キーロガー④
翌日の昼休み。
僕は早速、赤城さんのタブレットを調査する為に彼女の教室へ向かおうと席を立った。
そんな僕に、クラスメイトの園山さんが声を掛けてくる。
「黒川ー。一緒に飯食わね?」
園山さんのすぐ側には、佐倉さんの姿もある。二人は机をくっ付けながら、こちらへ視線を向けていた。
珍しい事もあるものだ。
この二人はいつも僕の席の近くで昼食を摂っているが、こうして僕を誘ってくるのは初めてだった。
「折角のお誘いで悪いんだけど……」
言いながら教室の扉へ目を向けた僕の視界に、教室の中を覗き込むようにしている赤城さんの姿が映った。
「あ、姫那だ。ちょうど良いじゃん。おーい」
園山さんが手招きすると、赤城さんはこちらへ歩いてくる。
「由衣と茜と、黒川君。どうかしたの?」
「黒川と一緒に飯食おうと思って。黒川と仲良いんでしょ? 姫那も一緒に食おうぜ」
園山さんからの誘いにどう答えたものか迷っているらしく、赤城さんは僕へ視線を向けてきた。
無下に断る理由もない。
タブレット端末さえ貸してもらえれば、調査はいつでも出来る。
たまにはクラスメイトとの親交を深めるのも悪くないか。
「一緒に食べようか」
僕がそう言うと、赤城さんは無言でこくりと頷いた。
少しだけ残念そうに見えたのは、気のせいだろうか。
「ごめんね。由衣がどうしても黒川君から話を聞きたいって言うから」
席を整えている最中、佐倉さんが小声で囁く。
聞きたい事というのは十中八九、赤城さんとの関係性についてだろう。
それを聞かれたところで何と答えたものか考えながら、僕は朝に購買で買っておいたパンを鞄から取り出そうとした。
「あ、黒川君」
僕の隣に席を配置した赤城さんが、おずおずと何かを差し出してきた。
「えっと、これ……お弁当、作ってきたんだけど」
ピンク色のハンカチに包まれた弁当箱に、園山さんと佐倉さん、そして僕の視線が集中した。
赤城さんは少し赤くなった顔を、ぱたぱたと手で仰いでいる。
「……あ、ありがとう」
弁当箱を受け取る。赤城さんの様子につられて、なんだか僕まで照れ臭くなってきた。
「由衣……もう何も聞かなくて良いんじゃない?」
「そうだな……姫那のこんな顔が見られただけで満足だわ」
二人は微笑ましいものを見るような目で僕たちを眺めていた。
赤城さんが作ってくれた弁当は、これまた泣きそうになるくらい美味しかった。
瞳を潤ませながら食べる僕を見て、園山さんは「変な奴だな」とゲラゲラ笑う。
佐倉さんもその隣で、少し呆れたような目を向けていた。
赤城さんは自分の弁当を食べながら、ずっとどこか恥ずかしそうにしていた。
そんな和やかな時間を過ごしながら、僕は赤城さんから学園支給のタブレット端末を借り受ける。
本来の目的を果たすべく、僕は早速調査を開始した。
「黒川君。それ、何やってるの?」
佐倉さんが不思議そうに尋ねてくる。
僕は簡単に、タブレットを調査する事になった経緯を説明した。
「なるほど。パスワード漏洩の原因を調べてるんだ。昨日は姫那、職員室にまで呼ばれて大変そうだったものね。最近学園内でそういうの多いし、私も気を付けなきゃ」
佐倉さんの言葉に、僕は手を止めた。
「最近そういうの多いって、どういう事? 前にもこんな事があったの?」
「あ、もしかして菊島君の件?」
反応したのは赤城さんだった。佐倉さんが頷きながら返答する。
「黒川君、姫那と同じクラスの菊島大幸って知ってる? 姫那と同じように、一ヶ月くらい前にアカウント乗っ取りの被害に遭ってるんだけど」
菊島大幸。
その名前を聞いて、僕は思い出した。
情報処理部へ顔を出した日に、新城先生から課題提出について注意されていた野球部の男子生徒だ。
「直接話した事はないけど、多分知ってる。どんな被害だったの?」
「そういや、あいつ怒ってたなー。ショッピングサイトのアカウントが乗っ取られて、高額商品が勝手に買われてたって」
園山さんが思い出したように言う。
SNSとショッピングサイトだから、サービスは違う。
だが、アカウント乗っ取りという点では共通している。
同じクラスの生徒が、立て続けに同じような被害に遭っている。
僕は再びタブレットへ視線を落とした。
そして、すぐに違和感を覚える。
動作が明らかに重い。
学園支給のタブレットは僕も日常的に利用している。決してスペックの高いタブレットではないのだが、僕のと比較しても赤城さんの端末は全体的な動作が異様に遅かった。
「黒川君、なんか難しい顔してるけど」
赤城さんが心配そうに覗き込んでくる。
「……このタブレット、大分動作が遅いけど普段からこんな感じだった?」
「うん。私も遅いなーとは思ってたけど、学園支給の端末なんてそんなものだと思ってたよ。みんなもそうじゃないの?」
カレンダーアプリの起動画面は、表示されたまま固まっている。
その様子を見た佐倉さんが首を横に振った。
「私のタブレットだと、ここまで時間は掛からないかな」
僕はタブレットを操作し、起動中のプログラム一覧を表示した。
そこに、一つだけ気になるものがあった。
英数字がランダムに並んだ名前のプログラム。
システム領域で動作しており、やけにメモリを消費している。
何をしているプログラムなのかは分からない。
だが、少なくとも見覚えはなかった。
試しに自分のタブレットでも同じ画面を開く。
そのプログラムは――存在しない。
「園山さんと佐倉さん。二人のタブレットも見せてもらって良い?」
頼むと、二人は快く自分達のタブレットを貸してくれた。
同じ手順で確認する。
やはり、そのプログラムは存在しない。
赤城さんの端末だけだった。
「赤城さん。このタブレット、午後の授業で使う?」
「ううん、大丈夫。明日の授業で使うくらいかな」
「出来れば、今日一日貸してほしい」
「分かった。調べてくれるんだよね?」
「うん」
嫌な予感がした。それも、かなり強い。
僕の脳裏には以前、赤城さんから聞いた話が浮かんでいた。
――誰かに個人情報を見られている。
――学園支給のタブレットが怪しい。
そんな噂話を、僕は半ば都市伝説のようなものだと思っていた。
だが今は違う。
もし本当に、学園内の誰かが生徒達の情報を盗み見ているのだとしたら。
赤城さんのタブレットを見つめながら、僕は胸の奥に広がる不吉な予感を振り払う事が出来なかった。




