キーロガー③
白石さんには、既に赤城さんがアカウント乗っ取りの被害に遭っている事が伝わっているようだった。
職員室に呼ばれた後、赤城さんは白石さんへメッセージでその件を伝えたらしい。
その後、白石さんから詳細な情報を送るよう言われていたようだ。
僕よりも早く、白石さんは事態の解決に向けて動いていたのだろう。
もう見慣れたマンションへの道を赤城さんと歩き、白石家へ到着した。
リビングへやって来た僕たち二人に対し、白石さんは開口一番、メモ用紙を赤城さんへ差し出しながらこう言った。
「これ、一時的に私の方で設定したSNSアカウントとメールアカウントのパスワード。これでそれぞれログインして、パスワードは自分で再度変更しておいて。SNSアカウント乗っ取り後の投稿とメッセージは全部削除しておいたけど、問題ないか姫那の方でも確認して。あとメールアカウントについてだけど、そっちにも不正ログインされていた形跡があった。今はパスワードマネージャーとかあるんだから、そういうものを利用してサービス毎に違うパスワードを設定した方が良い」
一気に捲し立てられた赤城さんはしばらく呆然としていたが、白石さんに急ぐよう促されると、慌ててスマートフォンを操作し始めた。
「え、本当だ。沙里奈のパスワードでログインできるようになってる」
「……なるほど。メールアドレスは変更されていなかったんですね。パスワードを再発行してアカウントを取り返したんですか?」
推測するに、ログイン画面には『パスワードを忘れた場合』のリンクが用意されていたのだろう。
そこから登録済みのメールアドレスを入力すると、パスワード再設定用のリンクが送信される。
その機能を利用してパスワードを再発行し、アカウントを取り返したのだと推測できた。
「そう。幸いな事にメールアカウントのパスワードまでは変更されていなかったから。簡易的な手順で、運良く取り返す事ができた」
「なんで、そこは変えなかったんでしょうね?」
「SNS側のパスワードだけ変えれば十分だと油断していたのか、もしくはそこまでする必要性を感じていなかったのか。他人のアカウントを乗っ取って、不適切な投稿を繰り返すような輩の考えは私には理解不能」
それは僕も同じだった。
他人のアカウントを乗っ取り、本人になりすましてメッセージを送ったり投稿をしたりする事の何が楽しいのか理解できない。
「愉快犯、なんですかね」
「さあ? 今はそれより先に調べる事がある。姫那のパスワードが、一体どこから漏れたのか」
そうだ。先ずはそこを解明しない事には、同じ事がまた起きる可能性がある。
「赤城さんって、個人のPC端末は持っていたりする?」
僕の質問に、赤城さんは首を横に振った。
「お母さんと共有で使っているPCならあるけど、私専用のはないよ」
「その共有PCがキーロガーとかに感染していて、ブラックハッカーへ情報が渡った可能性はないですかね?」
今度は白石さんへ視線を向ける。
キーロガーは、キーボードなどの入力内容を記録するソフトウェアやハードウェアの総称だ。
ブラックハッカーはフィッシングメールなどを利用し、利用者に気付かれないままキーロガーを端末へ導入する事がある。
その状態でIDやパスワードを入力すると、その入力情報が攻撃者へ送信され、認証情報の漏洩に繋がってしまう。
白石さんは少し考える素振りを見せた後、口を開いた。
「その可能性はある」
「あ!」
突然、赤城さんが声を上げた。
僕と白石さんの視線が彼女へ集まる。
「今思い出したんだけど、学園から支給されたタブレットのパスワードも同じにしちゃってるから、そっちも変えた方が良いよね?」
学園支給のタブレット。
そういえば入学式の日、担任からパスワードを設定するよう言われていた。
学習用端末として毎日のように利用している生徒も多い。
「そのタブレットって、今手元にあるの?」
白石さんの質問に、赤城さんは首を横に振る。
「支給されたタブレットは学園外への持ち出しが基本的に禁止だから、今は教室に置いてあるよ」
僕と白石さんの目が合う。
多分、いま同じ可能性について考えている気がした。
「黒川。明日にでも念のため、姫那のタブレットを調べてもらえる?」
やはり、白石さんは学園支給のタブレット経由で認証情報が漏洩した可能性も視野に入れているらしかった。
僕は白石さんの意図を汲み取り、赤城さんのタブレットを確認してみる事にした。
赤城さんと翌日の昼休みに会う約束をした後、その場は解散となった。




