白石沙里奈の攻撃③
翌日、土曜日の朝。
起床すると、スマートフォンにメッセージが二通届いている事に気付いた。
白石さんと赤城さんからのメッセージだった。先ずは白石さんのメッセージから内容を確認する。
【ごめんなさい】
簡潔な内容のメッセージだった。
続いて赤城さんからのメッセージ内容を確認する。
僕が起床する数分前が、送信時間となっていた。
【すごく急だと思うけど、今日午後過ぎくらいに会えないかな?】
そのメッセージの内容を確認し、僕の気分は一気に頂点へと上昇した。
僕はすぐさま、赤城さんに返信する。
【うん、いつでも大丈夫!】
メッセージの後に、黒猫が走るスタンプも合わせて送信する。
そして僕は急いで起き上がると、一刻も早く準備を済ませる事にした。
◇ ◇ ◇
赤城さんとは、学園の最寄りである駅前で待ち合わせることになった。
昼食を済ませた後、僕は自宅に近いバス停からバスに乗り、十分程で目的地である待ち合わせ場所に到着した。
通学時に比べると人の往来が少なく、駅前で先に待っていた赤城さんの姿を見つけるのは容易だった。
スマートフォンを弄りながら待っていた赤城さんに、僕は声を掛ける。
「赤城さん。ごめん、待たせたかな?」
「あ、黒川君。今日はごめんね、急に誘っちゃって」
「全然大丈夫。特に予定もなかったし」
そんな風に会話しながらも、僕は私服姿の赤城さんから目が離せなかった。
白のブラウスの上に、グレーのニットベスト。
下は黒のスラックスといった、少し大人びた印象を見せる服装が、スタイルの良い彼女にとてもよく似合っていた。
「めっちゃかわむー……」
かわいいと言おうとした僕の口が、赤城さんの手によって塞がれた。
ハンドクリームだろうか。彼女の手から良い香りがして、頭がクラクラとした。
「言いたい事は分かっているけど、恥ずかしいから口にしないで。心の中で言って」
僕は心の中で「かわいいー!」と叫んだあと、コクコクと頷いて見せる。すると、赤城さんは僕の口から手を離してくれた。
「よろしい。それじゃあ、行こうか」
目的地を告げる事もなく先を歩き始めた赤城さんの後を、僕は付いていく。
「ここから五分くらいで着くよ」
歩きながらそう言った赤城さんに対し、僕は当然の疑問を口にした。
「どこに行くの?」
「私が住んでいるマンション」
思わず、閉口してしまった。
初めてのデートが、お部屋デートなのだろうか。
色々と順序を飛ばしちゃっているのではないだろうか。
頭の中で様々な想像が膨らんでいってしまいそうになっている内に、どうやら目的地へと到着したようだった。
そこは地上十一階建てのマンションだった。
いかにもお金持ちが住んでいそうな、スタイリッシュなモノトーン色の外観。
広々としたエントランスホールには、見栄えの良い植物やソファが並べられており、憩いの空間が広がっている。
キョロキョロと落ち着かない気持ちでいる僕を他所に、赤城さんはオートロック機器に鍵を差し込んだ。
すエントランスホールからマンションの居住部分へと繋がる道に備え付けられた自動ドアが、音もなく開いていく。
赤城さんと一緒にマンション内の廊下を進んでいき、エレベーターに乗って向かった先は最上階である十一階だった。
「最上階に住んでるんだ」
上昇を続けるエレベーター内で、僕の口から出てきたのはそんな言葉だった。
「最上階になんか、住むものじゃないと思うよ。エレベーターは来るの遅いし、火事とか地震とかあったらって思うと、凄く怖いもの」
「なるほど……でも一軒家に住んでいる僕からすると、羨ましいって思うな。僕は高いところが好きだから」
「……お父さんもそう言ってたな。だから、最上階の部屋を買ったって」
僕が赤城さんのお父さんについて知っているのは、ある企業の代表取締役だった事と、過去にサイバー攻撃の被害を受けた人物であるという点だけだった。
彼女にお父さんの事を聞いてみようか……そう考えあぐねている内に、エレベーターが最上階に到着してしまった。
