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ココロトーク③

 赤城さんが洗い物を終えたタイミングで、僕はそろそろお暇する事にした。


 マンションの前まで送っていくという赤城さんの申し出を一度は断ったのだが、「話したい事もあるから」と言われ、僕と赤城さんは一緒に白石さんの家を後にした。


「今日はありがとう。ご飯、凄く美味しかった」


 一階へと下るエレベーターの中で、僕は赤城さんにお礼を言った。


 彼女は少しだけ照れ臭そうに鼻頭を掻く。


「あそこまで喜んでくれるとは思ってなかったから、作って良かったよ」

「料理部だっていうのは知っていたけど、あそこまで美味しいとは思わなかった……もう胃袋も掴まれた」

「胃袋も?」

「……胃袋も」

「黒川君って、私の事好きだよね」

「はあ……まあ」

「いやいや、なに今更、分かり切った事聞いてるんだ? みたいな感じ出されても!」


 そんなやり取りをしている間に、エレベーターが一階へと到着した。


 僕たちは並んで歩きながら、マンションの入り口へと向かう。


「話は変わるけど……というか変えるけど、沙里奈が黒川君の事を褒めてたよ」


 エレベーターを出たタイミングで、赤城さんはそんな事を言ってきた。


「褒めていた?」

「うん。そのアプリのセキュリティ診断っていうので、最近は毎日のように沙里奈と連絡を取り合ってたんでしょ? その度に感心してたよ。黒川は私の知らない事を知っている。ちゃんと勉強している証拠だって。遠回しだったけど、あれは褒めてたんだと思う」


 僕と白石さんでは、そもそも活動している領域が違う。


 だから、それはある意味当然の事なのだろうとは思う。


 でも、白石さんが僕の事を少しは認めてくれているのだという気がして、素直に嬉しかった。


「仲良くなってくれているみたいだし、沙里奈と黒川君を引き合わせて良かったよ」


 そういえば、赤城さんは僕と白石さんが友達になる事を望んでいたのだった。


 最近は忙しくて、それすら忘れてしまっていた。


 確かに以前より距離は縮まっていると思う。


 だが、仲良くなっているのかと言われると、正直微妙な気がした。


 僕からすると白石さんは、友達というより尊敬に値する人物という感覚だ。


 白石さんがどう感じているのかは分からないが、少なくとも今の僕たちの間に、友情という言葉はまだ当てはまらない気がする。


「アプリの公開って、もうすぐなんだよね?」

「うん。白石さんの話だと、二週間後って言ってた」

「じゃあ、それが終わったら三人でどこか遊びに行かない?」

「僕は良いけど、白石さんって外に出るの?」

「まあ……そこは私が何とかするよ。あの子は単純に、極度の出不精なだけだから」

「そっか。白石さんが良いなら、三人で遊びに行こう」


 マンションの入り口前に到着し、僕と赤城さんはそこで足を止めた。


「……もし沙里奈がダメだったら、二人で遊びに行こ?」

「え?」


 不意な言葉に驚いて赤城さんの顔を見ると、彼女は悪戯っぽい笑みをこちらへ向けていた。


「考えといてね?」

「え、何を?」

「デートコース。それじゃあ、またね」


 そう言って軽く手を振ると、僕の返事も待たずに赤城さんはマンションの中へと戻っていった。


 いつもの仕返しという事だろうか。


 だとしたら、効果覿面だった。


 しばらく顔から熱が引きそうにないのだから。


 ◇   ◇   ◇

 

 そして二週間後。


 白石さんによって、ココロトークのアプリが正式にリリースされた。


 学習型AIを搭載した会話アプリ――それ自体は、既に世の中に存在している。


 しかし、ココロトークはその中でも異質だった。


 会話の自然さ。

 応答速度。

 ユーザーごとに変化していく受け答え。


 どれを取っても、既存のAIサービスとは一線を画していた。


 ココロトークは、言ってしまえば個人開発のアプリだ。


 企業が数百人規模で開発するようなアプリとは訳が違う。


 僕が知る限り、ココロトークの開発に携わっていたのは白石さんとマキナさんの二人。

 そして、そこへ僕がセキュリティ要員として加わった。


 つまり、実質的に関わったのは三人だけという事になる。


 出資者については素性が分からないが、少なくとも開発そのものには関わっていないと思われる。


 宣伝活動をしている様子もなかったし、アプリのリリースを大々的に告知している気配もなかった。


 だから僕は、正直そこまでダウンロード数が伸びるとは思っていなかった。


 しかし、その予想は大きく外れる事になる。


 アプリがリリースされてから三日後。


 ココロトークのダウンロード数は、突如として爆発的に増加した。


 原因は、一人の有名インフルエンサーだった。


 その人物が、動画共有サービス上でココロトークを紹介したのである。


 動画の内容はシンプルだった。


 インフルエンサー本人がココロと雑談をする――ただそれだけ。


 だが、その映像は多くの人間に衝撃を与えた。


 ココロの受け答えが、あまりにも自然だったからだ。


 単なる定型文の応答ではない。


 話の流れを理解し、相手の感情に合わせて言葉を返し、時には冗談まで言う。


 まるで本当に、人間同士が会話をしているようだった。


 その動画は瞬く間に拡散され、それを見た別の配信者やインフルエンサーたちも、こぞってココロトークを使い始めた。


 結果、SNSや動画サイトには「ココロと会話してみた」という投稿が溢れ返る事になった。


 ココロは、驚くほど性能の高いAIだった。


 そのAIと自然な会話ができる。


 ただそれだけの、極めてシンプルなアプリ。


 だが、そのただそれだけが、今の世の中にはあまりにも衝撃的だったのだ。


 一週間が経過した現在。


 ココロトークは、アプリストア内で今年度のダウンロードランキング一位を獲得する程の勢いを見せていた。


 僕としても、少しだけ開発に関わった身だ。


 だから当然、嬉しい気持ちはあった。


 自分が携わったものが多くの人に使われ、評価されている。


 それは素直に誇らしい。


 ココロトークの開発に少しでも関わった身としては、嬉しい気持ちは勿論あった。

 

 だが、それと同時に白石さんの凄さを再度目の当たりにしたようで、末恐ろしくもあった。

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