キーロガー①
『一年三組、赤城姫那さん。至急、職員室まで来てください』
昼休み。
校内放送から流れてきたその呼び出しに、僕は読んでいた技術書から顔を上げた。
自席で購買のパンを齧りながら読書をしていたのだが、赤城さんの名前を聞いた瞬間、意識がそちらへ向いてしまう。
どうしたのだろうか……そんな疑問を抱いていると、近くから女子生徒達の話し声が聞こえてきた。
「やっぱりSNSの件だよね」
「大幸の時と同じじゃない?」
「うん。姫那があんな投稿する訳ないし」
「だよね……大丈夫かな」
断片的な会話だった。だが、その内容は妙に気になった。
話しているのは、赤城さんと中学時代から仲の良い僕のクラスメイト、園山由衣さんと佐倉茜さんだった。
僕は技術書を閉じると、二人の方へ視線を向けて声をかける。
「ねえ」
突然話しかけられた二人は驚いたようにこちらを見る。
「そのSNSの件って何?」
「うわ、黒川が話しかけてきた!」
園山さんが目を丸くした。
そんなに驚かなくても良いのではないだろうか。
彼女の印象は、体育会系の活発な女子という感じだ。
小麦色の肌に鋭い眼光、ポニーテールがよく似合っている。
「珍しいね」
佐倉さんも同じ反応だった。
クラス委員である彼女は園山さんとは対称的で、三つ編みに眼鏡をしており色白の優等生といった感じだ。
まあ、二人が驚くのも無理はないかもしれない。
普段の僕なら、この二人に自分から話しかけたりしない。
でも、赤城さんのこととなれば話は別だ。
「いま、赤城さんの事を話してたよね? なんか知ってるの?」
「黒川君って、姫那と仲良かったっけ?」
僕の質問に質問で返してくる委員長の佐倉さん。
「あれじゃね? 姫那のファン。結構多いからねー。黒川もそうだったんだ」
小麦色の肌を震わせながら、ケラケラと笑いながら言う園山さん。
ファンというのは、まあ間違ってはいない。
「それで良いよ。で、最初の質問に戻るんだけどSNSの件ってなんなの?」
「うーん、ごめんね。あんまり関係のない人に、言いふらす事ではないと思うから」
「そうだよな。姫那だって、仲も良くない他人には知られたくない事かもしれないしな」
佐倉さんと園山さんの言葉に、僕は少し苛立ちを覚えた。
しかし、ここで文句を言っても仕方がない。
彼女達は僕と赤城さんの仲など知らないのだから。
僕は一つ溜息を吐くと、ポケットからスマートフォンを取り出す。
そして先日、水族館で撮った写真を二人に見せた。
その写真には僕と赤城さん、白石さんの三人が写っている。
水族館から帰る際に、記念にと入口で撮影したものだ。
僕のスマートフォンに表示された写真を見て、二人の表情が変わった。
「え?」
「ちょっと待って」
驚いている。それも当然だろう。クラスでほとんど他人と関わらない僕が、赤城さんと休日に遊びに行っているのだから。
「赤城さんの事が心配なんだ」
僕は真っ直ぐ二人を見る。
「何が起きているのか教えてほしい」
二人はしばらく黙り込んでいた。
そして先に口を開いたのは佐倉さんだった。
「昨日の夜から変なの」
そこから二人は知っている事を話してくれた。
内容は想像以上に酷かった。
昨日の夜、赤城さんのSNSアカウントから、園山さんや佐倉さん宛に悪意のあるメッセージが送られてきたらしい。
それだけではない。深夜から明け方にかけて、他人を中傷するような投稿が何件も繰り返されていたという。
「絶対姫那じゃないよ」
園山さんが即座に言う。
「こんな事する人じゃないし」
「私もそう思う」
佐倉さんも頷いた。
「でも投稿自体は姫那のアカウントからされてるから、学校にも連絡が行っちゃって……」
そこでようやく、職員室への呼び出しと話が繋がった。
「見せてもらっても良い?」
僕が頼むと、佐倉さんはスマートフォンを差し出してくれた。
表示された投稿を読む。
一行目を見た瞬間、思わず眉を顰めた。
酷い内容だった。悪意だけを煮詰めたような文章。
何より腹が立ったのは、それが赤城さんの名前で投稿されている事だった。
こんなもの、あの赤城さんが書く筈がない。
「ありがとう。教えてくれて」
そのまま自席へ戻る。
心臓の鼓動が少し速くなっていた。
机に置いたスマートフォンを掴む。
詳しい話は本人から聞くべきだ。
そう思った僕は、すぐに赤城さんへメッセージを送信した。




