13 闇の中で
黒。
真っ黒。
完全なる闇。
ブラックアウト。
目を開けているはずなのに、何も見えない。
土とカビ、それから泥の臭い。
水の流れる音。
背中が痛い。
ほかにもあちこち。
俺はうめきながら起き上がり、口の中のじゃりっとしたものを吐き出した。
「……どこだ?」
すぐ前に壁がある。
そして、手が届くところに天井も。
左右には空間が伸びているらしく、声が反響しながら抜けていった。
「……」
俺はとりあえず頭を掻いた。
しばし、呆然。
何がどうなったんだっけ、と記憶をたどる。
「……えーっと」
そういえば、落ちた気がする。
床板を踏み抜いたコニファーともども俺は落下したのだ。
ということは、ここは、
「床下。……じゃないな」
床下ならこんなに暗くはないだろう。
破れた床板や、通気のための孔から外の光が見えるはずだ。
それに浮遊感からして5メートルは落ちた気がする。
だとしたら、
「ダンジョンの中、か……」
声を上げればユシィに聞こえるかも、と一瞬思ったが、やめた。
呼狼種のマンドラゴラじゃあるまいし、静かにしているほうが賢いだろう。
こんなところで魔物に囲まれたら一巻の終わりだ。
「コニファーお嬢様?」
俺は闇に向かって声をかけた。
一緒に落ちたのだから近くにいるはずだ。
赤ん坊に戻った気分で、手探りで這い回る。
堅い土の感触。
低くなっている場所は水が流れ、泥沼のようになっている。
目を開けているのに何も見えないのは普通に恐怖だ。
黒い水の中にいる気分。
息まで苦しくなってきた。
暗中模索というより気分的には闇鍋が近いだろうか。
「?」
今、指の間で何か光った気がした。
カエルみたいな、ぶよっ、としたものに触れた感覚が残っている。
もう一度触る勇気はない。
5分ほど闇と格闘してから、なんとかコニファーを探り当てた。
この弾力がある、ほんのりと温かい感触は……。
そう、ほっぺただ。
息があって安心する。
「ぁ……う」
肩を揺すると目を開けたようだった。
当惑している気配が伝わってくる。
「どうも俺たちはダンジョンに落っこちてしまったようですね」
どうもケルンです、と付け加えながら、俺は肩を竦めた。
返事はない。
はあ、はあ、と荒い息遣いだけが聞こえてくる。
それが徐々に激しさを増し、500メートルも全力疾走したのに獲物に逃げられたチーターみたいな、哀れさの際立つ呼吸音になった。
そして、
「きゃああああああああああああああ」
絶叫がこだました。
「あああああああ暗あああ! いあああああああああああ! きゃああああああああ!」
「お、おお、落ち着いてくださブッ」
殴られた。
というより、ジタバタしている手か足に運悪くぶつかったらしい。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
よくそんなに息が続くな、と肺活量に唖然。
暗闇の中で溺れているみたいにコニファーはもがき苦しんでいる。
拷問でも受けているようだった。
「こ、ここ、こここ……」
「ここ?」
「怖いあああああ暗いあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
もしや俺が探り当てたのはマンドラゴラだったのではなかろうか。
真剣にそう思う。
「落ち着いてくれませんか、お嬢様」
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「さすがに殴りますよ。魔物来ちゃうのでお静かにお願いします」
「やあああああああああああああああああ」
コニファーは俺を手探りで探し当て、ひったくり犯に抗わんとする主婦みたいにしがみついてきた。
そして、より近くから咆哮波を浴びせかけてくる。
鼓膜が破裂しそう。
「やだああああああ! どこにも行かないでええ! 置いてかないでえええええ! えっぐひん!」
どうも号泣しているらしい。
「暗いのいやあああ! やだあああ!」
あのコニファーお嬢様と同一人物とは思えないギャン泣きっぷり。
どんな顔をしているのかは、ちょっと想像がつかなかった。
「暗いのが怖いんですね。ちょっと待っててくださいよ」
黙らせるにはゲンコツではなく灯りが必要らしい。
ポケットをまさぐって種を探す。
光る植物は多いが、持ち合わせはないようだった。
「……っ」
ふと、ある可能性に思い至り、また手探りであたりを探す。
「やああああああ! んあああああ!」
「……」
「やだやだやだああ! 置いてかないでえ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「……」
「謝るからあああ! だから、やだああ置いてかないでよおおお!」
「……」
「もう意地悪しないからあああ! んああああ!」
俺がずっと黙っているものだから、見捨てられるとでも思ったのか、声量と締め付けが強くなる。
もはや、そういう魔物だ。
さんざん騒いでいるのに魔物がやってこないあたり、魔物サイドからも魔物認定されている説が急浮上する。
「……あった」
指の間がまた光った。
指先で形をたしかめ、俺はニッと笑った。
魔力を込めると、光がどんどん強くなっていく。
指に触れたのはキノコだった。
発光しているのは傘の部分。
虫を寄せるためか、それとも、光って捕食者を驚かすためか、なんでもいい。
光るなら、それで。
「今、明かりをつけますね。お嬢様」
栽培魔法で増やしていく。
ぽこぽこと光る傘が広がり、闇が駆逐されていく。
黒圧勝のリバーシで、突如、白が大逆転したようだった。
傘の部分を肥大化させ、発光能を強化してある。
洞窟が天の川に変わるまで30秒とかからなかった。
「……」
コニファーは安心したのか放心状態で座り込んでいる。
天の川を見上げているから、宇宙と交信中の電波系美少女にも見えなくない。
俺は杖を見つけて立ち上がった。
途端に金切り声が上がる。
「やだ! 行かないで!」
捨てられることを悟った赤ちゃん猿みたいにコニファーがしがみついてくる。
「置いていったりしませんよ。……ほら、杖に光るキノコを生やしてあげましたよ。これを握っていたら安心できるのでは?」
「っ……っ……!」
ぶんぶん、とコニファーは首を横に振り、アサガオよろしく俺に巻き付いた。
こじゃれた光る杖より、俺がいいらしい。
喜んでいいのかは不明だ。
出口を探しに行きたいところだが、
「置いてかないでよぉ……」
とりあえず、落ち着くのを待つしかなさそうだ。
暗闇に対する異常な恐怖心。
暗所恐怖症、か。
そういえば、帰りが遅くなることを気にしていた。
邸内に入った後も、いの一番にカーテンを開けていた。
「よかったら、話してもらえませんか?」
「嫌よ。離さないわ」
「いえ、お話です」
「丁寧に言っても駄目。私は絶対離さないから」
「ダンジョンが怖いんですか?」
「怖くないわよ!」
少し煽ってやるとようやく話すつもりになったようだ。
しかし、離すつもりはないらしく、フェンスに絡むツル植物のように指ばかりか脚まで絡めてきた。
俺はため息を押し殺して、静かに耳を傾けた。




