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ブラックハッカー③

『どうもー。ペルソナでーす。悪い奴を、やっつけに来ましたー』


 それは、異様な光景だった。


 新城先生が利用していた端末の画面内。


 真っ黒な背景を背にして、こちらを嘲笑うかのように笑みを浮かべた白い仮面が画面いっぱいに映し出されている。


「な、なんだこれ! クソッ、どういうことだ! 端末が操作できない!」


 慌てた様子でキーボードを叩きながら、新城先生が狼狽した声を上げる。


『アハハ。管理者アカウントは既に奪取済なので、もうそっちからの操作は利きませーん。残念でしたー』


 白い仮面の目と口が、声に合わせて不気味に動く。


 僕は突然の状況に言葉を失い、その光景を見つめることしか出来ない。


『ちなみにー。この端末内のデータも、全部いただいちゃいましたー』

「なっ……!」


 新城先生の目が大きく見開かれる。


『さてさて、どんな情報があるかなー』


 画面が切り替わる。


『おやおや。ダークウェブ上のマーケットプレイスへのアクセス履歴を発見。出品者名――ShinKen。おっと、これは偶然かなー?』


 画面上に複数の取引履歴が表示される。


 商品名の欄には、見覚えのある文字列が並んでいた。


 キーロガー。


 パスワード窃取ツール。


 認証情報収集プログラム。


『しかも自作マルウェア販売とかやってるじゃないですかー。教師なのに副業がブラックハッカーとか、なかなかロックですねー』


 新城先生の顔色が変わる。


 だが、ペルソナは止まらない。


『お次はこちらー』


 再び画面が切り替わる。


『キーロガーの管理画面を発見しましたー』


 そこには生徒達の氏名と思われる一覧が表示されていた。


 赤城姫那。


 菊島大幸。


 他にも一年三組の生徒達の名前が並んでいる。


『うわー。ご丁寧にログまで残してる』


 画面にログイン履歴が表示される。


 赤城姫那――SNSログイン情報取得。


 菊島大幸――ショッピングサイト認証情報取得。


『おやおやー? さっきは乗っ取りなんかしてないって言ってませんでしたっけー?』

「やめろ……」

『まだまだいきますよー』


 画面が再び切り替わる。


『お、この暗号化ファイルなんだろう? 作業ログかな? 随分几帳面ですねー。自分のやった事を全部記録しないと気が済まないタイプ?』


 数秒後。


『あ、解読できた』


 新城先生の顔から血の気が引いた。


『じゃあ、中身を見てみましょうー』


 表示された文章を見て、僕は息を呑んだ。


 五月二十二日。


 そこには、菊島君への私怨からショッピングサイトのアカウントを不正利用した経緯が記されていた。


 六月二十三日。


 赤城さんに授業中の誤りを指摘された事への怒り。


 SNSアカウントへ不正ログインした事実。


 そして、


『教師を侮辱したことへの代償を払わせてやる』


 という一文。


 その文章からは、教師という立場を利用しながら、自らの私怨を教育という言葉で正当化する人間の醜さが滲み出ていた。


 もう言い逃れは出来ない。


 状況証拠ではない。


 これは、本人の記録。完全な証拠だ。


 しばらく嘲笑うような笑い声が響いていたが、それが不意に止まる。


 画面が切り替わった。


 そこにいたのは、笑う仮面ではなかった。


 無表情の白い仮面。


 冷たく、感情を感じさせない存在。


『新城健』


 低く冷たい声が響いた。


『お前は私の大切なものを攻撃した』


 その一言で、準備室の空気が凍り付く。


『その報いは受けてもらう』


 新城先生が、蒼白な顔で画面を見つめている。


 僕は、無表情の仮面に目が釘付けとなっている。


『お前が知られたくない情報は、全て私の手の中にある。今すぐ学園から消えろ。ブラックハッカーからも足を洗え。応じない場合、私はお前を社会的に抹殺する』


 新城先生が、唇を震わせながら口を開いた。


「どうやって……この端末に侵入した」

『それをお前に教えてやる義理はない』


 それが、ペルソナから新城先生へ向けられた最後の言葉だった。


 画面内から仮面が消え、スリープモードへと移行する。

 

 もうそこから、ペルソナの声が聞こえてくることはなかった。

 

 僕は呆気に取られたまま、膝から崩れ落ちる新城の先生の姿を、まるで映画のワンシーンでも見るような気持ちで見つめるだけだった。

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