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ペルソナ⑤

「黒川君」


 翌日の放課後、早速白石さんの家に向かおうとしていた僕の背中に声が掛かった。


 昨日に引き続き、放課後に呼び止められる機会が多いなと感じながらも僕の心が浮き立ったのは、その声の主が赤城さんのものであるとすぐに分かったからだった。


 下駄箱の前で足を止めた僕は振り返り、赤城さんと対面する。


「赤城さん。何か用?」

「用って訳じゃないんだけど、今日は図書館行かないのかなーって思って。昨日はいなかったよね?」

「あ、もしかして顔を出してくれたの?」

「うん。ちょっとだけ話せるかなーって思って」

「ごめん、昨日は新城先生から部活に顔を出せって言われちゃって、そっちに顔を出してたんだ」

「そうだったんだ。確か、情報処理部だったよね?」

「あれ、僕が情報処理部に入部しているって話したっけ?」

「え! は、話してたよ! 前に話してた!」


 そうだっただろうか……いや、話していないと思うんだけど。


「情報処理部はどんな感じなの?」


 慌てたような赤城さんの様子が少し気になりはしたが、僕はとくに追及せず質問に答える。


「かなり自由な感じだね」

「自由?」

「真面目に勉強してる人もいるけど、ゲームしてる人も普通にいるし。先生も、そこまで厳しく注意してる感じじゃなかった」

「あー、なんか想像つくかも」


 赤城さんは苦笑しながら頷いた。


「でも新城先生って、技術関係はかなり詳しいんだよね。普通に話してて驚いたよ」

「そうなの。タブレットとか不調あると、よく先生が直接見てくれるんだよね」

「へえ」

「最近、やたら端末の不具合多いから助かってる人も多いと思う。急に重くなったり、バッテリーの減りが早かったり」


 昨日、情報処理部でも似たような話を聞いた気がする。


 学園側が管理している端末なのだから、単純に老朽化や管理不足なのかもしれない。


「それで、今日は図書館に行くの?」

「いや、今日は……」


 白石さんの家に行くと、赤城さんに伝えてしまって良いものだろうかと一瞬考える。


 まあ、別に隠す必要はないだろう。


 そう判断し、僕はこの後向かう場所について赤城さんへ告げる事にした。


「白石さんと約束があって、これから彼女の家に向かおうと思ってるんだけど」

「……え? 沙里奈の家に行くの?」

「うん」

「えっと、一人で……だよね?」

「ああ、うん。白石さんが開発を進めているアプリの事で話がしたいって」

「へえ……ふーん」


 僕の言葉に被せるように、赤城さんは腕を組みながら相槌を打ってきた。


 なんだろう……いつもは柔らかい彼女の雰囲気に、どこか刺々しさを感じた。


「あのね、沙里奈の家って、ご両親がとても忙しい人なの。それで、家を空けている事の方が多いの」

「そうなんだ」

「そうなの」


 見つめ合ったまま、しばらく沈黙の時が流れる。


 彼女が何を言いたいのか、なんとなく察する。


「えっと……赤城さんも一緒に行く?」

「私は、これから部活だから」

「そうですよね」


 僕の問いかけに素早く返答する赤城さん。


 僕は何故か、敬語になってしまった。


「黒川君には沙里奈と友達になって欲しいって思っているけど……分かってるよね?」

「あ、はい、分かってます」


 友達という部分を、やけに強調して言われた。


「分かっていれば良いの。それじゃあ、私は部活に行くから。また今度、話そうね」


 そう言って、赤城さんは僕の前から去っていった。


 去り際の言葉。赤城さんの口調は柔らかかったが、目が据わっていた。


 赤城さんの冷たい視線を思い出して背筋を震わせながら、僕は白石さんの家へ向かうのだった。


 ◇   ◇   ◇


 先日赤城さんと一緒に歩いた道順を辿り、何度見てもお洒落だと感じるマンションへ到着した。


 部屋番号は既に知っているので、オートロックを操作して手早く番号を入力していく。


 電子音の後にしばらく待っていると、オートロックのドアが音もなく開いていった。


 その先にあるエレベーターへ入ると、十一階のボタンを押して上階へと上がっていく。


 最上階へ到着しエレベーターの扉が開くと、意外な事に、その前で白石さんは待ってくれていた。


 この前と同じ、白猫がプリントされたルームウェア姿。数日前に一度見た筈なのに、相変わらずの容姿端麗。作り物めいた美しさに、再度驚かされる。


「こんにちは」

「うん。こっち来て」


 ミリ単位でぺこりと頭を下げた白石さんは、僕を家の方へ誘導して1101号室へ入っていった。


 彼女の後を付いて入室した僕は、促されるまま靴を脱ぎ、リビングへやってくる。


 前回と同じ場所に腰掛けると、白石さんは僕の対面へ腰掛け、最新型と思われるノートパソコンをリビングテーブルの上に、僕が見えるような形で置いた。


 かなり高価な端末である事はすぐに分かった。多分、値段は三十万円をゆうに超えているだろう。


「早速だけど、スケジュールについて共有しておく。ココロトークのリリース予定日は約一か月後。脆弱性が見つかった場合の改修も考慮して、明日から二週間くらいを目途に、黒川にはセキュリティ診断を実施してほしいと思っている」


