微笑む。
その日から孤児たちの新しい生活が始まった。
ソフィは厨房で料理を学び、料理長から筋の良さを褒められた。
レンは厩舎で馬たちとすぐに仲良くなり、馬番たちを驚かせる。
トーマは庭師と黙々と庭木の手入れを覚え、ガイは護衛騎士たちとの力仕事を引き受けた。
ノアは書庫で文字や地理を学びながら、その観察力を高く評価される。
リンはメイドたちの妹のように可愛がられ、エマは家庭教師から初めて自分の名前を書くことを教わっていた。
そしてマリナだけは…。
「マリナさん!」
メイドが慌てて声を掛ける。
「荷物運びなら私たちが!」
「いい、自分でやるよ。」
マリナは大きな木箱を軽々と抱え上げる。
「身体を動かしてる方が落ち着くし…それに、世話になっといてタダ飯食う趣味はねぇ。」
厨房でも、
「薪割りなら任せろ!」
庭でも、
「これ運べばいいんだろ?」
誰よりも率先して働く。
夜になると用意された個室ではなく、仲間たちの女子部屋へ向かう。
エマが嬉しそうに抱きつく。
「今日も一緒に寝よ!」
「ああ、いいぞ!」
マリナは笑ってエマの頭を撫でた。
その様子を廊下から見ていたミラベルは、思わず微笑む。
(ゲームでは、おしとやかで可憐な主人公だった。でも……。)
目の前のマリナは違う。
仲間を守るためなら誰よりも率先して動き、誰よりも泥だらけになって働き、誰よりも家族を大切にする少女。
(ゲームのマリナさんも素敵な女の子だったけど…今のマリナさんはゲームとはまた違う素敵さと格好良さがある。)
そう思った瞬間、ミラベルの胸に一つの疑問がよぎる。
(やっぱり…マリナさんも、私と同じ『転生者』なのかな…。)
その疑問は、まだ胸の奥へとしまわれたまま。
だが近いうちに、二人だけの静かな夜が、その答えを導き出すことになるのだった。
マリナ達は侯爵家に受け入れられてそれぞれの役割を得て家に馴染んでいきました。そんなマリナを見て「やはり自分と同じ転生者なのでは?」と考えるミラベルですが、この点も後々の交流で掘り下げていきたいと思っています。
今回は読んでくださりありがとうございました。次回も読んでいただけると嬉しいです。




