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10 領主蔑邸


「ユースハルト、見なさいよ。この奴隷、確実に馬以下だわ。荷は運べても、私を運べないのだもの。ロバと呼びましょうよ」


 山のような荷を背負った俺に容赦のない罵倒が飛んでくる。

 俺にそういう趣味があれば、コニファーお嬢様の下でこき使われるのはこの上ない至福だったはずだ。


「やっぱりダメだよ。仲間に荷を押しつけるなんて。ボクも持つから、半分ちょうだい!」


 そう言ってくれる優しいユシィに、俺はそっと手のひらでノーを作った。


「お気遣いは嬉しいですが、戦闘要員のお二人は手ぶらであるべきです。このへんは役割分担ですよ」


「見上げた奴隷根性だわ。この駄馬は荷を背負わされることが当たり前だと思っているのよ。本当に惨めね。気持ち悪い」


 コニファーはこのストレートすぎて刺突攻撃と化している言動が災いし、パーティー追放の常習犯となっているらしい。

 追放を繰り返すうちに、そもそもパーティーに入れてもらえなくなった。

 そして、「自分はパーティーを採用する側」という孤高の逆面接官像を築くに至ったようだ。

 すごい。


「それでは、出発しましょうか」


「奴隷の分際で仕切らないでくれないかしら。私について来なさい」


 仮採用中の新入りの分際で、コニファーは先陣切って町を出た。

 目力の強い船頭タイプを望んでいた我々だが、あまりにも強すぎる。

 欲しかったのは、可愛い熊の人形だ。

 怖いくまの人が来てしまったのはどういう手違いか。


「……」


 数歩前を行くユシィが小さな眉を八の字にして、10歩ごとにこちらを振り返る。

 その気遣いだけで、背中の荷が鴻毛のように軽くなる気がする。

 女の子だったらいいな、とニコニコすると、控えめな笑顔が返ってきた。

 空欄のままの性別欄に何が書き込まれるかで俺のモチベーションは天にも地にも向かう気がする。





「もうすぐ到着だね。このへんで腹ごしらえしておこうか」


 所要3時間ほどで、黒い森にぶつかった。

 ユシィは古木に背を預け、へこんだ腹をさすっている。


「悠長ね。急いだほうがいいんじゃないかしら」


 天頂より西側に傾きつつある太陽を見上げ、コニファーは顔をしかめた。

 陽光の下だと美しい顔がより際立つ。

 ただ、目の下の濃いくまもコントラストが強調されているようだった。


「腹が減っては戦はできぬ、だよ」


「戦場に行かなければそれこそ戦はできないわ」


「じゃ、食べたら出発ってことで」


「……」


 コニファーは不承不承ながら腰を下ろした。

 苛立ちを足の細かい反復運動がよく表している。

 どうも彼女は時間が気になるらしい。

 ディナーの予定でも入っているのだろうか。


「意外と質素なものを食べているんですね、勇者なのに」


 荷からパンを取り出して、俺はいたたまれなくなった。

 まるで、木の端材だ。

 乾いた音がするのに、妙に湿っている。

 さすがに奴隷が食べるものよりマシだが、それでもおいしそうには見えない。


「仕方ないよ。ボクは落ち目の勇者だもの」


 ユシィはそう笑う。

 これが最後の晩餐になるかもしれないのだから、笑い返すことはできなかった。


「せめてデザートは贅沢にいきましょう」


 俺は古木に絡んだアケビのツルを見つけ、たぐり寄せた。

 果実は見当たらない。


「今は時期が悪かったね」


「そんなことないですよ。俺にはこれがありますから」


 栽培魔法、発動。

 薄紫色の花が狂い咲き、季節感を無視した果実が鈴なりになる。


「わあ!」


 とユシィが歓呼の声を上げた。


「どうぞ、ユシィ」


「こんなに大きなアケビ、見たことないよ。それに全然種がないね」


「種の発生を抑えて、可食部だけ盛りましたので」


 かぶりついたユシィが天に召されたような恍惚の笑みとなる。


「すごいや、これ! コニファーも食べなよ。甘くておいしいから!」


「私は嫌。奴隷が作ったものなんて食べたくないわ。それに私は温かいものが食べたい気分なの。何か準備しなさいよ、奴隷」


 春の陽気とは真反対にあるような、陰気な目で睨まれる。


「俺がですか?」


「あなた、奴隷でしょう? 主人のために尽くしなさい。まさか、調理もできないなんて言わないわよね」


 つい今しがた、奴隷が作ったものなんて食べたくないとおっしゃっていたはずだが、お嬢様はとても臨機応変でいらっしゃる。

 この破壊的なまでの性格が数々の追放劇を生んだのだろう。

 彼女は世にも稀なる劇作家と言える。

 シナリオから主役までこなすのだから。





「いるわね……」


 しばらく瞑目してから、コニファーは荒んだ目を開いた。

 暗い森の中、ひっそりとたたずむ巨館。

 領主別邸――。

 まるで幽霊屋敷だった。

 破れた窓で揺れるビロードのカーテンが手招きしているように見える。

 草が伸びきった庭には、竣工式の飾り付けがカラスにつつかれた生ゴミのように散乱している。

 とても新築には見えない。


「ボク、ちょっと怖いかも……」


 ユシィが俺に身を寄せた。

 肩が触れ合う。

 それを喜んでいいのか、判然としないのがもどかしい。


「私の探知魔法によると、5、6体ってところかしら。魔物の種類まではわからないわね」


「日中、建物の中にいるということは夜型の魔物なのでしょうね」


「奴隷なのに妥当な推論を立てられるなんて。主たる私に早くも似てきたのかしら」


「光栄です、お嬢様」


「ところで、コニファーってどのくらい戦えるの?」


 苦笑いしながらユシィが問う。


「私は最強よ。学生時代は若き大賢者と呼ばれていたわ。でも、冒険者にはなったばかりだから、ランクは一ツ星よ。もちろん、実力で言うなら四ツ星は堅いわね。ゆくゆくは最高位の五ツ星間違いなしと言われているわ」


 コニファーは空気の匂いを嗅ぐ狼のように鼻を高くしている。

 誰に大賢者と呼ばれ、誰に未来の五ツ星と評されているのかは甚だ不明だが、手にした杖は使い込まれたものだ。

 俺なんかよりは戦力になるのだろう。


「前衛がユシィ、後衛がコニファーお嬢様。となると、俺は遊撃手ですね」


「あら、奴隷。あなた、遊撃手の意味を誤用しているわ。遊撃手というのはそのへんで遊んでいる人のことじゃないの」


「知っていますよ……」


「なら、おとりでもするのかしら?」


「ねえ、コニファー。ケルンはボクなんかより、ずっとすごいんだよ?」


 ユシィが誇らしげに胸を張った。

 そして、「ね? そうだよね?」という期待感に満ちた視線をキラキラと俺に送ってくる。

 昨日の今日でえらく買いかぶられたものだ。

 その想いに応えるべく、俺は力強く頷いた。


「周囲が森でよかったです。ここには使えそうな植物がたくさんありますからね。俺も戦いますよ。まあ、見ていてください」


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