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白石沙里奈の攻撃①

 赤城さんと白石さんに初めてメッセージを送った日から、丁度一週間が経過した。


 二人とのメッセージ履歴は、それぞれ一週間前で止まっている。


 僕のメッセージに対する赤城さんからの返信は【よろしくー】という短文に続いて、パンダのキャラクターがお辞儀するスタンプというものだった。


 初恋の人から届いた、初めてのメッセージ。


 僕は赤城さんから届いたそのメッセージをスクショで記録し、自宅にあるストレージへ永久保存する事にした。


 白石さんからの返事は、赤城さん以上に簡潔だった。

 

 デフォルメされた白猫のキャラクターが、よろしくお願いしますとお辞儀をしているスタンプが届いただけだ。


 そこからどうやってメッセージのやり取りを続けて良いのか分からず、そのまま日々は過ぎていき、あっという間に一週間が経ってしまったのだった。


 赤城さんから白石さんと友達になってほしいとは言われたが、僕のコミュ障が遺憾なく発揮されてしまっていた。


 こんな調子では、白石さんの友達になれる日は永遠にやってこないだろう。


 そして、そう思ったのは僕だけではなかったようだ。


 放課後の図書館。

 一週間ぶりにこの場所へと顔を見せた赤城さんは、僕の対面へと腰掛けると、いの一番にこう言ってきた。


「沙里奈と全然、メッセージのやり取りしていないでしょ?」

「うん。なんか、どうやってやり取りしていいのか分からなくて」

「やり取りって……黒川君が勉強しているPC関係の事とか、そういう話をすれば良いんじゃない?」

「そうなんだけど、そんなにズケズケ聞いちゃっても良いのかなーって」

「なるほど……よく分かった。どうやら、私の言葉が足らなかったみたい」


 そう言うと、赤城さんはこちらに真剣な目を向けて居住まいを正した。


 なにか大切な事を言おうとしているのだと、彼女の雰囲気から察することができた。


「あのね、黒川君。この前は軽い感じで沙里奈の友達になってくれと言ったけど、あれは軽い気持ちじゃなくて、本気で私がお願いしたいと思っている事なの。私は沙里奈を外へと連れ出したいの。自分の部屋に引きこもっているだけじゃなくて、もっと外の世界を知って、普通に友達を作ったりしてほしい。あの子には……年相応の、普通の女の子としての幸せを知ってほしい」


