14 光の雨に
パーティー追放の常習犯、コニファーは数多の追放劇を経験したらしい。
裁判形式で断罪されたり、書き置きを最後に雲隠れされたり、普通に殴られたり。
そして、数々の追放劇の中に、彼女が暗所恐怖症となった出来事があった。
――ダンジョン最深部でのパーティー追放。
食糧、水、光源、すべてを持ち去る形での究極の置き去り。
殺人と呼ぶに等しい方法でコニファーは追放された。
無明の迷宮を何日もさまよい、泥水をすすり、魔物の肉を食らい、血みどろになりながら、かろうじて生還したそうだ。
そして、コニファーは暗がりを恐れるようになった。
暗い廊下が怖い。
日陰になった路地裏が怖い。
照明が当たらないテーブルの下が怖い。
布団の中が怖い。
夜が怖い。
長逗留で半ば自室と化した宿の部屋でさえも、夜が来ると恐ろしくて仕方がない。
ロウソクの火を絶やすまいと朝が来るまで起き続け、ついにはヘビースモーカーの肺じみた顔色になり、目の下にタールを沈着させるに至ったそうだ。
コニファーはダンジョンの闇から逃れるように俺に身を寄せ、震える声でそう話してくれた。
こう考えてみよう。
俺はゴキブリやムカデ、スズメバチが苦手だ。
アシダカ軍曹も。
鳥肌が立つ。
そして、そんな俺が道を歩いていると、突然、地面が抜けて落とし穴に落ちたとする。
そこは、虫、虫、虫――。
蠱毒も真っ青な、虫地獄。
数万という虫がいて、皮膚をたわしで愛撫されるがごとく虫という虫が全身を這い回り、耳にも鼻にも口にも入ってきて、咬みつき、皮膚の内側に潜り込んで肉を食らい……。
想像するだに恐ろしい。
暗所恐怖症のコニファーが暗闇に落とされるのは、それほどの恐怖と言うことだ。
「置いてかないで」
コニファーは寝技で一本取ると決めた柔道家のように俺に抱き着いている。
よほど怖かったようだ。
手足やあごがタガタガと震えている。
俺は終わりの見えない震度2に襲われていた。
子泣きジジイよりマシなのは、時間経過で重くならない点と、絶世の美少女である点だ。
俺の我慢に持続可能性があるのは、そのへんが大きかった。
「ょ」
足が痺れてきたので、腰を浮かせて座り直す。
途端にコニファーの肩がびくんと跳ねる。
うるんだ大きな目が、見捨てないでよ、と訴えかけてくる。
天下に敵なしの高慢ちきがずいぶんと丸くなったものだ。
「さあ、涙を拭ってください。出口を探しに行きましょう」
ダンジョンに落ちて早30分。
ユシィが俺たちを案じているだろうし、ユシィ自体目を離せない子だ。
立ち上がろうとする俺を、しかし、コニファーは強引に寝技へと持ち込もうとする。
「あの、動けないんですが」
「動けなくしているのよ」
「どうしてでしょう?」
「あなたが私を置き去りにして自分だけ助かろうとするクズ野郎だからよ」
「そんなことしませんよ」
「嘘よ。あなたも私を置き去りにするつもりなのよ」
「じゃあ、こうしましょうか」
俺はツル植物を伸ばして、自分とコニファーの手首同士を結んだ。
手錠のごとく雁字搦めにする。
「これで一心同体です。ついでに手も繋ぎますか?」
「当たり前じゃない」
冗談で言った。
しかし、コニファーは俺の手をぎゅっと握った。
それも両手で。
絶対逃がさんという意思が反映された握力だった。
でも、これでようやく落ち着いたらしい。
「落ちてきたところは土砂で塞がっていますね。ほかの出口を探さないと」
光るキノコを栽培しながら、星空のような洞窟を進む。
幻想的な光景。
それも美少女と手繋ぎ。
イルミネーション・デート。
それでも心拍数は平常値を下回っている。
やはり、人は見た目ではなく中身なのだろうか。
「……わかっているわよ。私の性格が終わっていることくらい」
コニファーはだいぶ参っているらしい。
