第10話未来の騎士団長
突如現れたゲームでの攻略候補の一人であり公爵家の子息であるカイン。彼はユリウスに戦いの手合わせを願い出る。
アルヴェイン侯爵家の正門前。
春風が木々を揺らす中、一人の少年が静かに立っていた。
年はユリウスたちと同じ11歳。
しかし、その纏う空気は子どものものではない。
短く切り揃えられた黒髪。鋭い灰色の瞳。日に焼けた肌。
そして何より目を引くのは、背中に背負われた一振りの大剣だった。
刀身だけでも少年の身長ほどある巨大な剣。
普通の大人でも持ち上げるだけで苦労しそうな代物を、彼は当たり前のように背負っている。
「カイン。」
ユリウスが笑みを浮かべる。
「久しぶりだね。」
「ああ。」
短い返事。必要以上の言葉はない。
「稽古をつけろ。」
「相変わらずだな。」
ユリウスは苦笑する。
「挨拶くらいはないの?」
「…元気そうで何よりだ。」
「それで十分だよ。」
二人は幼い頃から剣を競い合ってきた仲だ。
だからこそ、このぶっきらぼうな会話にも親しみが感じられる。
ミラベルはその様子を興味深そうに眺めていた。
(この人がカイン・ヴァルフォード……。)
ゲームでは攻略対象の一人。未来の王国騎士団長を夢見ることになる少年。
『冷徹』『無愛想』『剣一筋』という印象だったが、目の前の少年もまさにそのままだった。
「こちらは?」
カインの視線がミラベルへ向く。
「アルヴェイン侯爵家の令嬢、ミラベルだ。」
ユリウスが紹介する。
「初めまして、カイン様。」
ミラベルは優雅に一礼した。
「…よろしく。」
短く返礼するカイン。
続いて、その視線はブレイブへ向いた。
「そっちは?」
「!ブレイブと申します!」
ブレイブも丁寧に頭を下げる。
「アルヴェイン家で執事見習いをしています!」
「……そうか。」
それだけ言うと視線を外す。
身分を気にしている様子はない。
ただ、人を値踏みするような鋭い目だけが印象的だった。
その時だった。
「カイン様ー!」
明るく、それでいてどこか控えめな声が聞こえてきた。
四人が振り返る。
そこには淡い桜色の髪を揺らしながら、小走りで駆けてくる少女の姿があった。
「はぁ…はぁ…。」
息を切らせながら立ち止まる。
薄い青色のワンピースを身に纏い、胸元には公爵家の家紋をあしらったブローチ。
大きな青い瞳が印象的な、可憐な少女だった。
「やっと追いつきました……。」
彼女は安堵したように笑う。
「もう…また置いていくんですから……。」
「お前は歩くのが遅い。」
カインは素っ気なく答えた。
「うっ…。」
少女は少しだけ肩を落とす。
「す、すみません……。」
その様子を見ていたミラベルは思わず口を開いた。
「大丈夫ですか?」
「あっ!」
少女は慌てて姿勢を正した。
「申し遅れましたっ!」
スカートの裾を摘み、綺麗なお辞儀をする。
「エレノア・ローゼンベルクと申します。カイン様の婚約者です。」
「ミラベル・フォン・アルヴェインです。」
二人は笑顔で挨拶を交わす。
「よろしくお願いいたします。」
「こちらこそ。」
柔らかく微笑むエレノアを見て、ミラベルも自然と笑顔になった。
(優しそうな人…)
ゲームではライバル令嬢として描かれていたが、目の前の少女からはそんな雰囲気は微塵も感じられない。
むしろ控えめで、おっとりとしていて人の良さが滲み出ていた。
そんな二人をよそに、カインはユリウスへ向き直る。
「始めるぞ。」
「せっかちだなぁ。」
「時間は有限だ。」
ユリウスは肩を竦めながら木剣を手に取った。
「ミラベル、ブレイブ。」
「今日は見学しているといい。」
「はい。」
「は、はい!」
二人は頷き、訓練場の端へ移動する。
「行くぞ。」
カインが大剣を抜いた。
ずしん、と地面が震える。
その重量感にブレイブは思わず目を見開く。
「すごい…!あんな大剣を…!」
しかも軽々と構えている。
ユリウスも木剣を構える。
「いつでも。」
次の瞬間。
ドンッ!
