15 3人目
「よかったよ、二人が無事で!」
ダンジョンから出ると、そこは枯れ草が広がる庭だった。
ユシィがぱあっ、と笑顔を輝かせて駆け寄ってくる。
指が土まみれだ。
俺たちが落ちた床下を掘り返そうとしていたのだろう。
「心配させてしまいましたね、ユシィ」
「ううん。ケルンならきっと大丈夫だろうって思ってたよ。……っ?」
ユシィが俺を見て、コニファーを見る。
そして、手首を結ぶ緑の手錠を見て、まだ繋いだままの手を凝視する。
ちなみに、手錠には花が咲いていた。
ユシィはニチャアと笑った。
「おっやぁ? お二人さん、とても親しそうだね。ボクが目を離した隙に、二人は赤い……じゃなくて、緑の糸で結ばれてしまったのかなぁ?」
「おっさんなのか、おばさんなのかわからない顔でセクハラ発言をしないでくださいね」
「そ、そうよ。殴られたいなら凶器を持参しなさい。私は遠慮しないから」
「おやおやおやぁ? コニファーさん、お顔が赤いですねぇ」
「どうやら勇者の再選定が決定したようね。こいつは死ぬもの。今ここで!」
「まあまあ……」
二人をなだめたのち、俺はダンジョンの入り口を植物の根で封鎖した。
ダンジョンは稀少鉱石や魔石の宝庫。
ある種の鉱山みたいなものだ。
見つかったと知れば、領主は大喜びするだろう。
ユシィの手柄にもなる。
首の皮一枚だった勇者の座も、頸椎くらいは繋がったはずだ。
依頼としては大成功。
しかし、日は西に傾いている。
今夜は野宿になりそうだ。
コニファーにとっては試練のときとなる。
◇
「えへへ。可愛いねぇ」
「ユシィ、またおっさんかおばさんか判然としない顔になっていますよ」
森を出たところで野宿する。
焚き火を囲んで座る。
……いや、少し違うか。
焚き火に囲まれて座る、がより正確な表現だ。
闇を恐れるコニファーのために、四方に火を配した。
よって、熱い。
遠赤外線でじっくり焼かれている気分。
しかし、その甲斐あってか、コニファーは安心した様子で眠っている。
俺の膝をまくらにして。
「ずっと寝ていなかったようですね」
「そうみたいだね。ところで、ケルン。どんな気分? 美少女の膝まくらだよ?」
「いや、美少女に膝まくらでしょう。うま味半減です。ありがたみも皆無ですね」
無論、まごうことなき本心である。
◇
そして、朝がきた。
夜露が煌めく枝葉の合間を、ちゅんちゅんと小鳥が飛び交っている。
湿った燃えカスの匂いが鼻に心地よかった。
「んん……」
コニファーがまぶたをこする。
目を開けて上に俺を見つけると、さっと頬が赤らんだ。
「おはようございます、お嬢様」
「フン。おはようと言ってあげるわ。格別の慈悲にもだえなさい、……ケルン」
初めて名前で呼ばれた。
「何か心境に変化でも?」
「そうよ。あなたを奴隷扱いするのはやめてあげるわ。特別に市民階級に上げてあげるの。そのうえ、私の従者に召し上げてあげるわ。今後ともよく務めなさい、従者ケルン」
あげるあげるとたくさんの貰い物があった。
コニファーは体を起こし、目を泳がせながらチラチラと俺の顔をうかがっている。
「それと言ってあげるわ。ごめんなさい、と」
「鬼の霍乱ですか!?」
「あなたにはたくさんひどいことを言ったもの。よく愛想を尽かさなかったわね」
「打たれ慣れているだけですよ」
「フン。とにかく、もう伝えたから。それと、ありがとう。……も付け加えておくわ」
ぷいっ、と向こうを向き、コニファーは居心地が悪そうにしている。
おはよう、ごめん、ありがとう、ケルン。
たった一晩でびっくりするほどの歩み寄りだ。