 それが本当に心からの望みである事は、赤城さんの目や表情を見れば明らかだった。


 だからこそ、僕は白石沙里奈という人物への興味が更に深まった。


 赤城さんにここまで言わせる存在とは、一体どんな人物なのだろうか。


「赤城さんにとって、白石さんは本当に大切な人なんだね」

「うん。あの子の事は、友達以上の存在だと思ってる。小さい頃、色々と大変な事もあったしね……」


 寂しそうな表情を見せる赤城さん。


 大変な事とは、一体何なのだろうか。

 聞いてみたい気持ちはあったが、僕にそんな隙を与えず、赤城さんは言葉を続けた。


「だから黒川君、私に協力して一緒に沙里奈を外に連れ出してほしいの。黒川君となら、あの子も話が合うと思うから」


 好きな人にそんな真剣な表情でお願いされたら、断れる筈などなかった。


 僕が無言のまま頷くと、赤城さんは嬉しそうに顔を綻ばせた。


 その笑顔が見られるなら、何だってやってやるという気持ちが湧いてくる。


「ありがとう、黒川君。そんな君に、耳寄りな情報を一つ教えてあげる」


 赤城さんはテーブルの対面から前のめりになり、僕の耳元に口を近づけてくる。


 鼓動が早鐘を打つ感覚に囚われながら、僕は耳元で聞こえる赤城さんの囁き声に全神経を集中させた。


「あのね……沙里奈は私より、全然可愛いよ」

「それはないのでは?」


 すぐさま返事をした僕に驚いたのか、赤城さんは僕から離れて背筋をピンと伸ばして見せた。


「それはない……と、なぜ言えるのかな?」

「なぜと言われても、赤城さんより可愛いというのは想像が……」

「あ、良いです。最後まで言わなくて良いです。今日はもう帰ります」


 なぜか敬語でまくし立てると、赤城さんはそそくさと立ち上がり、早足で僕から遠ざかっていく。


 途中、足を止めた赤城さんが振り返ってこんな事を言ってきた。


「君はね……ちょっと、チャラいんじゃないかと思いますね!」

「え、チャラ……」


 捨て台詞を残して、赤城さんは図書室から去っていった。


 チャラいとは、聞き捨てならない。


 こんなにも一途に一人の女性を想い続けているのだから、寧ろ僕は正反対だろう。


 今度会った時、そこら辺はちゃんと分かってもらう必要があるなと思いつつ、僕は白石さんへのメッセージ内容を考える作業に入るのだった。


 ◇   ◇   ◇


 校内にチャイムが鳴り響いたのを合図に、僕は図書館を後にした。


 外に出ると、空はすでに茜色に染まり、どこか哀愁を帯びた空気が漂っている。そのせいか、胸の奥にわずかな寂しさが広がった。


 学園の傍にあるバス停から、いつものようにバスに乗る。


 幸運にも空いていた座席に腰を下ろし、窓の外を眺めながらも、頭の中は考え事でいっぱいだった。


 悩みに悩んだ末、当たり障りのない話題ではなく、素直に気になっていたハッキングスキルのことを白石さんに聞いてみようと決めた。


 やがて最寄りのバス停に着き、降車して自宅へと続く道を歩きながら、僕はスマートフォンを取り出した。


 指先で素早く画面をなぞり、メッセージを打ち込んでいく。


【赤城さんから、白石さんは僕が登録しているCTFのサイトでランキング一位だった事があると聞きました。それは本当ですか?】


 メッセージを送信した後、スマートフォンをポケットの中にしまう。


 そんなすぐには返事が来ないだろうと思っていたのだが、一分も経たない内にポケットの中のスマートフォンが振動した。


 まさかと思いながら再度スマートフォンを手に取って確認すると、白石さんからメッセージが来た旨を知らせる通知が届いていた。


 丁度通り過ぎようとしていた公園内に入り、設置してあるベンチに腰掛ける。


 それから僕は、白石さんから届いたメッセージの内容を確認した。


【本当】


 漢字二文字だけの返信から、彼女の淡白な性格が少しだけ伺えるような気がした。


 僕はすぐさま、再度メッセージを打ち込んでいく。


【それは本当に凄いことです。並大抵のスキルでは、あのサイトでランキング一位にはなれません。白石さんは、どうやってハッキングのスキルを学んでいるんですか?】


 メッセージを送信する。


 すぐに既読マークが付いたと思ってから数秒後、白石さんからの返信が届く。


【独学、実践。その繰り返し】


 やっている事は、僕と同じの筈だ。


 書籍やネットで技術に対する知識をインプットし、自分で構築した環境を用いてアウトプットを重ねていく。


 インプットとアウトプット。

 要するに、知識を学ぶだけで終わらせず、実際に自分の手を動かして試してみるという事だ。


 ハッキングに用いる様々な技術は、そうやって少しずつ身につけていくしかない。


 だと言うのに……ランキングという指標から分かる通り、白石さんと僕には圧倒的な差があるように感じた。


 その事実が、僕の自信を少しだけ喪失させる結果となっていた。


 夕暮れ時の小さな公園内、僕以外には他に誰も人の姿が見えない。


 この寂寥とした雰囲気がまた、僕の気持ちを更に落ち込ませているような気がした。


 そんな風にして僕が気分を落ち込ませていると、再度スマートフォンが振動した。


 白石さんからのメッセージだった。


【君はどうして、ハッキングスキルを学んでいるの?】


 白石さんの方から質問が来るとは思っていなかったので、少し驚きながらも僕はすぐに返信する。


【将来的に、ホワイトハッカーになることを目標としています】

【同年代の男の子からホワイトハッカーという言葉が出てくるとは思わなかった。どうしてホワイトハッカーになろうと思ったの?】


 ホワイトハッカーになろうと思ったキッカケ……そこには、少なからず赤城さんの存在が関わってくる。


 赤城さんの幼馴染である彼女に、それを伝えてしまって問題ないのだろうか。


 少し悩みはしたが、僕は正直にホワイトハッカーを志そうと思ったキッカケについて話すことにした。


【赤城さんのお父さんが経営していた企業が、ペルソナと呼ばれるハッカー集団からサイバー攻撃を受けたのは知っていますよね? あの事件を機に、ホワイトハッカーという職業を知って興味が沸いたからです】


 既読マークは、すぐに付いた。


 しかし、そこで白石さんからの返信は途切れた。


 空を見上げると、夕焼け空が徐々に夜空の比率を増していた。


 返信も途切れたことだし、そろそろ家に帰った方が良いだろうと思い、僕はベンチから立ち上がって家のある方向へと足を進めた。

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