爆発したような踏み込みだった。
「速い!」
ミラベルが息を呑む。
大剣とは思えない速度。
豪快に振り下ろされる一撃。
ガァン!
ユリウスが受け止める。衝撃で地面に砂煙が舞った。
「…相変わらず力任せだね。」
「力こそ剣だ。」
「それは否定はしないよ。」
そこからは目にも止まらぬ攻防だった。
大剣が振るわれる度に風圧が巻き起こる。
ブレイブは食い入るように見つめていた。
(すごい…!これが…本物の剣士!)
その瞳に宿る憧れを、カインは見逃さなかった。
稽古が終わると大剣を肩へ担ぎ、ブレイブの前へ歩み寄る。
「お前。」
「は、はい!」
「剣をやっているな。」
「!は、はい!まだはじめて一年ほどですが…。なぜわかったんですか?」
「立ち姿を見れば分かる。」
カインは短く言う。
「見せてみろ。」
「え?」
「お前の剣の実力を。」
ブレイブは戸惑いながら木剣を構えて振ってみせた。
ぎこちないながらも、一年間鍛えた成果が表れている。
カインは黙って見つめる。やがて一言。
「…悪くない。」
そう言葉を口にしたしかし…。
「基礎を疎かにしていない…毎日振っているな?」
ブレイブは驚いた。
「わ、分かるんですか?」
「分かる。」
カインは頷く。
「蓄積された努力は全て剣に出る。」
その言葉には重みがあった。
「才能だけでは強くなれない…努力を続けられる者だけが、本当に強くなれる。」
そしてブレイブの目を真っ直ぐ見つめる。
「強くなりたければ…続けろ。」
「!…はい!」
ブレイブは胸が熱くなるのを感じた。こんな実力者に努力を認められた。
その一言だけで、今までの苦労が報われた気がした。
「ありがとうございます!」
深々と頭を下げる。
カインは照れくさそうに視線を逸らした。
「礼はいらん。お前はまだまだ弱い…もっと強くなれ。」
「はい!」
そのやり取りを見ていたミラベルは嬉しそうに微笑んだ。
(カイン様って、厳しいけれど…ちゃんと努力している人を見てくれる人なんだ。)
一方、その様子を見守っていたエレノアも、どこか誇らしげに微笑みながらカインに声をかける。
「やっぱり…カイン様は優しいですね。」
「……何がだ?」
ぶっきらぼうに返すカイン。
「ふふ。言葉の通りです」
エレノアは小さく笑う。
「努力している方には、ちゃんと敬意を払ってくださるじゃないですか。」
「当たり前だ。」
カインは当然のように答えた。
「努力する者を笑う資格は誰にもない…それに…。」
ちらりとブレイブを見る。
「あいつはまだ未熟だが…あの目は折れない目だ。きっと…騎士に向いている。」
その言葉を聞き、エレノアは嬉しそうに微笑んだ。
(やっぱり…。カイン様は、誰よりも人を見ている。)
厳しい言葉の裏にある優しさを、彼女は誰よりも知っていた。
そしてミラベルは、そんな二人を見て自然と笑みを浮かべる。
ぶっきらぼうな少年と、それを優しく支える少女。
ゲームではあまり描かれなかった二人の穏やかな関係に、ミラベルは胸の奥が温かくなるのを感じていた。
──こうして、新たな仲間との出会いは、確かな絆の始まりとなるのだった。
攻略候補の一人のカインと彼の婚約者のエレノアの本格登場回でした。カインはぶっきらぼうですがエレノアのことを気にかけてはいる設定です。
この先も他の攻略キャラを本格登場させていきたいと思います。
今回はここまで読んでくださりありがとうございました。また次回も読んでくださると嬉しいです。




