8 恐怖の逆面接
俺たちの前に現れたのは、魔術師の少女だった。
荘園では3世紀待っても絶対にお目にかかれない紫電清霜の美少女。
私が面接してあげるわ、と第一声からトンチキ発言をかましたこともうっかりスルーしてしまいそうなほど堂々たる美少女だ。
ただ、目の下に大筆ではいたような黒いくまがあり、目付きも毒ナイフみたいな荒んでいる。
「私はコニファー・レイ・サンクシュテルン。いえ、訳あって今は家名を名乗れないから、ただのコニファーね。訂正してあげるわ。光栄に思いなさい」
どう光栄なのか俺には見当もつかない。
だが、少なくともユシィを委縮させる程度の力を秘めた家名らしい。
「サンクシュテルンってあの冒険貴族の?」
あのってどの? と俺が目顔で問うと、
「サンクシュテルン家はね、大昔の伝説的な冒険者の血を継ぐお家なんだ」
とユシィが小声で教えてくれた。
「貴族なのに有名な冒険者をいっぱい輩出している、ちょっと特殊なお家柄でね。たしか、四ツ星以上の冒険者にならないと家督を継げないんじゃなかったかな」
たしかに特殊だ。
俺の世界的に言えば、歌舞伎や茶道の家元といったところだろうか。
「付け加えて言えば」
コニファーはツンとした声で補足する。
「冒険者ランクが三ツ星以上にならないと、お家に戻れないのよ。私も15歳になったのを機に、家を追い出されたわ」
契約取るまで帰ってくるな、に通ずる家訓だ。
パワハラじみているが、そうして質を確保しているのだろう。
つまり、コニファーにも期待できるということだ。
ユシィも顔をほころばせている。
「やったよ、ケルン! サンクシュテルン家はみんな猛者揃いなんだ。即戦力が来てくれたよ!」
「私は王都の魔法学校を首席で卒業したわ」
登場時から高めだったコニファーの鼻が一段と高くなる。
鼻の位置ならクジラといい勝負だ。
態度の大きさも含めて。
「まあ、立ち話もなんです。どうぞ座ってください」
俺はロビーの端の、日当たりのいい席を勧めた。
すると、矢のような目に射竦められた。
「どうしてあなたに仕切られないといけないの? 私があなたたちを面接するのよ。私を加えるに値するパーティーかどうか見極めてあげるわ」
我が社を志望した理由は? ではなく、私を募集した理由は、か。
ずいぶん個性的な人物らしい。
「かけなさい」
コニファーはさっさと席に着いて、長い脚を組んだ。
百戦錬磨の面接官みたいな顔が早くも圧迫感を醸し出している。
「……」
「……」
俺はユシィと目を合わせ、とりあえず、向かい側に収まった。
せっかく日当たりのいい窓辺の席なのに空気が重苦しいのは、面接官というより裁判官じみた人物が真正面から瞬きなしで睨んでくるからだ。
それも、すでに有罪だと決めている顔でだ。
俺たちはこれからどうなってしまうのだろう。
「おっ、勇者パーティーにまた一人問題児が加わるみたいだぜ」
「高飛車コニファーか。ありゃ、歴代最悪のパーティーになるな」
「違いねえギャハハ!」
冒険者たちがこちらを指さし、妥当な論評を吐きかけてくる。
そう、妥当だ。
反論できないのが辛いところだ。
「ねえ」
コニファーの目が暗器の鋭さで俺を突いた。
「あなた、奴隷ね?」
絶句した。
まったくもってその通りだ。
なぜ、わかった?
