9 ゲテモノ依頼
ユシィは現在、非常に危うい状況にある。
勇者クビに王手。
聖剣没収の窮地。
それだけなら、まだいい。
最悪なのが、新しい勇者を選定する条件に、「先任勇者の死」が必要ということだ。
勇者をクビになるということは、死を意味する。
ユシィの頭上には、すり切れたロープに吊るされたギロチンが揺れているのだ。
「急かすわけじゃないけど、ボク、今すぐにでも目立った成果が欲しいんだ」
ユシィは中性的な童顔をやや青白くさせている。
「それは私も同意よ」
コニファーが性悪のお局様みたいな顔で頷く。
「あなたの命には関心がないのだけれど、勇者という肩書きを持つ人に死なれるのは困るわ。踏み台が砕けたら私が上がれないもの。栄光の階段を」
本当にいい性格をしている。
抜身のナイフみたいな性格の奴は少なからずいるものだが、人目をはばからず往来で振り回すのはコニファーお嬢様が俺史上・初だ。
「やっぱり魔王軍の幹部を討ち取ったりするしかないのかな?」
「それができれば手っ取り早いのだけれど。急造パーティーで討伐できる相手なら、冒険者や王国軍がやっているはずよ」
「じゃあ、やっぱり地道に頑張るしかないのかぁ」
「階段というのは一段ずつ上がるものなのよ」
「そもそも、勇者パーティーって普段はどういった活動をしているのですか?」
俺は昨晩から思っていた疑問を持ち出した。
すると、コニファーが心底びっくりあそばされた。
「驚いたわ。奴隷がしゃべった……」
犬か何かだとお思いで?
ともかく、目が怖い。
俺は雑草のように黙ることにした。
それでも、毒ナイフじみた眼光が俺を枯らすべく刺してくる。
おっかない。
「勇者の手柄になる依頼……。そうね、私に名案があるわ。あのゲテモノ依頼を受けましょう」
図らずも、疑問の答えが見えた。
勇者パーティーは普段、冒険者と同じように依頼をこなしているらしい。
コニファーはほかの冒険者を押しのけて、依頼書が張られた掲示板の前に立った。
魔物の討伐依頼を剥ぎ取る。
勇者の使命は魔王討伐。
したがって、魔王の眷属たる魔物を祓うことも仕事のうちというわけだ。
討伐専門の冒険者といったところだろうか。
「コニファー、それ、どうゲテモノなんだい?」
「領主案件なのよ」
報酬金のケタが2つ多い依頼書をババンと見せつけられる。
羊皮紙に金糸をあしらっているのは、たしかにこれだけだ。
「ど、奴隷が文字を読んでいるわ……」
というコニファーの毒ナイフはスルーして、オレは依頼書に目を通した。
要約すると、こうなる。
領主が所有する邸宅のひとつに魔物が住み着いた。
魔物を祓い、邸宅を奪還してほしい。
「なぜこの依頼を受けるのが名案かわかるかしら? 答えなさい、奴隷」
「はい、お嬢様。ご領主様に恩を売れば、勇者の名声と実績を広めてもらえるからです」
「私としたことがフナムシ以下の畜生にも解ける簡単な問題を出題してしまったわ。今度は、猿には解けるけど奴隷には解けない程度の問題を出して身の程を理解させないと」
「あはは……。しかし、お嬢様、どうしてこの依頼がゲテモノなので?」
「この領主別邸はね、自然派嗜好の馬鹿領主が巨額の税金を投じて森の中に建てたものなのよ。森の息吹を間近に感じるためにと城壁は設けなかったそうよ」
「あー……」
「そう。護岸のない港なんて波風に削られておしまいよ。今では領主蔑邸なんて呼ばれているわね」
税金をドブに捨てたわけだ。
その奪還を税金で依頼している、と。
たしかにゲテモノだ。
荘園では奴隷が使い潰されているのに、その血税でご領主様は遊興三昧。
ありがちな話だが、当事者だった身としては思うところがある。
「馬鹿領主にも面目はあるものよ。別邸に住み着いた強大な魔物を勇者パーティーが討伐した、という美談にしてあげましょう。汚名を消すために盛りに盛った話を吹聴してくれるはずよ。だって、馬鹿領主だもの」
物言いは散々だが、ロジックは的を射ている。
ユシィにとっては貴族様の後ろ盾を得る絶好のチャンスだ。
「領主別邸のすす払い、頑張りましょう。俺も協力しますよ」
「ありがとう、ケルン! 心強いよ!」
とユシィが明るく笑う横で、コニファーは真っ暗な蔑みの目をたたえて俺を見ている。
「あなたの協力なんていらないわ。奴隷はただ使われるだけよ」
ケルンを馬鹿にするなぁ、と小さな拳をクロールみたいに回転させるユシィを止めつつ、俺は苦笑しておいた。
「それじゃさっそく出発しよう!」
「……あら、今から町を出るつもり? 戻るのが遅くならないかしら。日が暮れてしまうかもしれないわ。明日の朝じゃ駄目なのかしら」
「ボクには明日があるかわからないからね。それに勇者パーティーと言えども、野宿くらい当たり前だよ? そこは冒険貴族サンクシュテルン家の出ならボクより詳しいでしょう?」
「……」
「コニファー? すぐに出発できない事情でもあるの?」
ユシィに気遣わしげに顔を覗き込まれ、
「……な、ないわよ!」
とコニファーはなぜかひどく憤慨した。
腹立ちまぎれに俺のスネを蹴る。
ひどい新入りだ。




