涙の理由①
夏が近づいている事を感じさせる陽気となった、休日の午前十時。
学園最寄りの駅前で、僕は赤城さんと白石さんの二人を待っていた。
赤城さんとの約束通り、ココロトークのリリースも無事に完了した。
今日はその打ち上げも兼ねて、三人で都心へ遊びに行く事になっている。
いつも以上に身なりには気を使ったつもりだ。
だが、それでも不安は残る。
服装、変じゃないだろうか。
髪、ちゃんと整っているだろうか。
そんな事を考えながら駅前で待っていると、やがて赤城さんと白石さんの姿が見えた。
彼女たちは、マンションのある方向から並んで歩いてきていた。
こちらに気づいた赤城さんが、笑顔で右手を振る。
その左手は、白石さんの手としっかり繋がれていた。
一方の白石さんはというと、暑そうに顔を顰めながら、まるで赤城さんに引っ張られるようにして歩いている。
「黒川君、おはよう」
「……暑い」
この暑さの中でも、赤城さんは相変わらず明るかった。
対して白石さんは、今にも溶けてしまいそうな顔をしている。
実に対照的な二人だった。
赤城さんは、白のシースルーワンピースを着ていた。
以前見た私服姿とはまた違う雰囲気だったが、どちらも彼女によく似合っている。
多分、赤城姫那という人は何を着ても絵になるのだろう。
一方、白石さんは黒のTシャツにタイトなジーンズというシンプルな格好だった。
Tシャツの胸元には、例によって白猫のプリントがある。
暑いと言いながらも、口元は黒いマスクで覆われていた。
装い自体は簡素なのに、その銀髪の存在感だけがやけに目を引く。
僕たちは軽く挨拶を交わした後、赤城さんの「それじゃあ、行こうか」という言葉を合図に駅へ向かった。
ICカードを使って改札を抜け、ホームで電車を待つ。
すると、不意に白石さんが僕の肩へ軽くぶつかってきた。
何だろうかと思って彼女を見ると、白石さんは小声でこう言った。
「私が来なかったら、姫那と二人でデートだったらしいじゃない。私が来て残念だった?」
「いえ、そんな事は。白石さんとこうして外へ出かけられるのも嬉しいです」
赤城さんと二人で出かけたい気持ちが無かったと言えば嘘になる。
だが、白石さんが来て残念だと思った事は一度もなかった。
だから、その言葉は本心だった。
「ふーん、どうだか」
白石さんはそう呟くと、ちらりと赤城さんの方へ視線を向けた。
つられて僕もそちらを見る。
すると、赤城さんが立ったままスマートフォンの画面を見つめている姿が目に入った。
どこか、険しい表情だった。
眉間に少し皺を寄せ、何かを考え込むように画面へ視線を落としている。
「赤城さん、どうかした?」
僕が声を掛けると、赤城さんはハッとしたように顔を上げた。
そしてすぐにスマートフォンの画面を消し、それをバッグの中へとしまう。
「あ、ごめんね。折角のお出かけなのに、スマホばっかり見ちゃって」
「何かあった?」
「ううん、別に大した事じゃないよ。クラスのグループチャットがちょっとうるさいだけ」
そう言って笑ってみせたものの、その笑顔はどこかぎこちなかった。
「また?」
白石さんが小さく呟く。
「うん……最近ちょっとね」
「なんかあったの?」
僕が尋ねると、赤城さんは少しだけ困ったように笑った。
「大した事じゃないよ。ただ最近、学校で変な噂が流れてるの。誰かの個人情報が見られてるんじゃないかとか、スマホの中身が漏れてるんじゃないかとか」
「……え?」
「ほら、学園の生徒って学校支給のタブレットとか使ってるでしょ? それ関係じゃないかって騒いでる子が結構いて」
学園支給の端末。
授業用として全生徒に配布されているタブレット端末の事だ。
レポート提出やオンライン教材の閲覧にも利用されているため、生徒たちは日常的にそれを使っている。
「まあ、半分は都市伝説みたいな感じだけどね。『先生に監視されてる』とか、『検索履歴見られてる』とか言って騒いでるだけ」
赤城さんはそう言って肩を竦めた。
だが、その話を聞いた瞬間。
僕の頭の片隅に、小さな違和感が引っ掛かった。
学園支給端末には、学習管理用のソフトウェアが入っている。
教師側が利用状況を把握するため、ある程度のログ取得機能が存在していても不思議ではない。
だが――。
もし、それ以上の事をしている人間がいたとしたら。
そこまで考えた所で、ホームに電車の到着を告げるアナウンスが響き渡った。
結局、その違和感について深く考える前に、僕たちは到着した電車へと乗り込む事になった。




