白石沙里奈の攻撃②
就寝前。丁度二十一時を過ぎた頃に、白石さんからメッセージが届いた。
自室にあるPC端末を使って勉強をしていた僕は、作業を中断してからスマートフォンを手に取り、メッセージの内容を確認する。
【君って、姫那の事が好きなの?】
予想外のメッセージ内容に、思わず吹き出しそうになった。
そんな僕に構わず、続けて白石さんからメッセージが届く。
【姫那が私の所に来て、黒川君は私の事が好きだと思うって言っていた。そうなの?】
まだ直接会った事もない人間にそういった気持ちを知られるというのには、若干の抵抗があった。
簡単に言うと、恥ずかしかった。
【もし君が姫那の事を好きなら、君は私の敵ということになる】
なぜ、そうなるのだ。
【姫那は私の女】
まさか、こんな形で三角関係が築かれるとは思っていなかった。
赤城さんは白石さんの事を友達以上の存在だと言っていたが、まさか友情を超えた愛情が形成されているとは思いもしなかった。
赤城さんと、顔も知らない白石さんとの背景に百合の花が浮かんでいる絵面を想像していると、今度は赤城さんからメッセージが届いた。
【沙里奈が変なこと言うかもしれないけど、気にしないで良いから】
もしかして、いま白石さんと赤城さんは一緒にいるのだろうか。
明日は休日だし、白石さんの家に赤城さんが泊まっているというのは十分考えられる。
そうとしか思えないタイミングで届いたメッセージ内容だった。
僕の悪い性格なのだろうが、こうやって挑戦的な態度に出てこられると、つい歯向かいたくなってしまう。
僕は白石さんのメッセージに対し、デフォルメされた黒猫のキャラクターが「かかってこい」と挑発しているスタンプで返信した。
――その直後だった。
PC端末で使用している僕個人のメールアドレスに、メールが一通届いた事を知らせるポップアップが表示された。
差出人は、知らない宛先。
しかし、その件名を見て僕は驚きを隠せなかった。
件名には、こう記載されていたのだ。
【ホワイトハッカーを目指している割には、セキュリティに対する意識が甘い】
頭が混乱して、しばらく思考が停止する。
白石さんからスマートフォンの方にメッセージが届く。
混乱したまま、その内容を確認した。
【三つ、忠告をしておく。私が以前にランキング一位を取得したCTFのサイト、あそこは退会した方が良い。管理者によって意図的に、かなり注意深く探さないと見つけられない箇所にSQLインジェクションが存在している。その脆弱性を突く事で、登録されているユーザのメールアドレスや氏名といった個人情報が閲覧可能】
SQLインジェクション。
Webサービスがデータベースとやり取りする際、本来想定していない命令文を送り込む事で、不正にデータを閲覧・操作出来てしまう攻撃手法の事だ。
データベースというのは、ユーザー情報や投稿内容などを保存しているデータ保管庫のようなもので、SQLはそこに対して命令を出す為の言語である。
非常に古くから存在する攻撃手法だが、今でも実際に多くの被害が出ている重大な脆弱性の一つとなっている。
そんなリスクレベルの高いSQLインジェクションという脆弱性を利用して、世界各国、五十万人以上が登録しているサイトから個人情報の取得が可能だと言うのか?
そんな馬鹿なというのが、メッセージに対する正直な感想だった。
しかし、いまPCに届いたメールが、その事を真実であると証明しているような気がした。
【次に、ああいった海外で運営されているサイトで利用するメールアドレスに個人名を含むのは、プライバシーの保護やソーシャルエンジニアリングの観点からも推奨しない。メールアドレスが分かれば、その使用者が君であると特定する事は容易】
ソーシャルエンジニアリング。
それはシステムそのものではなく、人間の心理や行動の隙を突いて情報を盗み出す手法の総称だ。
つまり白石さんは、CTFサイトに存在する脆弱性を利用して登録者情報へアクセスし、そこから僕のメールアドレスを特定したということになる。
そして、そのメールアドレスに個人名が含まれていた事で、僕個人に辿り着いたのだろう。
【三つ目、私を敵に回さない方が良い】
……末恐ろしい。
僕はそんな気持ちを抱きながらも、すぐにCTFのサイトから退会した。
白石さんが送ってきたメールの件名にある通り、僕のセキュリティに対する意識が甘かったと言わざるを得ない。
CTFのサイトは、海外で運営されている。
国内に比べると、海外の方が圧倒的にネットワークやコンピュータに精通しているブラックハッカー……悪意を持って不正アクセスや情報窃取を行う犯罪者側のハッカーが多い。
ブラックハッカーが拠点としている国の分布図を見ると、日本はトップテンにすら入らない程だ。
そういった意味で、海外で運営されているサイトの利用は、国内のサイトに比べて情報漏洩やウイルス感染といったリスクが跳ね上がる。
それは分かっていた。
だからVPNと呼ばれる、通信内容を暗号化し、安全な経路を通してインターネットへ接続する仕組みや、ウイルス対策ソフト等を利用して、セキュリティ対策をしていたつもりだった。
だが、それだけでは足りなかった。
ああいったサイトで個人を特定できるようなメールアドレスを利用していた。そこが致命的だった。
より匿名性の高いメールアドレスを使用するべきだったのだ。
セキュリティの意識が甘い。
白石さんにそう言われても仕方ない。
正直、ショックな気持ちで一杯だった。
白石さんから、実力の無さを突き付けられたような思いだった。
彼女が僕を敵と認識したのであれば、この攻撃は僕にはかなり効果的だ。
僕はショックを引きずったまま、その日はもう何もする気になれず、メッセージの返答もせずにベッドの中へと潜り込んだ。




