表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/32

涙の理由②

 白石さんの希望もあり、僕たちがやってきたのは都内にある有名な水族館だった。


 この暑さの中、ずっと外を歩き回るのは正直しんどい。


 それは僕も同じだったので、涼しい室内で過ごせる水族館という選択は、夏の外出先としてかなり理にかなっていると思えた。


 三人分のチケットを購入した僕たちは、館内の順路に沿って進みながら、水槽の中に広がる幻想的な光景を楽しんでいった。


 巨大な水槽を悠々と泳ぐ魚たち。青い照明に照らされた回廊。ゆったりと流れる水の音。


 どこか現実感の薄い空間だった。


 そんな中、白石さんは特にクラゲエリアを気に入っているようだった。


 そのエリアには、床がガラス張りになっているデッキがある。


 下を見下ろすと、青白く発光する無数のクラゲたちが漂っていた。


 まるで海の上に立っているような、不思議な感覚を味わえる空間だった。


 白石さんはその場所でしばらく立ち止まり、ぼんやりとクラゲの群れを見下ろしていた。


「クラゲが好きなんですか?」

「うん……ここ、懐かしい」

「懐かしい?」

「昔、家族四人でここに来たことがあるから。妹とクラゲ追いかけたりして……楽しかった」


 そう言う白石さんの声音は、いつもより少しだけ柔らかかった。


 過去に事故で亡くなったと言っていた、妹さんとの大切な場所。

 

 きっと、本当に大切な思い出なのだろう。


 水槽から反射する青白い光が彼女の横顔を照らしていて、その表情はどこか儚げにも見えた。


 三人で話をしながら館内を回る時間は、とても楽しかった。


 だが、その一方で。


 時折、赤城さんがスマートフォンを気にしているのがずっと引っ掛かっていた。


 通知が来るたびに画面へ目を落とし、その度に少しだけ表情が曇る。


 それを見ていると、こちらまで落ち着かない気持ちになってくる。


「ごめん、ちょっと電話してくるね。私に構わず、先に注文しちゃってて良いから」


 館内出口付近のカフェスペースで腰を落ち着けたタイミングで、赤城さんはそう言った。


 荷物を席に置いたまま、スマートフォンだけを持って離れていく。


「……赤城さん、どうしたんだろ?」

「多分、父親でしょ」


 メニュー表を眺めながら、白石さんは興味なさそうに答えた。


 どうやら彼女は、赤城さんの様子がおかしい理由を知っているらしい。


「黒川との待ち合わせ場所に向かう途中で、父親から急に連絡が来たってぼやいてた。久しぶりに会わないか、とか言われてるんじゃない」

「え? 久しぶりにって……」

「ああ、黒川は知らないのか。姫那の両親、もう大分前に離婚してるから」


 それは、初耳だった。


 赤城さんのお父さんと言えば、あの企業の元代表取締役。


 ペルソナによるサイバー攻撃の後、責任を取る形で辞職した人物だ。


 僕はてっきり、その後も家族と一緒に暮らしているものだと思っていた。


 まさか、既に離婚していたとは。


 白石さんの時にも思ったが、赤城さんについても、僕はまだ何も知らない。


「あんなろくでなしの事なんて、無視すれば良いのに。姫那は優しいから、あんなのでも父親だと思ってるんでしょ」

「……随分な言い方ですね」

「私、あの人嫌いだし」


 白石さんは本気でそう思っているらしかった。


 赤城さんの父親とは会ったこともないが、彼女にここまで言わせるという事は、何かしら理由があるのだろう。


 それから注文するメニューを悩んでいる内に、十分ほどで赤城さんが戻ってきた。


「急に抜けて、ごめんね」


 そう言って笑う彼女の顔には、少しだけ疲れの色が見えた。


「父親?」


 白石さんの問いかけに、赤城さんは一瞬だけ僕へ視線を向けた。


 僕の前で話して良いか、迷っているようだった。


 だが、少し考えた後、彼女は小さく頷く。


「うん。今度会わないかって」

「会うの?」

「会わないよ。お母さんが悲しむもん」

「そう」


 そこで、その話は終わった。


 折角の外出なのだ。これ以上その話を掘り返すのも違う気がして、僕も何も聞かなかった。


 その後、三人で軽食を食べながら雑談を続けた。


 けれど、ふとした瞬間。


 僕は、昔見た赤城さんの姿を思い出していた。


 夕陽が差し込む教室。


 一人で窓際に立ち、静かに涙を流していた彼女。


 もしかしたら、その両親の離婚というのが関係していたのではないだろうか。


 ペルソナによるサイバー攻撃により、父親が失脚。それによる家庭の崩壊。


 そんな流れを想像してしまう。


 あの涙の理由を、僕はまだ知らない。


 直接聞いたこともない。


 けれど今、無性にその理由を知りたいと思っている自分がいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