赤城姫那のお願い③
赤城さんと図書館で会話をした日の翌日。
登校時、僕は靴箱前で出会った赤城さんと挨拶を交わした後、放課後にまた図書館で話そうというお誘いを彼女から受けていた。
僕は放課後になると、すぐに図書館の方へと足を向けた。
いつもの場所で、スマートフォンのセキュリティ対策に関する技術書を読みながら、赤城さんが来るのを待つことにした。
セキュリティ対策――簡単に言えば、不正アクセスやウイルス感染から端末を守る為の知識だ。
ホワイトハッカーを目指す以上、攻撃手法だけでなく、防御について学ぶ事も欠かせない。
だが、技術書の内容が全然頭に入ってこないのは、赤城さんの到着が待ち遠しいからに違いなかった。
そんな風にして待っていると、しばらくして赤城さんが姿を見せた。
「今日も可愛いなあ」
「……君は思ったことを口に出さないと、死んじゃうのかな?」
「あ、ごめん、口が勝手に動いちゃった」
「はいはい」
手をパタパタと仰いで顔に風を送りながら座った赤城さんの顔が、少しだけ赤くなっているように見えた。
彼女は意外と、こういう直接的な誉め言葉に弱いのかもしれない。
「今日は部活があるから、手短に用件だけ伝えるね」
どうやら今日は、あまり話す時間がないらしい。
残念だなーと思いながら、僕は首を縦に振る。
「沙里奈に黒川君のこと話したらね、興味深いって言ってたよ。同世代であのサイトに登録している事自体が珍しいって」
それは、そうかもしれない。
探せばいるのだろうが、少なくとも僕の知る限りでは、同じ歳でハッキングスキルを身に着けようとしている人は周囲にいなかった。
「でも、知らない男の人は怖いから、直接会って話したりするのは無理って言われちゃった」
「ああ……確かに、知らない人と話すのは怖いよね」
それは僕も同じなので、気持ちはよく分かる。
「気持ちは私にも分からない事はないけど、それじゃあ何も始まらないでしょ? 話してみないと、分からない事もあるよ」
それは確かにそうなのだろうが、その敷居を跨ぐのが上手な人もいれば、下手な人もいる。
赤城さんが前者で、僕と赤城さんの幼馴染は明らかに後者だ。
「それはさておき、会うのは無理だけど、メッセージでのやり取りだったら良いって。沙里奈のIDここに書いてあるから、黒川君からメッセ送ってもらっても良い?」
そう言って赤城さんから手渡されたのは、二つ折りにされた薄ピンク色のメモ用紙だった。
「そういう訳だから、よろしくね。それじゃあ私、部活行くから。またね」
きっと赤城さんは、忙しい中時間を作ってここに来てくれたのだろう。
部活に遅刻してしまいそうなのか、時計を一瞥した彼女は、慌てた様子で図書館内を後にしていった。
一人残された僕は、今しがた手渡されたメモ用紙を開いて、中に書かれている文字を確認する。
そこには、メッセージアプリで友達登録する際に用いるIDが二つ記載されていた。
「……なんと」
そこに赤城さんのIDも記載されていたという事実に、思わず声が漏れてしまった。
僕は早速スマートフォンを取り出し、メッセージアプリを起動する。
メモに記載されたIDをそれぞれ入力し、友達登録を完了させた。
アプリに表示されている友達リストに、新しく赤城姫那と白石沙里奈という表示が追加されている事を確認する。
僕はまず先に、赤城さんへメッセージを送る事にした。
【連絡先教えてくれてありがとう。部活、頑張って】
僕は赤城さんへのメッセージを送信した後、次は白石沙里奈と書かれた場所をタップする。
表示されたテキストボックスとにらめっこしつつ、僕は頭を悩ませながら、少しずつ文章を作っていった。
【赤城さんからIDを教えてもらったので、メッセージを送ります。赤城さんの同級生の黒川湊と言います。赤城さんから話を聞かせてもらい、類まれなるハッキングスキルを持つ白石さんと、是非お話がしたいなと思いました。技術やセキュリティに関する話なんかが出来たら嬉しいです。よろしくお願いします】
随分と長文の、固い文章になってしまった。
しかし、最初なのだ。先ずは相手に対し礼節を重んじるべきだろう。
僕は送信ボタンを押してから、スマートフォンをポケットの中にしまった。
彼女達からの返信が、少しだけ待ち遠しかった。