脳内でアルコールでも出ているのか、久しぶりに会った同級生に飲み屋でくだを巻くOLみたいにヤサグレている。
「でも、置いてくことないじゃない」
うーん、と俺はうなる。
どっちの気持ちもわかる気がする。
ダンジョン最深部でパーティー追放はざまぁモノの定番だが、普通に殺人未遂だ。
でも、このお嬢様は置いてけぼりにしてやりたくなるようなキャラではある。
それこそ、ざまぁだ。
「出口、ないですね」
「もう終わりよ。出入り口は私たちが落ちたときに崩れたんだわ」
「後ろ向きですね」
「現実的なのよ。私は賢いもの。もうきっと永遠にこの闇の中でさまようしかないんだわ」
「そうです? でも、どうやら、ここでは俺のほうが賢いみたいですね」
俺は天井からぶら下がるドリル状の白い根を指で弾いた。
「出口がないなら作ればいいんですよ」
「それはなに?」
「ねじまきダイコンです。根の長さはせいぜいこのくらいです」
俺はおでこの高さに手のひらを上げた。
やる気のない敬礼みたいなポーズ。
1.5メートルほど上に地上があるわけだ。
「でも、簡単には崩せないわよ? 道具もないし。やっぱりもう終わりなのよ」
「道具ならありますよ。手頃な爆発物が。野イチゴなんですけど」
「そんなもの使ったら崩落するわ。生き埋めよ」
「そうはなりません。植物たちが守ってくれますからね」
植物の根には土砂崩れを防ぐほどの力がある。
崩落だって食い止めてくれるだろう。
俺は持ち合わせの種を壁や天井のもろそうな部分にねじ込んでいった。
「少しずつでいいので変わっていきませんか? 俺でよければ待ちますよ。お嬢様が変われるまで」
コニファーは優秀な魔術師だ。
だが、性格が抜身のナイフすぎる。
それも毒が塗ってあるうえに、本人は刺したがりときた。
これでは人が逃げていく一方だ。
「人は変わらないわ。生まれたように育つだけよ。私はどうせこんな奴なのよ」
「そうですね。植物も同じです。ダイコンの種がひまわりに育つことはありません」
「じゃあ、あなたは待ちぼうけになるわね。私はどうせダイコンだもの」
「でも、ダイコンだって意外と綺麗な花を咲かせますよ」
「枯れもするわ」
「種を落とすので翌年また咲きます」
俺はタケノコを地面に立て、魔力を込めた。
槍祓魔だ。
「今は土の中でも、そのうちお日様の下で咲き誇れますよ、きっと」
植物の根で覆われた天井に、竹の柱が整然と並ぶ。
竹筋コンクリートの建物もある。
強度的には問題ないはず。
「すごい……」
根で編み物みたいになった洞窟を見上げてコニファーがそうつぶやく。
「もし、ここから生きて光の下に出られたなら、あなたの臭い説教、少しは聞いてあげてもいいわ」
「約束ですよ?」
俺は爆閃イチゴのヘタを抜いて、コニファーの上に覆いかぶさった。
轟音が背中を打つ。
土砂崩れのような音がしたが、俺たちの頭上にはぱらぱらと土が降っただけだった。
体を起こすと、まぶしさに目がくらむ。
「……」
コニファーは芽吹いたばかりの若葉のように光の雨を仰いでいた。
「自分がつくづく一人じゃ何もできないとわかったわ。あなたがいなかったら、私、一生ここで泣き喚いていたと思うもの」
コニファーは少し笑って、言った。
「私、変われるように頑張ってみるわ」
「応援しますよ」
ユシィの声が遠くから聞こえる。
俺は根ではしごを作ってコニファーに勧めた。
「あなたが先に行きなさいよ」
腕組みして、ぷいっとそっぽを向かれる。
一刻も早く外に出たいだろうに先を譲ってくれた。
変わろうという意思の表れだろう。
「手が結ばれていますからね。一緒に行きましょうか」
「なら、そうしてあげるわ。感謝なさい」
「ありがとうございます、お嬢様」
俺たちは並んではしごに足を掛け、一歩ずつ光の中に這い出した。




