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16 贈り物


 領主別邸に巣食う魔物の一掃と、新ダンジョンの発見。

 これに気をよくした領主が、国王宛に書簡を送ってくれた。

 内容は、勇者ユースハルトの活躍に惜しみない称賛を贈るもの。


「でも、これで勇者再選の話が立ち消えになるかと言えば、疑問が残るわね……」


 コニファーは眉間にしわを寄せ、怜悧な瞳を光らせた。

 目の下のくまはこの数日で改善傾向にあるが、目つきの悪さは相変わらずだ。


「勇者はいつの時代も憧れの的よ。腕に覚えのある騎士家系の貴族たちなんかは考えているでしょうね。おのれこそが聖剣の所持者にふさわしいと。つまり、怖いのは一人の称賛ではなく、大多数の悪評ということよ」


「真実が靴を履く前に、悪評は世界を半周している、というわけですね」


 俺はある作家の言葉を引用しつつ、しかし、意識の大半はパンにハムとチーズを挟む作業に向けられていた。


 宿屋1階、料亭。

 夕食の時間につき、店内は満員御礼の賑わいを見せている。


「ケルン、あなたって奴隷だったにしては学があるわよね。私の影響かしら」


 真向いの席でコニファーは誇らしげにしている。


「まあ、会って話をしているだけで自分まで賢くなったように感じるほどの知恵者って世の中にはいるものですけど」


「あなたにとってのそれが私というわけね」


 鼻の穴の奥に目があるのだろうか。

 コニファーはそのくらい鼻高々だ。


「そんなあなたに施しを与えるわ。昼の内に買っておいたのよ」


 コニファーが取り出したのは小さなポーチだった。


「いいんですか? 俺、プレゼントをもらうなんて生まれて初めてです」


 奴隷に財産を持つ権利はない。

 私物と呼べるものを持ったことは、転生以来一度もない。


「コニファー……俺、嬉しいです」


 目をうるうるさせると、


「か、勘違いしないでちょうだい」


 と典型的なツンデレムーブでコニファーは仏頂面になる。


「私は有能な従者を見つけたから効果的に運用しようとしているだけよ。これはご褒美を与えて手懐けるという知的戦略なの。つまり、餌付けよ」


「それなら、遠慮なくもらっておきます」


 俺は三拝九拝で受け取った。

 小さなポケットやスリットがたくさんついている。

 言われるまでもなく、種を入れるためのポーチだとわかった。


「これは便利そうですね」


「当たり前じゃない。私が選んだのだから。ちなみに、私的な使用は一切禁止よ。私のためだけに使いなさい。社会貢献も決して許さないわ。小さい子が困っていても放っておきなさい。もちろん、それを使わないなら止めはしないけれど」


「だいぶ用途が限られますね……。でも、ありがとうございます、コニファー」


「礼はいらないわ。でも、心の底から私を崇めなさい。そして、私に心酔し、感嘆の息を漏らすの。このお漏らし君。フン!」


 意味はよくわからない。

 だが、コニファーが柄にもなく照れているのは、赤みを帯びた頬を見れば伝わってくる。


「嬉しいです」


 リップサービスとかではなく、本当に。

 なんせ初めての贈り物だ。


「大切にします!」


「よい心がけだわ。フン!」


 こうして、俺とコニファーが微笑ましい夕餉の一幕を過ごしている間、同じテーブルでは、ユシィが浮かない顔をしていた。

 山盛りのミートボール入りスパゲティを前にしてローテンションとは、やはり男の子ではないのだろうか。


「明日あたり、また依頼に行かないと。やっぱり魔王軍の幹部を倒すとかしないと、成果としては弱いのかなぁ……」


「ユシィは首がかかってますからね」


「もぉ、言わないでよぉ……」


 ぷくぅー、と頬が膨らむ。

 見ているだけで癒やされる小動物系のユシィだが、政治は残酷だ。

 戦力にならないと判断されれば躊躇なくパージされるのだろう。


「ユシィ、首が繋がっているうちでないと、食べたものはお腹に届きませんよ。今は食べることに集中しましょう」


「あら、私より毒舌がいるわ」


「ホントだよぉ……」





 夕食を終え、2階に上がる。

 おのおの自分の部屋に向かう段になって、コニファーが俺の服の裾を柔らかく引っ張った。

 甘えるような顔をしている。

 もっとも、コニファーの「甘える」は、傍目には至近距離でガン飛ばす女番長に見えるようだが。


「私の部屋に来なさいよ」


 自室にはけようとしていたユシィが急ブレーキをかけて廊下に戻り、こっちを見て、ニチャアとする。

 俺としては、ちょっとツラ貸せや、と体育館裏に呼び出しを食らった気分。


「えっと、聞き間違えですか?」


「あなたは間違いだらけの人生でしょうね。でも、私は言い間違いなんてしないわ。賢いもの。私はこう命じたの。部屋に来なさいと」


 ユシィの口角がまた一段階上がり、目尻は一段と下がる。

 およそ勇者らしからぬ、ふにゃけ笑いだ。


「私は寝つきが悪いのよ。寝かしつけなさいよ」


「しかし、男女が同じ部屋というのは」


「問題ないわ。だって、従者は家具みたいなものだもの。ケルン、あなたは私の家具よ、お気に入りのね」


 お気に入り。

 そう言ってからコニファーは頬を染め、誤魔化すようにそっぽを向いて咳払いした。

 そして、もはや、ユシィの顔は人間の顔ではなくなっている。

 そういう妖怪だ。


「何も同衾しようと言っているわけじゃないわ。膝まくらが欲しいだけ。腕枕でもいいわ」


 引きずられるようにしてコニファーの部屋に連れ込まれる。


「それ、限りなく同衾では?」


「ボクの膝じゃダメ?」


「ダメよ。私は枕にこだわりを持っているの。私の頭を乗せるのよ? そのへんの脚でいいわけないじゃない。どうしてそんな簡単なこともわからないの。頭は考えるために使いなさい。頭突き用の鈍器か何かだと思っているのかしら、このへっぽこ勇者は」


「へぽ……」


 打ちのめされたユシィが部屋の隅で体育座りになった。


 そうして、どうにかコニファーを寝かしつけ、部屋中に光るキノコを植え付けてから俺は廊下に出る。


「大丈夫なのかな……」


 ユシィがうつむきがちに言った。

 勇者の再選定についてのことだろうと察しはついた。


「大丈夫ですよ、きっと」


「ずいぶん簡単に言うんだね、ケルンは」


 ユシィが珍しく気色ばんだ。

 しかし、そんな自分に驚いた様子で、


「ご、ごめん、ケルン」


 と陳謝する。


「でも、ボクのことも見てね?」


 俺がコニファーにかかり切りになっていることを、不満に思ったのかもしれない。


「もちろん、俺はユシィのことを一番に考えていますよ」


 半分冗談で言う。

 無論、ユシィの性別いかんでは本気で言うこともやぶさかではない。


「えへへ、ありがと」


 ユシィはそわそわと短い髪をいじり、


「それじゃお休み、ケルン」


 そう言いつつも自室ではなく宿の外に向かったのは、聖剣で素振りでもするつもりだろう。

 ユシィは努力家で朝晩欠かさず剣を振っている。

 結果さえついてくれば立派な勇者様なのだ。

 俺は小さな後ろ姿に頑張れとエールを送り、自室に戻った。





 その翌日のことだった。

 王都から使者が訪ねてきたのは。


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