11 勇者パーティー・初戦
領主別邸の庭。
幼稚園児なら運動会できる程度には広い。
しかし、草が鬱蒼として小さなジャングルみたいだ。
「邪魔なので除草しますね」
俺は栽培魔法で草の成長を促進させた。
成長も過ぎれば老いと同じ。
威勢よく天を突いていた若い緑は、褪色しながら力なく倒れていった。
物悲しい茶褐色の空き地に乾いた風が吹く。
「さっすがケルンだね! こんな魔法が使える人はほかにいないよ!」
とユシィが当てつけみたいにコニファーを見やる。
そのコニファーはというと、
「雑草と親和性が高いなんて、さすが奴隷ね」
と毒づき、ふと目を見開いた。
「あれ、マンドラゴラかしら」
枯れ草の中に、緑を残した草がひとつだけある。
大根みたいな根には顔らしき凹凸。
ユシィがひいいい、と耳を塞いだ。
マンドラゴラは植物の魔物だ。
スライム並みに変異種が豊富で、溶岩地帯にも、氷河にも、海の底にも生息する。
空を飛ぶ個体までいる。
共通するのは、裸の太ったおじさんみたいな根を持つこと。
そして、引っこ抜くと破滅的絶叫を上げながら走り回ること。
その叫びが、万の銅鑼を打ち鳴らしたような、とか、轟雷のような、などと形容されることから、しばしば「万銅鑼轟雷」の字が充てられるとか。
「五角形の葉に、黒い豹紋……。『呼狼種』ですね。この種は声を聞いても死にませんよ、ユシィ。絶叫を上げて周囲の魔物を呼び寄せる厄介な性質はありますが」
植物系とはいえ、魔物だ。
俺の栽培魔法をかろうじてレジストしたらしい。
おかげで、ちょうどいい塩梅に弱っている。
「抜根すれば邸内の魔物だけを呼び出してくれそうですね。都合のいいドアホンが生えていたものです」
内装を傷つけるわけにはいかない。
せっかく芝刈りがすんだのだから、運動は庭でやるべきだろう。
「なら、さっさと引っこ抜きなさい。私は急いでいるの。こんな依頼さっさと終わらせて帰るわよ」
腕組みしたコニファーが苛立たしげに指をトントンさせている。
「ボクも準備できてるよ、ケルン!」
幽魔草の種を口に放り込み、ユシィが勝気な笑みを浮かべた。
「では、討伐作戦、開始です!」
俺が奇怪な大根を引っこ抜くと、
「キャビイイイイイイイイッッ!!」
火災報知器じみた絶叫が響く。
呼び鈴。
そして、始まりのゴング。
すぐに家主から反応があった。
割れた窓の向こうを黒い影がよぎる。
「っ!?」
まるで最後の授業が終わった学校のような、大人数が一斉に動き出す音、震動。
それが上の階から下の階へ、奥の部屋から玄関口へ、雪崩のように迫ってくる。
探知魔法によると、5、6体という話だったが、
「お、思ったより多いみたいだね……」
そうらしい。
10数体はいそうだ。
「一斉に来られるとまずいわ。なんてことしてくれたのよ、この奴隷は。頭の中まで草が生えているのかしら!?」
早くしろと急かしていたうえに、そもそも探知漏れをやらかした高飛車令嬢が理不尽竜王に成って盤上で猛り狂っている。
「どうしよ!? いったん撤退しよっか……?」
「いいえ。俺がちょうどいい植物を持っていますので任せてください」
俺は道中で収穫しておいたタケノコを地面に突き刺した。
魔力を込める。
潜り込んだ地下茎が表土の下を這い、庭に広がっていく。
地面が波打ったようだった。
「これ、踏んじゃダメですよ!」
「なんだか知らないけれど、私は後ろで観戦しているわ。か、勘違いしないでちょうだい。怖気づいて逃げるわけではないのよ? 奴隷と魔物の戦いなんて闘技場みたいだから、高みの見物するだけ。本当にそれだけなのだからね?」
コニファーはツンデレ畜生発言を残して安全圏に退避した。
「ユシィ、俺たちの後ろに魔物より怖い奴が目を光らせているのですが」
「そ、そうだね。挟み撃ちだ」
傾いていた扉が吹っ飛んで庭先に転がった。
邸宅の中から魔物が黒い水のように噴出する。
先頭はゴブリン数匹。
その後ろに巨大ネズミやら巨大コウモリやらがバタバタと続く。
暴徒のごとく押し寄せる魔物たち。
その足元から地面を突き破って槍が伸びた。
次々に串刺しにし、高く伸び上がっていく。
「……竹!?」
とコニファーお嬢様が目を白黒させた。
「はい! 槍祓魔という変わり種です。上を通ったものを串刺しにして養分にします!」
俺は恐ろしい解説を添えた。
ヤリブスマの地雷原に阻まれ、魔物たちは身動き取れずにいる。
足を止めたところで、俺は昨晩の内から用意していた秘密兵器を取り出した。
Y字の枝。
スリングショット。
パチンコだ。
種子を遠くまで飛ばすのに、これ以上のものはない。
俺は魔力を込めた種子をセットした。
引き絞って、放つ。
狙いは正確。
種は大ネズミにヒットし、発芽して雁字搦めにした。
「今のがなんの種か説明する栄誉を与えるわ。感謝なさい」
コニファーが独特の言い回しで解説を求める。
「そのへんに生えていたツタですよ」
と俺は答える。
ツタはツルの先が吸盤になっている。
植物界のイカ。
絡む強さは最強クラスだ。
「ギイアアアッ!」
空から迫るコウモリ。
森の枝葉を伸ばしてゆく手を遮った。
「ユシィは回り込んでくる奴をお願いします!」
「わ、わかった……!」
反対側から回り込む魔物には、足元に氷結ゴケを撃ち込んでアイススケート教室を開催する。
「う、うおおおおお!」
と、ユシィは勇ましさより可愛らしさがやや勝る裂帛の気合をほとばしらせ、ゴブリンと斬り結んだ。
体格と力はどっこいどっこい。
だが、武器の性能差でユシィが圧倒。
石斧が割れ、黄金の剣がゴブリンを両断した。
「やった……! ボクにも魔物が倒せた! ケルン、ボクやったよ!」
初めて逆上がりができた子供みたいな笑顔でユシィは俺に手を振っている。
魔物に剣を触ってください、と俺は渋面で催促した。
「見ていられないわね」
真っ先に逃げ出した誰かさんが形勢有利と見て、戻ってきた。
「草遊び奴隷に、たかがゴブリンで浮足立つ勇者。最低なパーティーだわ。いいわ、見せてあげる。あなたたちに私の魔法を」
コニファーが持つ杖の先。
紫電がぱちぱちと弾けた。
それは、見る間に野太いイカヅチに変わった。
あっ、と思った。
前衛のユシィは当然のごとく前にいる。
コニファーを見る。
激しい明滅の中で陶然と笑みを浮かべている。
やばい、と肌身でわかった。
俺は脱兎のごとく駆け、ユシィに猛然とタックルをかました。
倒れ込んだ、その真上を閃光が薙ぐ。
「っ」
少しの痛み。
肩。
枯れ草のマットに倒れたまま、俺たちは雷鳴が収まるのを待った。