どういたしまして、と俺は苦笑しながら答えておいた。
「おやおやぁ? 朝っぱらからお熱いですねぇ。くひひっ!」
日射しの後光を背負ったユシィが茂みの向こうから現れた。
ベルトを締め直している。
どこへ何しに行っていたのか尋ねるほど俺はデリカシーなし男ではない。
「ユシィ、朗報です。俺はお嬢様の従者に昇格したようですよ」
「お嬢様じゃないわ、コニファーよ。言い直しなさい」
「いいのですか? 名前でお呼びしても」
「私は言い直しなさいと命じたの」
「コニファー様」
「様は不要よ」
「ユシィ、こちらのお方、とても面倒臭いのですが……」
「厄介なのに懐かれたね、ケルン!」
「懐いてなんかないわよ!」
また喧嘩になるかと思ったが、コニファーは居住まいを正してユシィと向き合った。
「ユースハルト、傾聴なさい。あなたにも言っておきたいことがあるわ」
そう前置きして、数ミリほど頭を下げる。
「ごめんなさい、ひどい態度ばかりで。仮採用の件だけれど、遠慮なくクビにしてくれていいわ。私の振る舞いは仲間として失格だったもの」
「うまくいかないことは誰にでもあるよ」
ユシィは男の子みたいにあぐらを組んで、温和な笑みを浮かべた。
「反省して改めようとしている人にはチャンスがあって然るべきだ。そうだよね、ケルン」
「俺もそう思います」
頷くと、ユシィも威儀を正した。
「もし、コニファーがよければだけど、もう少しボクたちと一緒にいないかい? キミの魔法はとても頼りになるからね」
「その、ありが、とう……。私、頑張るわ」
まっすぐ人を刺すのは得意なくせに、謝意を述べるのは大の苦手らしい。
コニファーはブリの群れに襲われた小イワシみたいに目を泳がせて、頬を紅色にしている。
「……と、ところで、あれは何かしら?」
矛先をそらすように茂みの向こうに視線を投げる。
さっきまでユシィがいた茂み。
そこに何かキラキラしたものが見える。
植物だった。
繊細なガラス細工のようなそれは朝日の中で透明な光を振りまいている。
昨晩はなかったはずだが……。
「え!? な、なんであんなに、え!?」
ユシィはいち早くその正体に気づいたらしい。
顔どころか首まで焼けた鉄みたいに紅潮させて、あたふたしている。
俺も遅ればせながら気づいてしまった。
あれが、幽魔草であることに。
幽魔草の種は体内で魔力を吸い取り、それを糧として発芽する。
つまり、発芽したということは体内で魔力を吸った種が、体外へ放出されたわけで、そのへんにユシィが赤面する理由があるわけだ。
「なるほどね。ケルンの栽培魔法とユースハルトが持つ勇者の魔力。それであの急成長ということね。ほら見なさいよ、花が咲いたわ」
言わなくていいことを言わずにおれないのがコニファーである。
「み、見ちゃだめえ……!」
とユシィが俺たちの前で奇怪な踊りを披露する。
「我が従者ケルン、最初の命令を与えるわ。あれを採集なさい」
「え、本気ですかコニファー」
「だって、超がつくほど稀少な薬草なのでしょう? 売って活動資金にしましょう。勇者の魔力で芽吹いたものなら、きっとプレミアがつくわ」
「うわああああああああ!」
とユシィが聖剣を抜き、幽魔草のほうに突撃していった。
通り魔みたいに振り回している。
「なんて愚かなの。愚にもつかないプライドのために利益を棒に振るなんて」
コニファーはそう腐すが、時に合理性よりも優先されるものがあるのだ。
俺は戻ってきたユシィの肩にそっと手を置いた。
泣きそうな顔をしていた。
ともかく、こうして勇者パーティーに3人目の仲間が加わったのだった。




