12 喧嘩
激しい稲光。
それに伴う強烈な静電気が収まるのを待ち、俺は顔を上げた。
2日連続となる下敷きをくらっていたユシィもか細い悲鳴を上げながら体を起こす。
「……」
魔物が全滅していた。
庭の枯れ草には黒いジグザグの線が残され、それに沿って火の手が上がっている。
「聖域雷魔法『粛清雷』よ。どうかしら? 私の魔法は」
俺たちごと粛清しかけたコニファーが長い髪をさらりと払う。
リアクションする気になれなかった。
「立てますか、ユシィ」
「うん、大丈夫。ありがと、ケルン。キミにはまた助けられたね」
俺が差し出した手を握り、ユシィが上目遣いになる。
美少女か美男子か。
結果次第でこのシチュエーションの意味は右にも左にも振れる。
それはともかく、お互いさんざんな有様だった。
静電気で髪が直立。
全身に枯れ草の衣がついている。
油で揚げたらカリッと仕上がりそうだ。
俺とユシィは顔を見合わせて、しばし笑った。
「ボク、初めて魔物を討伐できたよ」
驚きのカミングアウトだった。
「あなた、魔物を討伐したことがなかったの? とんだ勇者様ね。バージンの売春婦じゃあるまいし」
ひどいたとえがあったものだ。
ユシィはムッとした顔で聖剣を持ち上げる。
「言っておくけど、本当の意味で魔を祓えるのは聖武器だけなんだよ?」
そういう話は聞いたことがある。
魔物たちは輪廻の輪のようなものを持っていて、倒してもいずれまた生まれ変わるのだとか。
ゲーム風に言えば、リポップだ。
過去に何度も討伐されている魔王がまだ健在なのも、追い詰められると自爆という形で輪廻の輪に戻るからだ。
だから、本当の意味での討伐――『討滅』は勇者であるユシィにしかできない。
「ボク、ようやく使命のひとつ目を果たせたよ。ケルンのおかげだよ!」
これぞ尊敬の眼差し。
そんな煌めく瞳で見つめられては、かえって居心地が悪いというものだ。
痒くもない頭を掻こうとした俺は、
「ぁ痛……」
と顔をしかめた。
「あれ!? ケルン、怪我してるじゃないか!」
そのようだ。
肩口が裂けていた。
シダの葉に似た火傷の痕は電撃傷特有のものだ。
コニファーの魔法がかすめたらしい。
「ボクをかばったとき!?」
「どうってことないですよ?」
ユシィが悲痛な顔をするので、俺はウォーミング・アップ風に肩を回してみせた。
優しげな八の字眉が、逆八の字になる。
「ひどいじゃないか、コニファー!」
「何がひどいものですか。たかが奴隷じゃない。それに元から傷だらけでしょう?」
コニファーに反省の色、なし。
逆ギレの構えを見せている。
「今度という今度はゆるさないぞ!」
「私の奴隷をどうしようが私の勝手だわ」
「まあまあ」
俺はいがみ合う竜虎の間に割って入った。
「この通りピンピンしていますから心配は無用です。喧嘩は依頼が終わるまで取っておきませんか? ほら、溜めると威力が上がるかもしれませんし」
「誰も奴隷の心配なんかしてないわ」
「ボクはしてるよ! それとケルンは奴隷じゃない!」
「奴隷よ。私が使役しているもの」
「勝手なことばかり言うな!」
「まあまあ。ほら、邸宅の中に取りこぼしがいないか調べましょう、ほらほら」
チキンレースするトラックの間に審判として立たされている気分だ。
コニファーが腹立ちまぎれに蹴ってくる。
ユシィはというと、転んだ孫をあやすおばあちゃんみたいに丹念にいたわってくれている。
春の陽気と冬の寒波に挟まれる俺。
居心地?
もちろん、いいとは言い難い。
気を取り直して、領主別邸の入り口に立つ。
ユシィを先頭に、俺、コニファーという並び。
俺は気休め程度に竹槍を握っている。
「屋内戦が想定されるけど、……コニファー、魔法を使うときは魔法名を言って。じゃないと、前衛のボクも巻き込まれちゃうからね」
「そうかしら。あなたを巻き込むことはないと思うわ。だって、前衛にしては引け腰だもの」
「なんだとぉ……!」
「まあまあ」
オバケすらも気を遣って仲裁に入りそうな一触即発っぷりで俺たちはオバケ屋敷と化した領主別邸に踏み入った。
「く、暗いじゃない……!」
コニファーの金切り声が玄関ホールに響く。
「そりゃ屋内ですから、外よりは暗いかと思いますよ」
「あれれぇー? コニファー、もしかして怖いのぉ?」
手垢のついた煽り文句だった。
だが、コニファーはマッチを投げ込まれた火薬庫みたいな反応を見せた。
「どきなさい! 邪魔よ!」
フォーメーション無視でズンズン進む。
カーテンに親でも殺されたのか、むしり取るようにして開いた。
片っ端から開けていく。
西の窓から射し込む斜光にキラキラとほこりが舞った。
「お嬢様、探知魔法に何か引っかかりますか?」
俺は2階に通じる階段を見上げて言った。
「上には何もいないわよ。馬鹿ってどうして、ぽかんと上を見ているのかしら」
「コニファーの探知魔法ってアテになるの? 魔物の数も探知結果の3倍はいたじゃないか」
「私の魔法は正確無比よ。あれは、探知した後に魔物が増えたのよ」
あからさまなため息をつき、コニファーは劣等生を見る目で俺たちを見た。
「あなたたち、気づかなかったの? この屋敷にいた魔物の特徴に」
ゴブリン、ネズミ、そして、コウモリ。
「夜行性の魔物、でしょうか?」
「というより、洞穴性の魔物よ」
洞穴性の魔物。
洞窟に住む魔物。
洞窟……。
「まさか、ダンジョンですか?」
この屋敷のどこかにダンジョンの入り口があり、そこから魔物が流入したのだとすれば、探知結果より魔物が多かった理由にも頷ける。
ただ、俺的にはコニファーのポカ説のほうがしっくりくる。
「入り口が上の階にあるとは思えないわ。探すなら1階。特に床下ね」
タンタン、と革靴が床を叩く。
もし、本当にダンジョンがあるなら困りものだ。
魔物が際限なく湧いて来ることになる。
入り口に蓋をすれば、いちおうの依頼達成にはなると思うが。
「来なさい、奴隷。権利とは無縁のあなたに、床下を調べる権利を与えるわ。名誉に思いなさい」
「それは名誉感情を伴う労役なのですか、お嬢様」
「知らないわよ。でも、地を這うのは奴隷の仕事じゃない。やりなさい」
コニファーは長い髪を振って歩き出した。
ぎ、ぎぎぃ、と。
耳障りな音がした。
屋敷が歯ぎしりをしたようだった。
前を行くコニファーの髪がぶわりと膨らむ。
体が沈み込み、髪が引かれて直線となる。
床が抜けたのだと理解する前に、俺は手を伸ばしていた。
次の瞬間には、視界が暗転し、浮遊感を味わっていた。




