17 勇査の女
「勇者様、こちらでございましたか」
逗留中の宿の1階。
人のまばらな朝の料亭にバカバカと重厚な足音が響いた。
武骨な一団が我が物顔でホールを横切り、俺たちのテーブルの前で足を止める。
一団を率いる女騎士がお手本のような敬礼で言った。
「わたくしはリュネット・マルサレンズ。勇査部所属の三等騎士でございます。本日は査察のために王都より参りました」
テキパキとそう名乗り、ちゃきりと眼鏡を正す。
歳はハタチ前後。
面差しの雰囲気は、読書好きの学級委員長といったところ。
しかし、肩をそびやかしたたたずまいは体育会系のそれであり、引き結んだ口には税務署勤め風の厳格さがあった。
コニファーとはまた違った怖い印象の持ち主だ。
身分証のつもりだろう。
金細工をあしらった星型の十字架を警察手帳みたいに提示している。
ちなみに、眼鏡も金縁だ。
古来より金には破魔の力があるとされる。
この世界で金を身につけるのは聖職者と相場が決まっている。
いわゆる、教会騎士なのだろう。
俺はそんな考察をしながらパンを頬張った。
向かいの席ではコニファーが上品に紅茶を味わっている。
一方、隣に座るユシィは氷の彫像と化していた。
「勇者様ともあろうお方がよもやこのような安宿に泊まっておられるとは。品位あるお宿から順に捜させていただきましたので、ずいぶんと時間がかかりました。まさかとは思いますが、査察逃れのために隠れておられたわけではありませんよね?」
レンズの奥に異様な光が宿る。
「そ、そんな、まさか。ボクはお高いところは苦手なんだ。王城とか社交ダンスも……」
「そうですか。しかし、ユースハルト様は勇者となられた折、中級貴族に相当する爵位を授かったはずです。思慮分別は持っていただかないと」
「う、うん。ごめんなさい……」
怒られた子供みたいになっているユシィに、俺は小声で問う。
「勇査ってなんです?」
「勇者査察部のことだよ。簡単に言うと、勇者を採点する人、かな」
「あー……」
だとしたら、ユシィが凍りつくのも納得だ。
要するに、税金滞納者のところに税務署職員が乗り込んできた構図だ。
そして、滞納ありと判断された場合、ユシィは聖剣を差し押さえられてしまう。
その後の運命は残酷だ。
ユシィは断頭台へと続く暗い道を引かれていくことになる。
勇者再選のための生贄として。
「失礼いたします」
リュネットは俺の斜向かい、コニファーの隣に腰を下ろした。
お供の兵士たちがテーブルの周りに生垣のように並ぶ。
いかめしい顔。
角ばった鎧。
汗の臭い。
さすがに食欲が失せた。
「さっそくですが、ユースハルト様が置かれている現状について確認させていただきます」
羊皮紙の上でトン、と羽根ペンが音を立てる。
「率直に申し上げて、ユースハルト様に対するわたくしの心証はあまり芳しいものではありません。パーティーメンバーの方々にも三行半を突き付けられたと報告を受けております。何か申し開きはございますでしょうか」
リュネットの言葉に非難するニュアンスはなかったが、ユシィは下を向いてしまった。
「え、ええっと、その、それは……。でも、今は新しい仲間がいるから」
「新しい仲間、ですか。そちらも報告を受けております」
レンズ越しに鷹っぽい目が光った。
「コニファー様は由緒ある家系のお方。学業においても比類なき功績を残されており、申し分なしの一言に尽きます。……しかし」
その先は口にしない。
だが、俺に向けられた冷めた目を見れば、言わんとしていることは明白。
俺の査察結果は、――不適格。
出所不明な馬の骨。
自分でも常々そう思っているので腹も立たない。
残当だ。
「そういうことなら、俺は席を外しますね」
「いえ、経緯はどうあれケルン様も勇者パーティーの一員です。査察対象でもありますので、ご同席いただケルンです。……フッ」
「…………」
なんだろう。
今、リュネットの口角が小さく上がった気がした。
本当に一瞬だったが。
