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18 黒き死の谷


 俺はこれまで勇者パーティーをよくわかっていなかった。

 討伐専門の冒険者だと軽く考えていた。

 でも、実際は、軍隊。

 それも特殊部隊という位置付けらしい。

 国王直下の機動部隊であり、王国全土を巡業しながら各地の魔物を駆逐する。

 それが勇者パーティーだ。

 勇者ユシィはその隊長兼主砲というわけだ。


「リュネットさん、俺も王国兵なんですか?」


 気になったので尋ねてみた。

 リュネットは真面目過ぎて面白みに欠ける家庭教師みたいな顔で頷いた。


「はい。ケルン様とコニファー様も勇者パーティーに加入された以上、軍の傘下に参加したものとみなされます。……フッ」


「……」


 真顔の中に一瞬だけニヤケ顔がよぎった気がする。

 目をこすって再度見ても、リュネットは素人が掘ったダビデ像みたいな硬い表情で固まっている。


「今、ダジャレ言いました?」


「なんのことでしょう?」


「……」


 俺が腹を抱えて笑えば、彼女は満足なのだろうか。

 しかし、いかんせん、まとっている空気が恐ろしい。

 口角を上げられる自信がない。

 このまま腹を抱えても単に腹痛を訴える人になってしまうだろう。


「気に食わないわ」


 コニファーは命令書を2本指でつまみ、男子から借りた教科書におっぱいの落書きを見つけたような面持ちで不機嫌さをあらわにした。


「私の本業は冒険者なのよ? 要塞奪還だなんて。戦争は門外漢だわ。それに私に命令するなんて何様のつもりかしら?」


「命令権者は国王陛下です」


「あら、……そう」


「褒美というわけではありませんが、戦功を冒険者ランクに反映してもらえるよう、わたくしが冒険者ギルドに掛け合ってみましょう」


「じゃあ、やるわ。お願いね、リュネット」


「はい。承知いたしました」


 コニファーはあっさりと丸め込まれてしまった。

 こうして、一大イベントが動き出したのだった。





「魔王軍の手に落ちた要塞を奪還せよ。いかにも勇者らしい仕事ですね」


 俺は隣を歩くユシィに話を振った。

 杉の森に伸びる街道。

 尖った葉で細切れにされた陽光が道の上に散らばっている。

 町を出て、2日。

 旅をしていると、これぞ勇者パーティーという感慨の念が湧いてくる。


「う、うん……」


 しかし、ユシィは心ここにあらずだ。

 後ろではリュネット率いる勇査部が目を光らせ、行く手に待つのは魔物に占拠された要塞。

 楽しい旅とはいかないか。

 馬車を降りて徒歩で進んでいるのもユシィの顔色が優れないからだった。


 植物採集とキノコ狩りをしているうちに、杉の森が開けた。

 目の前に現れたのは、深い谷。

 谷幅は6、70メートルほど。

 ミルクレープの断面みたいな断崖絶壁のはるか下を川が流れている。


「黒き死の谷です」


 トイレは向かって右奥となっております、くらいの熱量でリュネットが教えてくれた。


「不思議ですね」


 というのが俺の感想。


「普通、峡谷は急流と相場が決まっているのですが」


 ほぼ垂直な岩肌に対して、谷川の流れは穏やかそのもの。

 水路になっているらしく、帆を畳んだ帆船の上で水夫たちが退屈そうにしていた。


「対岸も杉の森なんですね。谷を隔てれば植生にも多少の差異がありそうなものですけど」


 草木ばかりか大地の起伏までぴったり一致している。

 岩の配置もだ。

 対岸に見える大岩と、こちらにある大岩。

 まるで、かつてはひとつの岩だったかのように鏡映しの断面をさらしている。


「切ったケーキみたいですね」


「まさにその通りだよ。昔の勇者が聖剣でぶった斬ったって伝説が残されているんだ。『六怪』ごとね」


 道中、うつむきがちだったユシィが顔を上げてくれたので、俺は少しホッとした。


「六怪というと、何百年も生きている魔物でしたっけ?」


「そ。魔物というより、ほとんど天変地異だね。ときには国すらも滅ぼすから」


 そんな大災厄をひと振りで消し炭するのだから、伝説の勇者様はさすがというほかない。

 と思ったが、口に出せばユシィへの皮肉になるので、やめておく。


「この谷の名もその伝説に由来するのですよ」


 眼鏡をちゃきりと鳴らし、リュネットが愛想のないAI観光ガイドみたいな口調で割り込んできた。


「『黒き死』は六怪最悪と言われ、当時、魔王よりも恐れられた強大な魔物でした。国崩しにとどまらず、月すらも食らったと伝説にはあります。まさにこの場所で当時の勇者様が激闘を繰り広げ、その聖剣より閃いた黄金の一撃が『黒き死』もろとも大地を二分したのです」


「聖剣ということは……」


 俺はユシィを見た。

 その背にある勇者然としたものを。


「うん。その伝説の聖剣なら、現物がここにあるね」


 ユシィは聖剣を引き抜き、言った。


「黒き死を葬った勇者の剣、『金葬剣シュヴェアガルド』――」


 木漏れ日の中で金の刃が鋭くまたたいた。

 そのとき、対岸の森がざわりと大きく動いた気がした。

 目を凝らしても、これといった異変は認められない。

 不気味な黒い森が広がっているだけだった。


「伝説の再来を目の当たりにできるのですから、わたくしは幸せ者です。期待しております、勇者ユースハルト様」


 リュネットの底冷えする目がレンズの向こうで不気味に光る。

 ユシィはまた、枯れたひまわりみたいに下を向いてしまった。


「落ち込むことないわ」


 とコニファーが珍しく気遣いを見せる。


「伝説なんて、得てして盛られているものよ。ちょっと考えたらわかるじゃない。剣で地面が斬れるわけないわ。アホなのかしら」


 教会騎士の前で勇者伝説を――神話をこき下ろすとは。

 さすがコニファーお嬢様だ。

 リュネットがほんの刹那、殺伐とした空気を剥き出しにした。


「つまり、コニファー様はこうお考えなのですね? 古代の勇者様のお話は誇大であると」


 いや、俺の勘違いだったらしい。

 キリッとした顔の中に刹那のニヤケ笑いが挿入されていた。

 よくわからない人だ。


 そうこうしているうちに、ツインゼヴァル要塞が見えてきたのだった。


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