「こっちだよ」
エレベーターから出ると、赤城さんは僕を先導する形で歩を進めていく。
その後を付いていくと、彼女は【1101】と書かれた部屋の前で足を止めた。
「ここが、赤城さんの家?」
「ううん、違うけど」
「……え?」
「私が住んでいるマンションに行くとは言ったけど、私が住んでいる部屋に行くとは言ってないよ」
赤城さんの方を見ると、彼女は悪戯な笑みを僕に向けていた。
「ちなみに私が住んでいるのは、ここの隣。1102号室ね」
つまり、目的地は赤城さんが住んでいる号室の隣だったという訳だ。
それなら、目的地である1101号室に住んでいるのが誰なのか。
少し考えれば、その答えは容易に予想できた。
「沙里奈ー、黒川君連れて来たよー。入るよー」
そう言って、赤城さんは肩に掛けてある鞄から銀色の鍵を取り出すと、それを錠前に差し込み、1101号室の扉を開けた。そして、ズケズケとその中へと入っていく。
他人の家である筈なのだが、赤城さんに遠慮している素振りは見られなかった。
というか、なぜ鍵まで持っているのだろう。
僕も続けて入室して良いものかと逡巡している内に「黒川君も入って」という声が聞こえたので、言われるがまま入室する。
綺麗に整理されている広々としたエントランスで靴を脱ぎ、それらを揃えてから赤城さんの後を追って廊下を進んでいった先には、二十帖はありそうな開放感溢れるリビングがあった。
リビングに設置してあるソファに鞄を置くと、赤城さんは室内をグルリと見回すような素振りを見せた。
「……ちょっと待っててね。あ、適当に座っていて良いから」
僕にそう言い残すと、赤城さんはリビングから退室して、先ほどの廊下へと戻っていった。
座っていてと言われても、初めて来る家なのだ。
誰もいないのに、腰を落ち着かせる気にはならなかった。
広々としたリビングの真ん中で呆然と立ち尽くしていると、ふいにゴトリと、何かが壁にぶつかるような音が聞こえた。
赤城さんが向かっていった廊下からではなく、その音はキッチンの方から聞こえた。
誰かいるのかと思い、キッチンの方を覗いたのだが誰もいない。しかし、何かゴソゴソと音だけが聞こえてくる。
耳を澄ませてみると、その音は床下から聞こえているようだった。
「そこね」
いつのまにか戻ってきていた赤城さんが、僕の背後に立ってそんなことを呟いた。彼女の目線の先にあるのは、キッチン内に設置された床下収納の開閉部分だった。
「沙里奈……そこに隠れているのは、もう分かってるから。大人しく出てきて」
しばらく沈黙の時が流れたが、観念したのか、蓋を押し上げるようにして床下収納から白石さんと思われる女性が這い上がってきた。
立ち上がった彼女と目が合う。
その瞬間――僕は一瞬だけ呼吸する事を忘れた。
最初、僕は彼女が精巧に作られた人形なのではないかと思った。
そう思ってしまう程に、息を呑むような美人だった。
綺麗に染め上げられた銀色の長い髪。
それが似合う程のハッキリとした目鼻立ちと、大きな瞳が特徴的だった。
身長は低めだが、幻想的な雰囲気を持つ彼女からは、あまりそれが感じられない。
彼女が白石沙里奈――僕の想像の域を遥かに超える風貌を持った女性だった。
「沙里奈……着替えておいてって言ったのに」
赤城さんに指摘された白石さんの服装は、白猫がプリントされたパジャマというものだった。
「だって今日は、休日だもん」
それが僕の聞く、彼女の第一声だった。
か細く、よく耳を澄ませないと聞こえない声量ながらも、綺麗な声だなというのが第一印象だった。
「沙里奈は毎日休日でしょ」
「だって……着替えるの面倒」
「あーもう、黒川君。ちょっと沙里奈を着替えさせてくるから、リビングで待っていて」
赤城さんに引きずられるような形で、白石さんは廊下の方へと連れていかれた。
僕の横を通り過ぎる間際、白石さんとまた目が合う。
彼女の目から敵意のようなものを感じてしまったのだが、それが勘違いであって欲しいと願うばかりだった。




