4 勇者と魔物たち
「もううんざりなんだよ! お前のお守りは!」
西日であかね色に染まった森。
男女が5人、口角泡を飛ばして何事か言い募っている。
雰囲気的には、よくある仲間割れだ。
しかし、聞き捨てならない単語がちらほら聞こえてくる。
「ユースハルト、あんたは歴代勇者の中でも最悪だ。とんだゴミ! なんの役にも立ちゃしねえ!」
「オレたちだってボランティアじゃねえんだよ。出世がかかってんだ。一族の期待背負って勇者パーティーやってんだよ!」
「みんな、ほとほと愛想が尽きたのよ。あなたみたいな尻の青いガキに付き合ってられないわ。今からでも別の勇者に乗り換えてやる」
「待ってよ、みんな……!」
勇者――。
魔王と対をなす者。
人類の切り札にして、世界の希望。
勇者パーティーといえば、それを支えるドリームチームだ。
驚いた。
勇者様とその御一行に、よもや、こんななんの変哲もない森の中で出会おうとは。
近所のスーパーでメジャーリーガーを見かけた気分。
俺は何食わぬ顔で商品棚、もとい、雑草に目を落とした。
しかし、意識は完全に勇者御一行のほうに持っていかれている。
「ボク、頑張るから! だから、お願い! やめるなんて言わないで!」
ボーイッシュな美少女、あるいは、中性的な少年か。
ユースハルトと呼ばれた人物が未練たらしく泣きすがっている。
あれが勇者か。
ここ、ダイグラシア王国には勇者が3人いると聞く。
その一人がたしかユースハルトだったはずだ。
勇者然とした風格は微塵もない。
聖剣を持って戦場を駆けるより、体育館裏でこわもてのクラスメイトに「友達だろ?」とたかられ、北里柴三郎のポートレート集を供出するほうが似合っていそうだ。
要するに、金づる。
いじめられっ子と言い換えてもいい。
「みっともねえ声出しやがって。そんなんで魔王軍とやり合えるわけねえだろ、ゴミが」
「ったく、なんで聖武器はこんなポンコツを勇者に選んだんだ?」
「鬼の霍乱でしょ。本当に迷惑な話だわ」
ぞろぞろとパーティーメンバーが去っていく。
「待ってよ、みんな! ねえ、待ってってば! ボク頑張るから、だから……!」
勇者ユースハルトは懸命に止める。
だが、傍目にはおもちゃ売り場でギャン泣きする幼子にしか見えなかった。
一段と暗さを増した森の、いたたまれない静寂の中で、ユースハルトは呆然と立ち尽くしていた。
見てはいけないものを見てしまったようだ。
俺は半額の惣菜を見つけた主婦のような顔でその場を立ち去ろうとした。
「……誰?」
と声をかけられる。
さすが勇者様だ。
物音は立てていないはずだが、俺の存在を感じ取ったらしい。
後頭部でも掻きながら出ていこうとしたところで、おや、と俺は首をかしげた。
ユースハルトはこちらに背を向けている。
その視線の先、残照で赤黒くなった茂みの奥に光る目がいくつも浮かんでいた。
「グルルルル……」
茂みの中から現れたのは乱杭歯の狼たち。
魔物だった。
釣りにも朝マズメ、夕マズメがあるように、この時間帯は魔物の動きが活発になりがちだ。
森の中で騒ぐものだから、呼び寄せてしまったらしい。
しかし、そこは勇者様だ。
魔祓いのスペシャリスト。
あの狼たちはパトカーの前に身投げする逃亡犯も同じだ。
「魔狼種……」
小さくつぶやき、ユースハルトは背負っていた剣を抜いた。
常夜灯が点いたように暗い森が金色で満たされる。
黄金の剣。
あれが勇者を選定するという聖武器――聖剣か。
勇者でなければ触れることすら叶わない、勇者の証。
でも、どこか様子がおかしい。
風雨にさらされた松明さながらに聖剣の光は不安定に揺れている。
「お願い! ボクの言うことを聞いて!」
ユースハルトの額に浮かんだ玉の汗が、金色に光っている。
狼たちが一斉に動いた。
聖剣が闇を薙ぐ。
金の光が龍のように暴れた。
派手な明滅で目がくらむ。
いかにも一瞬で魔物を屠っていそうな絵ヅラだ。
だが、狼たちは光の奔流を巧みに躱し、ユースハルトに迫った。
剣が暴れていた。
まるで水圧に負けて消火用ホースにもてあそばれる新米消防士みたいに、ユースハルトは聖剣に振り回されていた。
筆舌に尽くしがたい威力なのはわかる。
金の光にさらされた木々が消し飛び、地面が爆ぜているのを見れば。
だが、制御不能。
酔って暴れるヤマタノオロチみたいに何もかもぶち壊している。
しかし、肝心の魔物にはかすりもしない。
これだけ暴れられたらスサノオノミコトもお手上げだろう。
「くぁ……」
狼の爪が剣を弾き飛ばした。
聖剣は光の尾を引きながら木の幹にドスリ。
森から金色が消えた。
闇が訪れる。
「やっぱりボクじゃダメなんだ……」
勇者ユースハルトは泣いていた。
狼がじりじりと距離を詰め……。
ダメだ。
見ていられない。
「勇者様、防御姿勢を取っていてください」
俺は隠れていた茂みから飛び出した。
雷電イモを投げる。
2本の銅線がイモの重さに引かれて長く伸びる。
線に触れた狼が悲鳴すらなく卒倒した。
そのまま動かなくなる。
狼たちが俺に食指を向けた。
俺は地面に両手をついた。
逆立ちでもする勢いで、全身の魔力を地面に注ぎ込む。
無数の根が立ち上がって、フェンスみたいに網目を組んだ。
突き上げられた根が1匹を串刺しにするのが見える。
根の檻が狼たちを完全に囲んだ。
本命のほうは、すでにヘタを抜いて投げ込んである。
「失礼します!」
と一言断りを入れてから、俺はユースハルトに覆いかぶさった。
いい匂いがした。
フローラルな。
そして、華奢な肩幅。
ぎゅっと目をつむった顔が間近に見えた。
性別は依然として不明。
女の子だったらいいな、と思ったそのとき、背後が赤く爆ぜた。
爆閃イチゴの手榴弾。
爆音の後に枝葉を叩く雨みたいな音が数秒続いた。
雨粒が赤い。
血の雨。
いや、ミンチの雨だろう。
初めて魔物を討伐できた。
俺は心の中で小さくガッツポーズをしておいた。




