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6 一粒の麦


 ぽいっ、と。

 俺が幽魔草の種を放り投げると、ユースハルトは愛犬を蹴られたような顔をした。


「な……、何するんだ!」


 と当然のごとく憤る。

 そして、俺に食ってかかるか、それとも種を拾うかで逡巡し、後者を採択。

 種に手を伸ばしたところで、


「あう!?」


 ユースハルトはアッパーカットをくらったみたいにひっくり返った。

 種があったあたりから間欠泉みたいに何か噴き出す。

 水晶質の、草。

 あっという間にひまわりくらいの背丈になって、クリスタル風の花弁を広げた。

 花が散り、実を結ぶ。

 腰を抜かしたユースハルトの前にぽろぽろと種が転がった。

 幽魔草の種だ。

 月明かりを集めてブリリアントな光を振りまいている。


「はい、量産できましたよ」


 俺が微笑みかけると、ユースハルトは表情筋をすべて機能停止させたまま首をかしげた。


「一粒の麦というやつですね。種って植えて育てると増えるんです。まあ、当然ですけど」


 俺はかき集めた種をライスシャワーっぽく降らせた。

 米粒よりよほど縁起がよさげだ。

 鳩豆顔のユースハルトが少し表情を取り戻した。


「でも、幽魔草って種をつけるのに100年かかるんじゃ……。そもそも、どうやって、こんなに育てたの!?」


「栽培魔法といって俺の固有魔法なんです。さっきの爆発も植物の力だったんですよ。あっ、そこに転がっている雷電イモは踏まないよう気をつけてください。成長を促進させて電圧を高めていますから、触れたらゾウでもない限り即死です」


「……」


 またぽかーんとされた。

 森で会った初対面の奴に、急にいろいろ言われても頭が追いつかないか。

 俺は背筋を伸ばした。


「申し訳ありません。名乗るのが遅れました。俺はケルンといいます。駆け出しですが、冒険者をしています。勇者ユースハルト様にお目にかかれて光栄でございま――」


「ねえ、ケルン! ボクのパーティーに入ってよ!」


 ひったくり犯じみた勢いで手を引かれ、今度は俺が放心する番になった。

 幽魔草の種より輝く瞳が、キラキラの度合いを強めつつ間近に見つめてくる。

 ボクのパーティーに入って――。

 それはつまり、


「俺が勇者パーティーにってことですか?」


「そうだよ! ダメかい?」


「ダメとかではなくて、その、唐突と申しますか……」


 相手は勇者。

 この世界のトップスター。

 球界でたとえるなら、三冠王。

 そんな生ける偉人みたいな人物から「お前ちょっと打席に入ってくれよ」とユニフォームを渡されても、「はーい!」と即答できるパンピーはそうそういないだろう。

 いたとしても、きっとそいつは一塁の上でバットにまたがってホームに盗塁を仕掛けるようなトンチンカンに違いない。

 などと俺は混乱する頭でよくわからないたとえをした。


「無茶苦茶なお願いだってことはわかっているんだ。でも、このままじゃボクは聖剣を取り上げられてしまう。仲間たちに勇者失格の烙印を押されたから。でも、キミが力を貸してくれるなら再起の芽がある。ここはボクを助けると思って、お願いっ!」


 なるほど。

 打席に入れというよりは、裏方として選手を支えろ、というわけか。

 それなら俺にもできるだろう。


 勇者パーティーの一員。

 とても名誉なことだ。

 ゆえに、答えはノーだ。


「隠すつもりはなかったのですが、俺は脱柵奴隷なんです。農奴でしたが、嫌になって逃げてきました」


 逃げ出した奴隷の末路は悲惨だ。

 捕まれば連れ戻され、見せしめに四肢を斬り落とされる。

 すぐには殺してもらえず、死ぬまで畑のかかしにされる。

 死ねば、文字通りの家畜の餌。

 あるいは、肥溜めでじっくり発酵させてから畑の肥やしだ。

 ユースハルトにとっても奴隷が仲間だなんて、恥の上塗りだろう。


 そう思ったのだが、ユースハルトの両目の輝きは1ルーメンも陰らなかった。


「キミが自分の出自について引け目を感じているのはわかったよ。でも、ボクにはキミが天使みたいに見えるんだ」


 どっちかというとお前のほうが天使に見えるが、と思ったが、もちろん言わない。


「奴隷なんて家畜ですよ?」


「キミは家畜なんかじゃない。勇気があって正直者で、とっても尊敬できる人だ!」


 そんなふうに言われたのは初めてだ。

 ちょろいもので、ノーと書かれた俺の手のひらは波をかぶった砂像のように崩れてしまった。


「もう決めた! ボクはキミを勇者パーティーに入れる! 絶対にだ! うんと言うまで離すもんか!」


 ユースハルトは相撲の体験教室に来た子供みたいに腰にじゃれついてきた。

 華奢な体だ。

 やぐら投げでも、合掌ひねりでも、簡単に決まりそうだ。

 それでも、俺は押し負けた。

 電車道でだ。


「わかりました。俺にできる範囲で勇者様に協力させてください」


「やったあー! ありがとう、ケルン!」





 こうして、勇者パーティーの一員となった俺だったが、最初の仕事は幽魔草を量産することだった。

 栽培魔法を使えばあれよあれよという間に結晶質の草原ができる。

 月明かりを照り返す、神秘的な光景だ。


「ケルン、それ、どうするの?」


「勇者様には必要なものですし、売れば今夜の宿代になるかと思いまして」


「でも、いいのかな? こんなにいっぱい」


「超稀少薬草って量産しちゃダメでしたっけ?」


「ダメじゃないと思うけど、種1粒で家が建つほどの代物だよ?」


「もはやダイヤモンドですね」


 下手に市場に流すと、価格暴落で争いの種になるか。

 でも、ある程度、流通させておいたほうが再入手が容易になる。


「上手に売りましょう!」


「売らない選択肢はないんだね」


「それはもう!」


 そんな話をしているうちに、地面は宝石の砂浜みたいになった。


「わぁー! 幽魔草の種がいっぱいだ!」


 ユースハルトは種のシャワーを降らせてスキップしている。

 はしゃぎ方が豪雪地帯に来た南国の子だ。


「一粒万倍日ですね、勇者様」


 懐かしい言葉を思い出してそう言うと、ユースハルトは少し顔をしかめた。


「ボクのことはユシィって呼んで。子供の頃の呼び名だけど」


 勇者と呼ばれるのは嬉しくない、か。


「では、恐縮しつつユシィ様と呼ばせていただきます」


「様もダーメ。ボクたちはもう仲間だもの。対等な関係だ。そんな丁寧な言葉遣いもいらないよ?」


「呼び捨てはともかく、言葉遣いについては聞けない相談です。なんせ舐めた口を利くと滅多打ちにされる環境で育ちましたもので」


 タメ口は本能的に怖気が走る。

 ご容赦いただきたい。

 ユースハルトは苦笑気味に承知してくれた。


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