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エピローグ

 ココロトークを開発していた時、白石さんからデータの格納方法について聞いた事を思い出す。


 確か、HDFSと呼ばれる分散型ファイルシステムを利用しているという話だった。


 HDFSとは、複数のサーバーにデータを分散して保存、管理する仕組み。


 大量のデータを扱うには適しているが、その分、運用にはかなりの費用が掛かる。


 その資金は一体どこから出ているのか。


 以前そう尋ねた時、白石さんには出資者がいる事が分かった。


 もしかしたら、その出資者というのがペルソナなのではないだろうか。


 だから彼女は、自身の目的を達成するためにも、ペルソナから離れることができないと言ったのではないだろうか。


 これは僕の勝手な想像に過ぎない。


 けれど、いつか聞いてみようと思った。


 きっと白石さんは、不敵に笑うだけで何も答えてはくれないだろうけど。


「私の彼氏は、恋人になって初めてのデートだっていうのに、考え事に夢中のようです。この先が心配です」


 非難するような声に、僕は慌てて意識を目の前にいる赤城さんへと戻す。


 今日は赤城さんと恋人になってから、初めてのデートの日だった。


 僕達二人は、都内にある大きな公園へやってきていた。


 公園内には博物館や美術館といった文化施設に加え、カフェなどの商業施設も併設されている。


 カフェで昼食を済ませた僕達は、近くにあったボート遊びの出来る池を訪れた。


 そこで借りたボートを漕ぎながら、麗らかな日差しの下で考えに耽っていたところ、赤城さんの機嫌を損ねてしまったという訳だった。


「ごめん。つい考え事しちゃって」

「何を考えてたの?」

「えっと……白石さんの事」


 赤城さんの視線が鋭くなる。


「はあ……黒川君が初デート中にも関わらず、他の女の子の事を考えるような男だったなんて」

「ごめんなさい」


 素直に謝ったのが功を奏したのか、鋭かった赤城さんの視線が不意に和らぐ。


 そして今度は、心配そうな瞳で僕を見た。


「沙里奈と何かあった?」

「そうだね。あったといえば、あったかな。でも安心して。喧嘩したとか、そういうのじゃないから」

「そっか。沙里奈と友達になって欲しいってお願いしたのは私だし、あの子との関係で悩むような事があるなら言ってね」


 赤城さんの言葉に、僕は黙って頷いた。


「最近の沙里奈、少しずつだけど昔の感じに戻ってきている気がするんだ」

「昔の感じ?」

「うん。昔はもっと活発で、天真爛漫な子だったんだよ。いつも外を駆け回っていて、運動神経も抜群で、男子との喧嘩にも負けないような子だったの」


 それは今の白石さんからは、全く想像できない姿だった。


 僕は白石さんの過去を、ほとんど何も知らない。


 この機会に、少し聞いてみるのも良いだろう。


「そういえば、赤城さんと白石さんは幼馴染だって言ってたよね。昔はどんな感じだったの?」

「いつも三人で遊んでたかな」

「三人?」

「うん。でも、小学四年生の時に沙里奈の妹が不幸な事故で亡くなっちゃって……それからだよ。あの子が部屋に引きこもるようになったのは」


 それについては、僕もそれとなく聞いていた。


 脳裏に浮かぶのは、水族館に行った時の光景だった。


 クラゲが生み出す幻想的な青白い光の中で、白石さんは亡くなった妹との思い出を静かに反芻していた。


 きっと小学生だった彼女にとって、妹の死は想像を絶するほど悲しい出来事だったに違いない。


「白石さんの妹さんは、どんな人だったの?」

「沙里奈に負けないくらい、元気いっぱいな子だったよ。妹なのに紗理奈より背が高くてね、いつも姉妹逆みたいーってからかったりしてた」


 赤城さんは懐かしむように目を細めた。


「その頃流行っていた、仮面戦士ソララってアニメ知ってる?」

「ああ、日曜の朝にやってたやつだよね。主題歌が特徴的だったから、覚えてるよ」

「私達、あのアニメが大好きだったんだ。いつもごっこ遊びをしてたよ。将来はソララみたいな正義の味方になるんだって」


 赤城さんは柔らかく笑う。


「私と沙里奈と、真希奈まきなちゃんの三人で、おもちゃの仮面を付けながら走り回ってた」

「――え?」


 その名前を聞いた瞬間、僕は時間が止まったような錯覚に陥った。


 同時に、白石さんが手に持っていたスマートフォンのロック画面に表示されていた写真を思い出す。


 仲睦まじい様子で抱き合う、二人の少女。


 そして、小型端末の画面に映し出されたマキナの姿。


 彼女を見た時に覚えた違和感の正体に、僕はようやく気付いてしまった。


「……真希奈ちゃん?」

「あ、そっか。黒川君は名前までは知らないんだよね」


 赤城さんは、もう一度その名前を口にする。


「白石真希奈。亡くなった、沙里奈の妹の名前だよ」


 そうして僕は、知ってしまった。


 マキナというAIを創り出した、白石沙里奈という人間の心情を。


 そして彼女が未だ過去に囚われ続けているという、悲しい現実を。


 僕は知ってしまったのだった。

前作『プルチックの瞳』が「自分の好きなものを詰め込もう」という想いから生まれた作品だとすれば、今作『ココロ→マキナ』は「自分が伝えたいことを書こう」という気持ちから執筆を開始した作品です。


セキュリティエンジニアとして働く中で、私が日々感じているのは、「もっと多くの人にセキュリティへ関心を持ってもらえたら」ということでした。


便利な技術があふれる一方で、その裏側にはさまざまなリスクも存在しています。そうしたことを、物語を通して少しでも身近に感じてもらえたら――そんな想いから、この作品を書き始めました。


実は『ココロ→マキナ』は、シリーズ化も視野に入れて書き始めた作品です。今回はキーロガーを題材に一つの事件を書きましたが、世の中にはまだまだ物語の種になりそうなセキュリティの話題がたくさんあります。


設定上は存在しているものの物語の構成上、今回ほとんど書けなかった白石沙里奈の両親やペルソナの他メンバー達。ペルソナと対立する組織や登場していない学園の生徒達。別の脆弱性やサイバー攻撃を題材にした新たな事件など、私の中で想像だけはどんどん膨らんでいます。


いつかまた、『ココロ→マキナ』から続く物語をお届けできる日が来るかもしれません。


ひとまず『ココロ→マキナ』という物語はこれで完結となります。


最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


また次の作品でお会いできれば、とても嬉しく思います。


これからも、どうぞよろしくお願いいたします。


彩珠那由正

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