「全身のアザ。鞭の痕。怯えた野ウサギような目。曲がった背。いつぶたれてもいいように身構えているところ。至るところに奴隷らしさが垣間見えているわ」
嫌味なメンタリストみたいな物言いだ。
でも、当たっている気がする。
バーナム効果……いや、実際、的確に言い当てている。
優れた観察眼の持ち主というわけだ。
「ひざまずきなさいよ、奴隷」
テーブルの下から伸びてきた足が俺を蹴る。
「このゴミ。家畜。人外のクズ。私は仰ぎ見るべき貴族様よ? 同じ目線で話せると思わないでくれないかしら」
あまりにもあんまりで、声にならなかった。
真っ向から抗議の声を上げるのもうまくないと踏んで、俺は苦笑いを浮かべた。
困ってますアピール。
だが、コニファーの目は一層鋭さを増し、暗澹たる光を強めただけだった。
「撤回しろっ!」
ばん、とテーブルを叩き、ユシィが立ち上がった。
「ケルンはボクの大切な仲間だ! 侮辱する奴はゆるさないぞ!」
引きで見るとポメラニアンが吠えているように見えるが、寄りで見ると唇が白くなるほど激憤している。
ちょっと嬉しい。
「あら、勇者ユースハルト。あなたの奴隷だったのかしら? 所有物を侮辱してごめんなさい。素直に謝ってあげるわ。感謝なさい」
「ボクの仲間だって言っているだろ! 所有物なんかじゃない!」
「そう。なら、あなたは今日から私の所有物になりなさい」
コニファーは俺に人差し指を突き付けた。
どうでもいいが、すごく綺麗な指だと思った。
おいしそうですらある。
「ノーとは言わせないわ。なぜなら、私がそう命じたからよ」
主張は単純明快。
そして、意味不明だ。
「あの、コニファー。申し訳ないのですが」
と俺は恐る恐る口を開くも、
「けがらわしい! 名前を呼ばないでくれないかしら。奴隷なんかに呼ばれたら名前が腐るわ。あなた、不敬罪で処刑される最初のウジムシになりたいの?」
「あー、すみませんでした……」
俺は爆竹をくらった亀みたいに首を引っ込めた。
あとは任せます、と目でユシィに告げる。
ひぇぇ……、という顔をされた。
「ユースハルト、あなたには確認しなければいけないことがあるわ」
確認というより尋問の口調でコニファーは凄む。
「あなた、今後も勇者でいられるのでしょうね?」
「ぇ……」
ユシィは口をパクパクさせた。
「知っているわよ? 勇者の再選定については。今いる勇者が死なない限り、聖武器は新たな勇者を選定しないのでしょう?」
どういう意味だ?
聖剣はユシィを選んだ。
ユシィが死なない限り、聖剣は新しい勇者を選ばない。
つまり、勇者の再選定にはユシィの死が必要というわけで……。
「ねえ、ユースハルト。あなた、勇者をクビになるようなことがあれば、処刑されるのでしょう?」
俺は自分が殴られたような衝撃を受けた。
当の本人たるユシィはどんな想いでいるだろう。
すぐ隣にいるが、顔を見ることができなかった。
「そんな顔をしないで。まるで私がいじめているみたいじゃないの。首がまだ繋がっているかどうか、確認しただけよ」
「……皮一枚、だけど。まだ」
虫のような声でユシィはかろうじて答えた。
「ふーん、そう。じゃあ、次の質問よ」
そんな感じで逆面接は続き、俺たちは水分をすべて失うレベルでこってり絞られた。
それなのに、カラカラになるどころか、全身ずぶ濡れで冷たい汗の感触に包まれている。
地獄だった。
「話をまとめるわね」
トントントントン。
テーブルを細い指で叩き、コニファーは胡乱な目で俺たちを見た。
「ギロチン落ちかけの勇者サマと、草を生やすしか能のない脱柵奴隷。それがあなたたちの現状ってことであっているかしら? ご立派なパーティーだこと」
そこに今、高飛車コニファーが加わろうとしている。
この船は出航と同時にひっくり返るに違いない。
「面接の結果を伝えるわ」
ごくり、とユシィともども俺は喉を鳴らした。
緊張の一瞬だ。
「不合格よ」
「あ、そうですか」
「ええっと、残念だね、うん」
ほっとした。
コニファーの今後の活躍をお祈りできるなんて、とても光栄だ。
もう一度言おう。
ほっとした。
「でも、腐っても勇者パーティーだわ。もう少し検討してあげてもいいかしら」
ゾッとした。
ようやく台風が去ったと思ったら、奇怪な軌道で戻ってきた。
最悪だ。
とはいえ、選り好みできる立場にはない。
普通、勇者パーティーと言えば究極の買い手市場だが、それは俺たちには当てはまらない。
ある程度の妥協は必要になる。
「で、どうするの? 私の力が欲しいの? 欲しくないの? 黙ってないで今すぐただちに何か言いなさい」
「と、とりあえず、仮採用で……」
ユシィはママに怒られた小3男子みたいな震え声で言う。
迫力に負けて判断を先送りにするという、まあまあな愚策だった。
だが、ほかに良策もないように思われる。
「仮採用ね。私としても都合がいいわ。いつでもあなたたちを切れるもの」
コニファーが腕組みの向こうから陰惨な目で睨んでくる。
暫定措置だが、勇者パーティーの3人目が決まった形だ。
嵐の海で揺れる小舟に猛虎が放たれた気がしないでもないが、なるようになれだ。
どうもユシィの命は風前の灯火らしい。
虎でも戦力になるなら文句はない。
「よろしくお願いいたします。コニ――」
「お嬢様と呼びなさい、この奴隷」
「お、お嬢様……」
とほほ……、と俺は心の中で天を仰ぐのだった。