 それから僕と白石さんは、今後の予定や進め方についての話を進めた。


 結果、明日から二週間を目途にアプリの脆弱性診断を進めた上で、結果をまとめた報告書を彼女へ提出する運びとなった。


 これからしばらく、忙しくなりそうだ。


 進め方についての話が終わり、会話が途切れる。


 そのタイミングで、僕はふと気になっている事を白石さんへ尋ねてみる事にした。


「もう一人、開発に携わっている方がいるんですよね。マキナさんでしたっけ? チャットとかでやり取りしているんですか?」

「うん……まあ、そんな所。いずれ黒川にも紹介する」


 白石さんと一緒に開発を進めている人物。

 

 それは一体どんな人なのだろうか。


 紹介してもらえる日が楽しみだった。


「私からも、一個聞いていい?」

「どうぞ」

「この前メッセージで言っていた、ホワイトハッカーになろうと思ったキッカケについて。あのサイバー攻撃について、黒川はどこまで知っているの?」


 それは予想外の質問だったので、僕は内心驚きつつも質問へ答える。


「報道されている以上の事は知らないです。赤城さんのお父さんが代表を務めていた企業がペルソナからサイバー攻撃を受けて、重要な顧客情報が流出。責任を負う形で赤城さんのお父さんは辞職したんですよね。ああ、それと最近知ったんですが、セキュリティに携わっていた社員も解雇されたそうで」

「黒川はその一連の出来事について、どう考えている?」

「どうって……ペルソナによって色んな人が不幸になったと、そう考えてます」

「へえ……じゃあ聞くけど、ペルソナはなぜ姫那のお父さんが代表を務めていた企業へ攻撃を仕掛けたのか、その理由については考えた?」


 それについては勿論、考えた事はある。


「盗まれた個人情報については、ダークウェブで売却されたんじゃないでしょうか?」


 インターネットには、大きく分けて三つの層がある。


 誰もが検索エンジンで辿り着ける表の世界、サーフェスウェブ。


 その下に、パスワードや会員制サイトのように、一般公開されていないディープウェブが広がっている。


 そしてさらに奥。特殊な仕組みを通してしかアクセスできない領域がある。それが、ダークウェブだ。


 ダークウェブは、特殊な匿名化技術によって成り立っている。


 そのため、利用者の正体を突き止めるのは難しく、そこに生まれる自由さが魅力である一方、数々の危険も呼び寄せている。


 例えば、違法薬物や銃器、偽造書類の取引。


 あるいは、盗まれたクレジットカード情報や個人データの売買。


 サイバー攻撃の道具や、他人のパソコンを遠隔操作する為のウイルスまで並んでいる。


 それらの多くは表の世界では即座に摘発されるが、ここでは匿名性に守られ、容易には姿を消さない。


 ダークウェブは、自由と危険が背中合わせに存在する場所であり、興味本位で覗き込むにはあまりにも代償が大きい世界だ。


 僕はダークウェブと呼ばれる危険領域へアクセスした事はない。

 

 そもそも、あんな危険な場所にアクセスする気は毛頭ない。だから、裏を取った訳ではない。


 しかし、ペルソナはあのサイバー攻撃によって個人情報を奪取している。


 普通に考えれば、その情報は悪用される為に奪取されたのだと考えるだろう。


 ブラックハッカーが個人情報を奪取した場合、ダークウェブでその情報を売却する事で悪意ある人物へ渡ってしまい、そこから更に不正利用されてしまうケースが多いと聞く。


 しかし、僕の考えを白石さんは真っ向から否定するように首を左右へ振った。


「そういう考えに行き着くのだったら、黒川はペルソナという集団についての認識を改めた方が良い。あの集団は不正や権力に対抗し、情報的弱者を救う為に活動をしている。金銭を得たいが為だけに、あそこまで大規模なサイバー攻撃を仕掛けて個人情報を奪取したとは考え辛い」

「別の目的があったと?」

「うん」

「その目的って、白石さんは何だと思ってるんですか?」

「黒川も、少しは自分で考えたら良い」


 そこまで言っておいて、白石さんは何も教えてはくれないようだった。


 正直不満だったので思いっ切り睨んでみても、白石さんはどこ吹く風だった。


「まあ、これだけは教えてあげる。ペルソナが奪取した個人情報は、今現在もダークウェブ上には流れていない。それは間違いない」

「じゃあ、漏洩した個人情報はどこに?」


 僕の質問に、白石さんは不敵な笑みでこう言った。


「さあ、もう消えてるんじゃない」

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