名前で遊ばれた気もする。
勇査部所属の三等騎士。
その崇高な肩書きに免じて、一度だけ気づかなかったことにするか。
「それでは、ユースハルト様、活動報告をお聞かせ願えますか? あらかじめ申し伝えておきますが、虚偽の報告を行った場合、あなたは罪に問われ、重大な、ペナルティを、負うことに、なります」
言葉の節に合わせてペン先が威圧的な音を発する。
見下ろすような目は子供の嘘を見抜こうとする教師のそれだった。
「ボク……」
「はい」
「ゴブリンをその、倒して……」
「はい」
「それでその……」
しゃべっていくうちにユシィの声は尻すぼみに小さくなり、テーブルを前髪がなでるほど下を向いてしまった。
予想以上にアピールできることが少ない。
先日初めてゴブリンを1体倒したばかりだ。
ダンジョン発見の功は、いち領主レベルで見れば勲章ものだろう。
だが、それが勇者の仕事かと問われれば、ノー。
「それだけですか?」
すべてを聞き終えたうえでリュネットはため息まじりにそう言った。
まばたきしない目が恐ろしい。
「ご、ごめ――」
とユシィが謝罪する前に、
「査察というより、まるで尋問ね」
黙って聞いていた我らがパーティーの毒ナイフ担当がついに口を開いた。
「……」
「……」
コニファー対リュネット。
恐怖のマッチアップ。
俺とユシィは弱い亀みたいに首をすぼめた。
「突然押しかけてきて一体なんなのかしら。教会にとって勇者は信仰の対象でしょう? しかるに、あなたの言動からはユースハルトを追い詰めようとする強い意図が感じられるわ。さしずめユースハルトの後釜を狙う脳筋貴族に忖度しているのでしょう」
リュネットの表情はレンズの照り返しで読み取れなかった。
「信仰すべき対象だからこそ厳格に適性を見極める必要があるのです。勇者であるユースハルト様には信仰を集めるにたる成果を残していただかないと」
勇者信仰――。
この世界の勇者は、女神の落とし子だとか、半人半神だとか、現人神だとか、いろいろな能書きで祀り上げられている。
だが、奴隷階級だった俺のところまでその威光が届いたことはない。
俺を脱柵奴隷と知ったうえで仲間になってほしいと言ってくれたユシィは、俺の中では100点の勇者像だ。
「彼女を論破することなんて私からすれば造作もないことだけれど、不毛だからやめるわ。結局、世の中って成果なのよね。ユースハルトにそれがあるなら査察を恐れることなんてないの。成果がないなら早く死になさい。それが世の中のためよ」
コニファーはフンと鼻を鳴らした。
味方してもらえると思っていたユシィは命綱が切れたロッククライマーみたいな絶望の表情をしている。
ユシィには酷な話だが、これがコニファーという人物だ。
その毒は周囲にあるものを等しく蝕むのである。
「それでは、査察結果について述べさせていただきます」
リュネットは、ともすれば、死刑判決とも言えるそれを単なる業務連絡くらいの口振りで告げた。
「ユースハルト様は勇者として欠格です。ゴブリン1匹の討滅などおよそ話になりません」
「ま、待って……! やだ、ボク頑張るから! だ、だから待ってよ!」
「いえ、ユースハルト様こそお待ちください」
とリュネットはユシィの待ったに待ったを重ね掛けする。
「何もわたくしの仕事は失格の烙印を押すことではありません。むしろ、ここにはユースハルト様にとって挽回のチャンスを持ってきたのです」
一枚の羊皮紙が差し出される。
それは冒険者ギルドに張り出されている依頼書に似ていた。
だが、もっと格式のあるものだ。
「実は先日、ツインゼヴァル要塞が魔王軍の奇襲を受け、陥落、占領されたのです」
羊皮紙には命令書と記されている。
要塞を奪還せよ、という文言とともに。
「勇者ユースハルト様以下、勇者パーティーの皆様には、ツインゼヴァル要塞を奪還していただきます。査察の最終評価はそれをもちまして、決定させていただくものとします」




