第14話勝者が見た背中
ブレイブは帰りの馬車の中でミラベルとユリウスと会話をする。
武闘大会が幕を閉じる頃には、夕暮れの茜色が王都を優しく染めていた。
闘技場を後にする人々は、今日の熱戦を興奮気味に語り合っている。
「最後の決勝、すごかったな!」
「あの茶髪の少年、無名だったのにアルト様に一発入れたぞ!」
「将来が楽しみだ!」
そんな声を背に、ブレイブはミラベルとユリウスと共に馬車へと乗り込んだ。
大会を終えたブレイブは全身が筋肉痛で、腕も足も鉛のように重かった。
それでも、その表情は晴れやかだった。
悔しさはある。負けたのだから当然だ。
だが、それ以上に胸を満たしていたのは自分の力が確かに強者達に通じたという喜びだった。
馬車がゆっくりと走り出す。
静かな時間が流れたあと、ブレイブは姿勢を正し深々と頭を下げた。
「ミラベルお嬢様!ユリウス様!」
二人が同時に顔を向ける。
「今日は…っ、本当にありがとうございました!」
ブレイブは膝の上で拳を握り締める。
「お二人が応援してくださったから…俺は最後まで諦めずに戦えました…。リング際で押し込まれた時、正直もう駄目だと思いました。」
そして、少し照れくさそうに笑う。
「でも…お嬢様の『頑張って』って声と、ユリウス様の『努力を思い出せ』って言葉が聞こえた瞬間…。」
ブレイブは、胸へ手を当てる。
「身体が勝手に動いたんです…。本当に……ありがとうございました!」
もう一度、深く頭を下げた。
その姿を見たミラベルは、思わず微笑んだ。
「何言ってるの!」
優しい声だった。
「あそこで踏ん張れたのは、ブレイブ自身の力よ。私達は少し背中を押しただけ。」
目を細めながら続ける。
「本当にすごかったわ。最後の一撃なんて、思わず立ち上がって叫んじゃったもの。」
「お嬢様…。」
ブレイブの頬が少し赤くなる。
ミラベルの隣ではユリウスも静かに頷いていた。
「ミラベルの言う通りだ。」
穏やかな口調ながら、その瞳には誇らしさが宿っている。
「あの胴への一撃は偶然ではない。君がこれまで積み重ねてきた鍛錬…そして、自分を信じ続けた心が生んだ一撃だ。」
ユリウスはブレイブの肩へ優しく手を置いた。
「だから、自分の実力を誇りなさい。」
「!…はい!」
ブレイブは思わず笑みを零した。
照れくさそうに笑うその顔は、アルヴェイン家へ来たばかりの頃とは別人のようだった。
ミラベルもユリウスも、その笑顔につられるように微笑む。
馬車の中には、穏やかな空気が流れていた。
窓の外では夕日が沈み始めている。
その光景を眺めながら、ミラベルは胸の内でそっと呟いた。
(本当に強くなった…。ブレイブはもう立派な剣士だわ。きっと…これからもっと強くなる。)
その横顔を見つめていると、自然と胸が温かくなる。
けれど、その感情が何なのか…まだ彼女自身には分からなかった。
ブレイブもまた、ミラベルの笑顔を見て胸がどきりと高鳴る。
(何だろう……。お嬢様が笑ってくれると、すごく嬉しい…ずっと…この笑顔を守りたいと思えてくる。)
しかし、その想いを口にすることはなかった。
彼にとってミラベルは、命の恩人であり、主人。
それ以上の感情を抱いてはいけないと、自らに言い聞かせていた。
だからこそ、その鼓動の理由にも気付かないふりをした。
馬車は夕暮れの街道をゆっくりと進んでいく。
その一方――。
「いやー!今日も気持ちよく勝てた!」
大会の優勝者となったアルトは、辺境伯家の馬車へ乗り込み、大きく伸びをした。
向かいには婚約者のヴィオレットが座っている。
ヴィオレットは小さく拍手を送った。
「改めましておめでとうございます、アルト様。今年も見事な優勝でした。」
アルトは照れくさそうに頭をかく。
「ありがとな!…でもさ…。」
窓の外を眺めながら、ふっと表情を引き締めた。
「今日の決勝、あのブレイブって奴…本当に強かった。」
ヴィオレットは静かに頷く。
「ええ、最後の一撃は見事でした。」
アルトは笑いながらも首を横に振る。
「正直さ…あのまま押し切られると思ってた。あいつは最後まで諦めない瞳をしてたから。」
拳を軽く握る。
「…あの胴打ちを受けた時、一瞬ヒヤッとしたんだ。もし…あいつがあのまま攻め続けられてたら…。」
アルトは苦笑しながら肩をすくめる。
「勝敗は、変わっていたかもしれない。」
ヴィオレットは少し驚いたように目を瞬かせた。
アルトがここまで相手を評価するのは珍しい。
「それほどですか?」
「うん。」
アルトは迷いなく答えた。
「あいつ、きっととんでもなく伸びるよ。俺と同い年くらいだろ?だからまだまだ強くなるぞ!」
アルトとヴィオレットは決勝戦を振り返っていて、ふと思い出す。
決勝戦で、観客席から響いた二人の声。
一人は王太子ユリウス・アークレイン・ヴァルハルト
もう一人は侯爵令嬢ミラベル・フォン・アルヴェイン。
2人の力強い応援の言葉に、アルトは目を丸くしていた。
「そういえばさ。あいつを応援してたの……。ユリウス殿下とアルヴェイン侯爵令嬢だったよな?」
「ええ。」
ヴィオレットも気付いていたようだった。
「ブレイブという少年は、どうやらアルヴェイン侯爵家に仕えているようです。」
「へぇ…。」
アルトは嬉しそうに笑う。
「面白い奴だな!あのブレイブって奴!いつか、とんでもない奴になるかもしれないな!」
ヴィオレットも柔らかく微笑んだ。
「私もそう思います。…ですが――」
その笑みが少しだけ意味深なものへ変わる。
「アルト様。」
「ん?なんだ?」
「優勝したからといって、ここで満足してはいけません。」
アルトの笑顔が固まる。
「…え?」
「帰宅したら、剣術と魔法の特訓です。今日の試合で見えた課題もありますから。」
にこり、とヴィオレットはとても綺麗な笑顔を浮かべた。
だが、アルトにはそれが何より恐ろしい。
「えぇぇぇ!?今日くらい休ませてくれよ!こう見えても結構疲れてんだぜ!?」
「駄目です。ここで立ち止まっていたらあっという間にあの少年にも今日戦った他の対戦者達にも先を越されてしまいますよ?」
「うぐっ…!…そんなぁ〜!」
頭を抱えるアルトを見て、ヴィオレットは思わずくすりと笑った。
夕焼けの街道を二台の馬車がそれぞれ別々の方向へと走っていく。
一方には、努力の末に敗北から希望を掴んだ少年。
もう一方には、勝利に満足せず邁進し続ける少年。
まだ互いの名と軽い身の上以外、深く知ることはない。
しかし、この日の出会いは、後に再会した時、かけがえのない友情へと繋がっていくことを彼らはまだ知らなかった。
武闘大会のエピローグ的な話でした。ブレイブとミラベルとユリウスの三人の絆、新キャラのアルトとヴィオレットのキャラも多少掘り下げられたと思います。
今回は読んでくださりありがとうございました。次回も読んでいただけると嬉しいです。




