ココロトーク①
僕がココロトークと呼ばれるアプリのセキュリティ診断を担う事になってからの数日は、怒涛の日々となった。
平日の授業が終わってからはすぐ家に帰り、アプリの解析をひたすら進めては、脆弱性を洗い出していくという作業に没頭した。
日次で白石さんには進捗を共有しつつ、脆弱性が見つかった際には白石さんへ報告をしていくという毎日だった。
事前に白石さんから聞いていた話の通り、ココロトークの機能はアイトークとほぼ変わらなかった。
既にアイトークを触っていた事もあり、機能的に迷う部分はほぼ無かったので進めやすかった。
白石さんはココロというAIの事を、アイを改良して作ったモデルだと言っていたが、使用している分にはその違いがよく分からなかった。
白石さんに尋ねた所、アイとココロで明確に分かる違いとしては、それぞれ学習データの保存方法が違うということだった。
プロトタイプであるアイは試験的な理由で作成された事から、容量制限のあるクラウドストレージ内で学習データを保管する事にしたらしい。
現状、アイトークは僕と白石さん、そしてもう一人の開発者であるマキナさんしか利用していないので、そこまでの容量は必要ないとの事だった。
一方で、ココロの学習データにはHDFSと呼ばれる分散型ファイルシステムが利用されているとの事だ。
HDFSとは、複数のサーバーへデータを分散して保存、管理する仕組みのことだ。
一台の端末だけに依存しない為、大量のデータを効率的かつ安定して扱う事ができる。
つまりココロは、アイとは比較にならない程の膨大なデータを扱う前提で設計されているという事だった。
ただし、前者に比べ後者の方が圧倒的に初期投資を必要とする。
なぜなら、サーバとして稼働させる為の物理的な端末が複数台必要になるので、それらの購入費用や設置場所の確保、各端末の運用コストだって馬鹿にならないからだ。
最低でも初期費用に三百万、ランニングコストとして年間で百万以上は掛かるのではないだろうか。
そのお金の出どころについて聞いた所、分かった事が一つある。
どうやら白石さんには、出資者がいるらしいという事だ。
そこについての詳細は教えてくれなかったのだが、つい想像してしまった。
その出資者というのは、どういった人物なのだろうかと。
見る目があるのは確かなのだろう。
なぜなら、その出資者とやらは白石さんの才能に目を付けたという事なのだから。
ココロトークのセキュリティ診断を進めている日々は、忙しさに目が回りそうだったが、充実した日々でもあった。
ホワイトハッカーなんて名前だけ聞くと華やかな職業に聞こえるかもしれないが、やる事は地道な確認作業の繰り返しだ。
ただ、やってみて分かったが、僕にはこういった作業が向いているのだろう。
そういった地道な作業に苦痛を感じる事はなく、寧ろセキュリティ診断を通して新しい発見がある度に、楽しいという感情が湧き上がってきた。
例えば、開発者が意図せず組み込んでしまった危険な処理を見つけた時。
あるいは、一見問題なく見えるコードの中に、小さな違和感を発見した時。
そういう瞬間に、パズルを解いているような感覚があった。
僕にとって、ココロトークのセキュリティ診断に携われた事は良い経験だと思えた。
ただ、忙しすぎて最近赤城さんと全然話せていないという事実が、僕の心を少しだけ寂しくさせていた。
そして、アプリのセキュリティ診断に携わってから二週間があっという間に過ぎた。
セキュリティ診断の結果として軽微な問題はいくつか見つかったが、僕が見た限り致命的と言える程の脆弱性は発見されなかった。
流石は白石さんと言うべきだろうか。
一つくらいは、リリースを延期せざるを得ない程の脆弱性を見つけてやるという意気込みだったが、そうはならなかった。
セキュリティ診断の結果報告書をPDFファイルにまとめた僕は、白石さんにそれをメールで送付した。
メールの送信ボタンを押下すると同時に、僕は自宅にあるデスクの上に突っ伏した。
これで、僕の仕事は完了だ。
送った報告書に対して白石さんから質問が飛んでくる事もあるだろうが、とりあえず一息吐ける所までは完了したのだ。
その後、すぐに白石さんからメールの返信が届いた。
内容を確認すると、そこにはこう書かれていた。
【作業お疲れ様。報告書の内容はすぐに確認しておく。報酬についての話をしたいから、また近い内に私の家に来て】
報酬という言葉に、僕は首を傾げた。
そのような話は、今まで全くしていなかったからだ。
僕は白石さんにメールの返信をする。
【報告書の内容について、何か不明点等あればいつでも連絡してください。明日の午後に伺います。というか、報酬ってもらえるんですね】
しばらく待っていると、白石さんからメールの返信が届く。
【了解。それじゃあ明日の午後に。来る時また連絡して。君が一番喜ぶだろう報酬を用意しておくから】
僕が一番喜ぶ報酬とは、一体何なのだろうか。
皆目見当が付かないままだったが、とりあえず僕は二週間フルに活動させた頭を休めようと、ベッドに寝転んで目を閉じるのだった。




