2 栽培魔法
植木鉢を雑草まみれにする一芸で冒険者たちを大いに沸かせた俺は、コメディアンか道化師としては飛躍の一歩を踏み出した。
だが、冒険者生命は断たれたも同じだった。
俺がパーティーに加えてほしいと頭を下げて回っても、冒険者たちは腹を抱えて笑うだけ。
誰も首を縦には振ってくれない。
完全にネタ枠。
宴会の席なら呼んでやるよ、と確約を得たのが最大の成果だった。
「ソロで冒険者という道もナシではないですよね?」
「不可能ではないでしょうが、ふふっ、苦労されると思いますよ」
受付嬢はにじみ出る笑いをなんとか呑み込んで、表情筋総動員で仕事顔の維持に努めていた。
それでも、口元はだいぶ怪しい。
「ケルンさんには、駆け出し冒険者向けの一番平易な依頼をご紹介しますね」
「ありがとうございます。俺なんかのためにすみません」
「いえ、そんなに気を落とさないで。誰だって最初はフ、うまくいかないものです。……すみません」
頭を下げることで笑い顔を隠し、受付嬢は依頼書を見繕ってくれた。
なんにせよ、初めての依頼だ。
冒険者は完全実力主義の世界と聞く。
笑われたくないなら実力を示すしかない。
冒険者ギルドを出るとき、ゴードンの仲間が言った。
「あいつ、これだけ笑われてよく平気でいられるよな」
「プライドとかねえのか?」
答えは簡単だ。
――ない。
奴隷には何もない。
誇りもなければ、命もない。
路傍の雑草のように踏みにじられる現実と、過酷な労役があるだけだ。
だから、どれだけコケにされても俺は気にならない。
外に出ると、強い日射しに迎えられた。
さんざんな冒険者デビューだが、境遇としては確実に好転している。
俺はもう冒険者で、通りを行き交うほかの人たちと何も変わらない。
顔を上げると、空が高かった。
古びた石の街並みも俺には宝石に見える。
「頑張ろう」
こんなに前向きに慣れたのは、転生以来、初めてだった。
◇
俺は弾む足取りで町を出た。
受けた依頼は薬草採集。
泣姫鈴蘭の涙果、15個の納品。
依頼人は教会。
下級ポーションの作製に使うようだ。
一番簡単な依頼ということで、報酬はお察し。
ガキの使いみたいなものだが、それでも、今日食べるパン代くらいにはなるはず。
パンなんて転生してから一度も食べていない。
これは張り切るには十分な報酬だ。
「そもそも、労働に報酬があるの嬉しいな」
俺は開墾奴隷だった。
畑作業よりもっぱら森に入って斧を振るうことのほうが多かった。
だから、植物にはそれなりに詳しい。
ナキスズランについても知っている。
釣鐘状の花の中に治癒効果のある果実をつける、そう珍しくもない草だ。
果実が透明で涙に見えるから、『聖女の涙』と呼ばれていた。
森で見つけるたびに、鞭傷に塗っていたのをしみじみと思い出す。
「……」
町からそう離れていないところで馬の亡骸を見つけた。
大型ショベルカーのアームで殴られたような爪痕が胴体に残されている。
ティラノサウルスにでも襲われたのだろうか。
ここまでの道中、半ばスキップするほど浮かれていた俺だが、さすがに足から根が生えてしまった。
この世界の支配者は魔物だ。
人間に許された安息の地は城壁の中しかない。
壁の外は死地。
……お前も、こうなる……。
まばたきしない黒い目がそう言った気がした。
先達の警告は聞かないと。
「自分の武器を確認しておかないとな」
とはいえ、短剣の1本さえ買う金がない。
丸腰だ。
俺の武器と言えば、栽培魔法だけ。
冒険者ギルドで植木鉢を雑草まみれにしたとき、荘園にいた頃より魔法が強まっているように感じた。
自分の限界は知っておかねば。
どこまでできるのか、も。
「いっちょ全力をぶつけてみるか!」
道沿いの茂みの前に立つ。
俺は渾身の魔力を練り上げた。
魔力を練るのは、激辛カレーを思い浮かべて唾液を出すイメージに似ている。
それを全身でやる感じ。
噴き出してきた熱いものを両手のひらに集め、俺は草木を仰ぎ見た。
いざ――!
「おおおッ、いいっしょお!」
これといった効果はないと思うが、叫んで気持ちを乗せる。
バスタブを担ぎ上げて湯をかぶせるがごとく、ありったけの魔力を叩きつけた。
緑が爆発した。
入道雲が湧き立つ感じで森が膨らむ。
雑草の大波が押し寄せてくる。
木々が隣の木と融合しながら世界樹と化していく。
クラーケンじみた発達を遂げたツル植物が、古木を絞め殺し、無慈悲にへし折る。
折れた古木からひこばえが伸びて、噴火するように新しい木となる。
ようやく落ち着いたかと思ったら、花という花が小割の花火みたいに咲いた。
そして、バラバラと雹みたいに降ってくるのは、色とりどりの果実。
「……」
予想以上だった。
俺は街路樹みたいに棒立ちした。
我に返るまで数分を要したと思う。
「あー、なんとかなりそうだな」
地形を変えられるのだ。
ティラノサウルスが出ても逃げ切るくらいはできるだろう。
「うん」
俺はとりあえず笑うことにした。




