5 最後の種
魔狼たちは細切れ肉になって散らばっていた。
地面には小さなクレーター。
「野イチゴの威力じゃないな……」
そもそも、野イチゴの威力ってなんだろう、と巨大な疑問に俺は苛まれた。
苦笑を禁じ得ない。
摘果して粒径を極限まで大きくしたら、攻城兵器級の野イチゴが爆誕するのではないだろうか。
野イチゴに城攻めできる可能性があるのだ。
異世界の懐の深さには感服するよりほかにない。
「お怪我はないですか、勇者様」
俺は敷布団にしていたユースハルトの手を引いた。
トタン板みたいに薄い体だった。
手のひらは子猫のお腹のように柔らかい。
「……ボクを助けてくれたの?」
少し涙の浮いた目が揺れながら見上げてくる。
頬の皮膚が和紙みたいに薄い。
女の子の顔だ。
しかし、髪はボーイッシュ。
そして、胸はコクワガタですら爪を掛けるところを見出せないほどの断崖絶壁。
「どうやらお困りのようでしたから」
俺は頬をぽりぽりしながら答えた。
なぜ照れているのだろう、とふと冷静になる。
ユースハルトが男なら、照れる要素は何もない。
性別に見当がつかないから脳がエラーをきたしているらしい。
美少年か、美少女か。
いちいち迷うのも面倒だ。
ここは天使形式で無性と定義しよう。
天使じみた綺麗な顔立ちだから、翼と輪っかを追加するだけで事足りる。
「魔物って意外と弱いんですね」
俺は初めて修羅場をくぐった高揚感に任せて言った。
「……そう、だね」
ユースハルトは下唇を噛んだ。
どうやら勇者様のメンツを潰す発言になってしまったらしい。
軽率だった。
謝るのもかえって失礼なので、ケロッとしておく。
「勇者様、もう暗くなってきましたし、町へ帰りましょう」
陰気な空気を換気するつもりで、俺は明るい声を出した。
「ボクを勇者様なんて呼ばないで。そう呼ばれる資格はどうやらないみたいだ」
ユースハルトは力なく笑っている。
声の端は惨めなくらいに震えていた。
「助ける側が助けられちゃったね。仲間にも見限られちゃったし。キミも幻滅したよね、えへへ」
俺が一部始終を見ていたことに気づいているようだ。
しらを切るのも白々しいか。
「覗き見してしまい申し訳ありません。その、なんと申しますか、聖剣をうまく扱えていないようでしたね」
「そうなんだ。ボク自身、どうして勇者に選ばれたのかわからないんだ」
ユースハルトは木の幹に刺さっていた聖剣を引き抜いた。
さっさと背中の鞘に納めてしまったのは、聖剣を1秒とて見ていたくないかららしい。
勇者の証を重荷に感じているのだ。
「ただの言い訳だけど、ボクは生まれつき、人より魔力が多かったんだ。自分でも手に負えなくて、まるで体の中に暴れん坊の龍を飼っているみたいだよ」
聖剣を持って戦うユースハルト。
その姿が俺の目には、ホースの水圧に振り回される新米消防士に見えた。
いみじくも、その通りだったらしい。
自分の持つ水圧を掌握できていないのだ。
体質に関係なく、思春期はとかく魔力が乱れがちだ。
俺も12、3歳のときには、朝起きたら寝床が草まみれになっていた経験が何度かある。
牛や馬が草を求めて群がっていた、なんて寝起きドッキリもあった。
「仲間たちにも迷惑をかけちゃったよ」
水をかけられるだけなら仲間の消防士たちもあきれるだけですむ。
火を消し止めた後で、「この馬鹿!」と一発殴って始末書でも書かせればいい。
だが、聖剣の暴走は「後」がない。
巻き込まれたら死ぬ。
魔王を屠る剣に殺されるなんて勇者パーティーの名折れだ。
末代まで笑われる。
うんざりだ、と言って去っていったメンバーたちの気持ちもよくわかる。
「膨大な魔力を御しきれず、せっかくのポテンシャルを活かせない。もったいないですね。何か魔力を制御する方法はないのですか?」
俺は世間話程度に尋ねた。
「あるにはあるんだ」
ユースハルトはポケットをまさぐり、手を開いた。
そこには水晶から削り出したような1粒の種があった。
ネックレスやブローチに埋め込めば、そのまま立派なジュエリーとなりそうな種子。
「幽魔草の種だよ。ドラゴンみたいな大きな魔物に食べられて、体の中で魔力を吸い取ってから発芽するって性質があるんだ」
「なるほど。これを摂取して魔力を吸わせている間は魔力量が減る、制御できるようになる、と」
ユースハルトはこくりと頷いた。
そんな便利な代物を使おうとしないのは、なんらかの事情があるのだろう。
「幽魔草はね、超稀少薬草なんだ。遠い異国の山奥でしか手に入らない。それに、種をつけるのに100年かかると言われているんだ」
「桃や栗の比ではないですね」
超稀少、かつ、一度きりのディスポ品。
買い求めようにも市場は品薄、費用は莫大。
産地が異国では採りに行くこともままならない。
この様子だと国の支援も望めないのだろう。
八方塞がりだ。
「これが最後の1粒なんだ。ボクが勇者になれるのはあと1回だけ」
「……」
「このままじゃボクはお役御免だ。勇者をクビになるなんて前代未聞だよ。期待してくれたすべての人を落胆させてしまう」
ユースハルトはまたしくしくと泣き始めた。
「やっぱりボクなんか勇者になるべきじゃなかったんだ」
「それはどうでしょうか」
俺は震える小さな手から種をもぎ取った。
それを地面に投げ捨てた。




