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キーロガー②

 放課後、赤城さんとは図書館で落ち合うことになった。


 いつもの席に腰掛けて待っていると、五分もしない内に赤城さんが姿を見せる。


 そして僕を見るなり、その目にじんわりと涙が滲んだ。


「……大丈夫?」


 そう声を掛けると、赤城さんは困ったように笑った。


「おかしいな。泣くつもりなんてなかったんだけど」


 潤んだ瞳のまま、彼女は小さく肩を竦める。


「黒川君の顔を見たら、なんか気が緩んじゃった」


 僕は席を立ち、彼女の傍へ歩み寄った。


 ポケットからハンカチを取り出し、そっと涙を拭う。


 すると赤城さんは抵抗することなく、僕の胸元へ額を預けてきた。


 数秒だけ、静かな時間が流れる。


 やがて落ち着いたのか、彼女は小さく「ありがとう」と呟いて身体を離した。


 赤城さんは足元に鞄を置き、向かいの席へ腰掛け、僕もその対面へ座った。


 水族館へ行った日の出来事が脳裏を過ぎて、思わず照れ臭くなったが、今はそれどころではない。

 

 気を取り直して、僕は赤城さんに声をかけた。


「佐倉さんと園山さんにあらかた話は聞いたんだけど、赤城さんからちゃんと話を聞いておいた方が良いと思って。何があったか教えてくれる?」


 赤城さんは小さく頷いいてから、静かに語り始めた。


 内容は、概ね二人から聞いた話と同じだった。


 赤城さん自身が異変に気付いたのは今朝。


 クラスメイトから連絡を受けてSNSへログインしようとしたところ、パスワードが変更されておりログイン出来なくなっていたらしい。


 その後、アカウントの乗っ取りが判明。


 赤城さんのアカウントから、中傷や暴言を含む投稿が大量に行われていた。


 フォロワーから学校へ連絡が入り、職員室へ呼び出されたという流れだ。


「アカウントはまだ使えない?」

「うん。運営には連絡したけど、まだ返事待ち」

「そっか」


 僕は少し考える。


「そのSNSって、ログインはメールアドレスとパスワード?」

「そうだよ」

「使っていたもの、教えてもらえる?」


 赤城さんはノートを取り出し、メールアドレスとパスワードを書いてくれた。


 内容を確認する。


 パスワードは十分強固だった。


 英数字、記号、大文字小文字、長さもある。


 少なくとも推測で突破できるようなものではない。


「このパスワードって、他でも使ってる?」

「うん。通販サイトとか電子書籍サービスとか。あとメールも」


 僕は眉を寄せる。


 パスワードの使い回し。

 

 セキュリティの世界では昔から問題視されている行為だ。


 仮に一つのサービスから認証情報が漏洩した場合、攻撃者は同じメールアドレスとパスワードの組み合わせを別サービスにも試す。


 これをクレデンシャルスタッフィングと呼ぶ。


 難しい攻撃ではない。流出した認証情報をそのまま流用するだけだ。


 しかし、利用者側がパスワードを使い回していると、それだけで複数のサービスが芋づる式に突破されてしまう。


 実際、この手法による被害は今でも後を絶たない。


「フィッシングメールとかは?」


 最近、巷では被害の増えているフィッシングメール。

 

 受信したメール等にURLが記載されており、アクセスすると偽のサイトが表示される。


 そこに個人情報を入力してしまう事によって、ブラックハッカーに情報が漏れてしまう。

 

 しかし、これは赤城さんも知っていたようで彼女は首を左右に振って否定した。

 

「そこら辺は最近、ニュースとかでもよくやっていたよね。知らないアドレスからのメールは開かないようにしていたから大丈夫だと思う」


 それなら、フィッシングに引っかかった線は薄いか。

 

 ブルートフォース――総当たり攻撃とも呼ばれる手法で、考えられるパスワードの組み合わせを片っ端から試していく非常に単純な攻撃だが、これも現実的ではない。

 

 赤城さんのパスワードは十分に複雑だった。現在の計算能力をもってしても、現実的な時間で突破するのは難しいだろう。


 メールアドレスの方は名前と誕生日という単純な組み合わせで、ドメインも一般的に普及しているものだった。


 こちらは容易に推測が出来てしまうだろうが、パスワード自体の情報がなければ突破は難しい。

 

 大手サービスから情報が漏れた可能性も否定はできないが……直近で個人情報が漏洩したというようなニュースは今のところ聞いていない。


 だとすると、他に考えられる可能性は……。

 

 そんな風にして僕が考え事をしていると、赤城さんの鞄から振動音が聞こえた。


 彼女はスマートフォンを取り出し、画面を見る。


「沙里奈からだ」

「白石さん?」

「うん」


 赤城さんは送られてきたメッセージを読み、そのまま僕へ画面を向けた。


『黒川を連れて家に来て』

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