3 自然界の武器
「やっぱり高まっているよな」
魔法の効果の話だ。
全力で栽培魔法を使ったら、俺の前の森だけジュラ紀の原生林みたいなスケールになった。
窒息しそうなほど緑の香りが強い。
火気厳禁レベルの酸素が放出されている気がする。
思い当たる節はひとつしかない。
前世の記憶を思い出したこと――。
持っている知識量が増えたから魔法の効果が強まったのだ。
記憶が戻る前の俺は、植物が呼吸していることも、光合成の働きも、葉緑体の存在も、細胞分裂の概念も、成長点や形成層の語も知らなかった。
何も知らずに闇雲に魔力を送っていた。
植物への解像度が高まったことで、魔法を効果的に運用できるようになった。
そう推測が立つ。
今の俺は、家を回さなくても電球を交換できることに気がついたポーランド人といったところだろう。
栽培魔法は果実にも影響を与えるようだ。
紫のメロンみたいなものが木に鈴なりになっている。
裂け目からあふれるのはグロテスクな赤。
イチジクだった。
これだけ大きなものは自然界には存在しないと思う。
「……」
30秒くらい迷ってから、ひと口食べてみた。
「あっま」
アダムとイブが食べた禁断の果実はイチジクだったとも言われている。
それも納得な甘さだ。
罪の味がする。
猫じゃらしも巨大化している。
タヌキの尻尾大。
種子はトウモロコシ並み。
アワの原種だから、脱穀したら食べられるかもしれない。
「自給自足できるな」
穀物、野菜、果物……。
栽培できない魚肉と乳製品は買うとしても、食費が浮く。
納品対象の泣姫鈴蘭も倍々ゲームにできる。
栽培魔法は金のなる木だ。
魔物は怖いが、立ち回り次第で俺の未来はバラ色になるかもしれない。
ばあぁんん、――と。
オレが大阪人なら胸を押さえて倒れそうな音が街道に響いた。
風船葛が破裂したようだ。
俺の魔法で文字通りの風船サイズになっている。
果実に集まっていた鳥やリスが大慌てで逃げていく。
「!」
俺の頭に知恵の電球が灯った。
気分はリンゴの落下を目撃したニュートンだ。
鳥を追い払えるのなら、
「栽培魔法で魔物も倒せるかも!」
俺は街道を外れて森に分け入った。
落としたコンタクト・レンズを探す人みたいな格好で、あたりを見る。
異世界の植物は過激だ。
やけに殺傷力の高いものが多い。
開墾で森に入るときも、魔物より植物のほうが恐ろしかった。
奴らは巧妙に罠を張り巡らせているからだ。
「お」
たとえば、これ。
俺は地上を這うように伸びる2本の線を、枝で慎重に持ち上げた。
銅のような光沢がある。
元の世界の人間なら、なんでこんなところに銅線が? と首をかしげるだろう。
でも、これは植物だ。
線をたどった先にはツヤ出しした石炭みたいな黒いイモが半分顔を覗かせている。
雷電芋――。
導電性のツルを地上に伸ばして、通りがかった獲物を感電死させる、自然界の電撃トラップだ。
優しかった最初の主人が養分になっていたことを思い出して、俺はそっと手を合わせた。
ともかく、うまく使えば魔物を倒せるはずだ。
「お、これも武器になりそうだな」
木の下で季節外れの積雪を見つけた。
小さな虫が雪に囚われている。
雪……ではなく、氷結苔だ。
甘い香りで虫を寄せ、低温により仮死させる捕虫植物。
氷結能を最大化すれば氷魔法の代用品になるかもしれない。
採取しておこう。
「……」
茂みの奥に赤いものを見つけて、俺は戦慄した。
爆発物処理隊員になったつもりで茂みを分ける。
薄暗がりにひっそりとなる赤い実。
一見すると、普通の野イチゴ。
だが、ひと回り大きく、濡れた炭みたいな匂いがする。
武器になる植物ランキングなんてものがあれば、これは間違いなく上位3指に入るだろう。
爆閃苺。
種子散布の方法に爆発を採用した危険植物だ。
手榴弾にたとえるなら、ヘタが安全ピン。
ヘタが抜けて落果すると数秒で爆発する。
たまにうっかり屋の動物がいて、爆閃イチゴを食べてしまう。
口の中で爆発するから当然その動物は死ぬ。
すると、爆閃イチゴは屍の体内で芽吹き、急成長。
やがて、真っ赤な実をつける。
根の土を払ってみると、案の定、あごを砕かれた小動物の頭蓋骨が出てきた。
俺はもう一度合掌した。
「爆閃イチゴ、量産っと」
栽培魔法で爆発力を盛り、ヘタの上でカットする。
天然の手榴弾だ。
大きさもちょうどそのくらい。
ヘタを取って投げてみた。
数秒後、轟音が森を揺すって、メリメリと木が倒れた。
あたりには木の白い繊維が散らばっている。
「上々だな」
俺はツル植物でかごを編んで、手榴弾ポーチを作った。
持ち運ぶのはちょっと怖い。
でも、心強い武器だ。
「あとは槍でも作るか」
ほどよい若木を見つけた。
栽培魔法で硬質化させながら槍の形に育てていく。
小枝を落とせば、槍の完成だ。
「さすがに金属製には劣るが」
護身用には十分だろう。
◇
ナキスズランはあっさり見つかった。
納品分の涙果を栽培魔法で量産し、余りは自分用にもらっておく。
「さて」
日が傾いてきた。
帰ろかと立ち上がったとき、森の奥から人の声が聞こえてきた。
言い争うような声。
茂みの中からそっと覗くと、冒険者風の一団がいた。
その一人が殺伐とした声で言った。
「勇者ユースハルト、お前はクビだ」




