涙の理由④
家に帰ってからも、赤城さんとの事が頭から離れなかった。
まるで地面から少しだけ足が浮いているような、不思議な感覚。
心がずっと落ち着かなくて、両親と夕食を食べている間も上の空だった。
そんな中、白石さんから着信が入ったのは午後九時を少し過ぎた頃だった。
スマートフォンの画面に表示された名前を見た瞬間、なぜだか嫌な予感がした。
このまま見なかった事にしようか。
一瞬そんな考えも頭をよぎったが、後々の事を考えると無視する方が怖い。
僕は諦めて通話ボタンを押した。
『黒川の死刑執行日についてだけど』
「そんな重い罪を犯した覚えはないのですが」
『姫那とキスした罪は重い』
赤城さんから白石さんへの情報伝達が、速すぎると思うのだが。
『勢い余ってキスしてしまったって、顔を真っ赤にしながら慌ててる姫那の姿を、黒川にも見せたかった』
それは正直、僕も見たかった。
『まあ、貴方達二人の事だから私がとやかく言うつもりはない。でも、これだけは言わせて』
白石さんの声色が少しだけ真面目になる。
『姫那を泣かせるような事があったら、本当に死刑だから』
言われなくても、そのつもりはない。
僕の気持ちに応えてくれた彼女を、これからも大切にしたいと思っている。
「大丈夫ですよ。僕は白石さんに負けないくらい、赤城さんの事が好きですから」
『なら良い』
そこで一度、白石さんは言葉を切った。
『それじゃあ、本題に入る』
どうやらキスの件は前座だったらしい。
他にどんな用件があるのだろうかと思いながら耳を澄ませる。
『マキナが黒川と話したいって』
「……え、マキナさんですか? いま一緒にいるんですか?」
『まあ、そうね。一緒にいる』
少しだけ歯切れの悪い返答だった。
だが、マキナさんとは僕も話をしてみたかった。
白石さんの協力者であり、ココロトークの開発に携わったもう一人の人物。
きっと彼女も、白石さんに匹敵する技術力を持っているのだろう。
「是非、僕も話してみたいです」
『じゃあ代わるから』
ガサガサと何かを動かす音が聞こえる。
数秒後、電話の向こうから明るい女性の声が響いた。
『どうもー! マキナでーす! 黒川君、初めまして!!!!!!!』
あまりの声量に、思わずスマートフォンを少し耳から離してしまった。
「ど、どうも。初めまして」
『こうやって話せて嬉しいなー! 沙里奈ちゃんからいっぱい君の話を聞いてたんだよ!』
「それは僕も同じです。一度お話してみたいと思っていました」
『アハハ! 両想いじゃん!』
電話越しなのに、場の空気を一瞬で自分のものにしてしまうような人だった。
『一度と言わず、これから何度でも話そうよ!』
「はい、是非。技術の話とかも出来たら嬉しいです」
『おおー! そういうの大歓迎! 私に知らない事なんてないからね! 全知全能だからね! 何でも聞いて良いよ!』
随分と自信満々だった。
知らない事なんてない。
僕には一生言えそうにない言葉だ。
だが不思議と嫌味には聞こえない。
それだけの実力を、本当に持っているのかもしれなかった。
『マキナ、今日は挨拶だけでしょ。そろそろ……』
電話の向こうから白石さんの声が聞こえる。
『あ、そっか。この後IRCに集合だもんね』
その言葉に少しだけ引っ掛かりを覚えた。
IRC。
昔から存在するチャットシステムの一つだ。
今でも利用者はいるが、最近では別のコミュニケーションツールを使う人の方が圧倒的に多い。
だからこそ、その単語が妙に印象に残った。
『ごめんね、黒川君! また話そうね!』
「はい、楽しみにしてます」
『それじゃあねー!』
嵐のような勢いで、マキナさんの声は消えた。
代わりに戻ってきたのは白石さんだった。
『それじゃあ黒川。私たちはこの後用事があるから』
「分かりました」
『じゃあね』
通話が切れる。
スマートフォンを机の上へ置き、僕はベッドへと寝転んだ。
今日は色々な事があり過ぎた。
赤城さんとの事。
白石さんとの事。
そして、初めて話したマキナさんの事。
目を閉じると、それらが順番に頭の中を巡っていく。
心地良い疲労感に身を委ねながら、僕はゆっくりと意識を手放した。




