28 査察結果
伝説上の勇者は、聖剣のひと振りで国崩しの魔物を討滅し、大地に深い谷を刻んだらしい。
誇張された物語。
あるいは、まったくのフィクションだと思っていた。
しかし、今は歴然とした等身大の事実だったのではないかと考えを改めている。
なんせ、伝説の再現とも言えるような光景をまざまざと見せつけられたのだから。
ユシィが放った黄金の一撃により、あの黒い巨大な壁――スライムは残滓の一片すらも残さず消えてなくなった。
ゴブリンたちの亡骸さえも。
討滅されたことは疑いようがなかった。
伝説と違う点は、ユシィの聖剣で谷はできなかったということだ。
それどころか、アッチーノ要塞のどこにも崩れた箇所はない。
聖剣の余波による犠牲者もなし。
怪我人もゼロ。
怪我自体が癒えてなくなるという、伝説にすらない奇跡を俺たちは目の当たりにすることとなった。
酸を浴びて死にかけていた人はぴょんぴょん跳べるほどの健康体で、俺が枯らしたはずのクサイダケすら持ち直して、鼻の曲がりそうな臭いを振りまいている。
まさしく奇跡だ。
つまり、これが勇者ユシィの力なのだろう。
「私はこうなるってわかっていたわ」
とコニファーは豪語する。
「なんたって私だもの。王都の学校では開校以来類を見ないほどのエリートだったもの。私ってなんてすごいのかしら。そもそも私のパーティーの勇者に斬れない魔物なんていないのよ。フン!」
たぶん、これがコニファー流の最大級・最高峰の誉め言葉なのだろう。
「ユシィ、やりましたね!」
俺はパーにした手を高くした。
半ば放心状態で立っていたユシィは、まぶたを2回ほどぱちくりさせて、急に頬を赤くした。
照れ臭そうに手を重ねる。
勝利のハイタッチだ。
「かっこよかったですよ、ユシィ!」
「キミのおかげだよ、ケルン! ボクは自分自身を信じることができなかったけど、キミがボクのことを信じてくれたから頑張ってみようと思えたんだ!」
そう言って、少し涙ぐむ。
兵士たちにも波及して、泣くやら笑うやら万歳三唱するやらユシィを拝み倒すやら、思い思いに喜びを爆発させていた。
ヨーザンも男泣きで天を仰いでいる。
「みんなユシィが助けた人々ですよ。あ、謙遜はダメです。ここは素直に勝どきでも上げてください」
俺はユシィにエアマイクを近づけた。
「う、うぉーっ!」
あまりにも可愛らしい勝どきだった。
猫がニャーと鳴いたのかと思った。
兵士たちが野太い声を轟かせる。
こうして、アッチーノ要塞奪還作戦は今度こそ幕を下ろしたのだった。
「こほん」
と咳が響く。
俺は横っ面に冷や水をぶっかけられた気分になった。
みんなシーンと静まる。
咳をしたのはリュネットだった。
予備の眼鏡をかけ、冷めた目でユシィを見ている。
ユシィは気の毒なくらい青ざめた。
急転直下。
夢から醒めたという顔だ。
そう、大勲功を挙げたとしても査察官たるリュネットがノーと言えば、ノーなのだ。
ザッ、ザッ、ザッ、と危険な足音が響く。
ユシィを見下ろすリュネットの瞳には裁判長じみた厳格さと、処刑人の大斧を思わせる異様な光があった。
ユシィが俺の服の裾を掴んだのは、たぶん無意識だろう。
俺もでかくて頼れる仲間とかいたら、脇の下に潜り込んでいたかもしれない。
リュネットはそのくらい恐ろしいのだ。
そのリュネットがザッ、と動いた。
俺たちは戦慄して体を板みたいに突っ張った。
そして、リュネットの脳天を見下ろし、凍りつく。
なぜ脳天が見えているのかというと、彼女が胸に手を当て、片膝をついたからだ。
キラキラした瞳がレンズの向こうから見上げている。
ユシィを。
ただ、まっすぐに。
「査察結果など、もはやあえて申し上げるまでもございません。ユースハルト様、あなた様こそ、まことの勇者様です」
「……ほえ?」
さんざん毒づいてきた相手が平伏して大絶賛。
ユシィは、前世の記憶を取り戻したときの俺とどっこいどっこいなほどポカーンとしている。
代わりに俺が口を利く。
「こう言っては失礼ですが、リュネットさんってユシィに失格の烙印を押すためだけに、はるばる王都から来られた悪いお方じゃないんですか? もう少しはっきり言うと、査察と称してクビを宣告するのがお仕事では?」
隣でユシィがコクコクと首を縦に振った。
「それはよくある誤解です。勇査部に有形無形の圧力が加わっていることは認めます。しかし、わたくしたちは公明正大を是とし、不偏不党を己が剣に誓った身。そして、聖武器の守護を担う教会騎士でもあります。勇者様に不利益を与えることなど決してありえません」
固い意思がにじむ目でそう言い切った。
そこに嘘やごまかしは微塵も感じられない。
「いやぁ、それにしても厳しかったような」
俺はリュネットの悪役ムーブの数々を思い返し、ついでに、怒りを再燃させた。
「厳しい? 何をおっしゃっているのですか? わたくしは勇査部の中ではずば抜けて優しいほうだと自負しております。突然殴ったりもしませんし、ちゃんと敬語で話しますし、こうして服も着ているではないですか」
「服、え? いや、ん? 勇査部ってゴリラの集まりか何かなんですか……」
リュネットのムッとしたような顔からは、冗談の「じょ」の字も読み取れなかった。
ガチらしい。
しかし、まあ、納得だ。
鬼に徹するのが査察官の仕事なのだろう。
そうでなければ、査察にならない。
聖武器は王国に3つしかない貴重なものだ。
分類としては、兵器。
ある意味、ミサイルを民間人に貸し出すようなもの。
それを預ける相手を厳しく見定めるのは当たり前のことだ。
そして、厳しい目で見たうえで、ユシィは勇者として合格だった。
これが大事だ。
「でも、ボク、仲間に支えられないと何もできないよ?」
ユシィは下唇を噛んでうつむいた。
「そこは問題ありません。なにせ神話に描かれし伝説の初代勇者様も頼れる仲間たちに支えられ、何度も泣いて何度も負けて、それでも最後には魔王を討たれたのですから。支えてくれる仲間がいることは、むしろ査察において高評価です」
そうか。
出所不明な馬の骨を自認する俺でも、ユシィの役に立てたのか。
なんだか胸が熱くなる。
「しかしですね、ユースハルト様には直すべき点も非常に多いように思います」
リュネットは、教え子の手を定規でバシバシ叩くピアノ講師みたいな眼差しで言い募る。
「ゴブリンたちを追い立てるお姿、まるで猟犬のようでした。ちょっとどうかと思いました。恥ずかしくないのですか? わたくしは顔から火が出そうでした。あの後、本当に顔が溶け落ちて、その節はありがとうございました。しかし、本当に恥ずかしかったです」
「は、反省します……」
きっとユシィは水圧が高すぎるのだ。
消防用ホースで花壇に水をやると、花を土ごと消し飛ばしてしまうのが道理。
ゴブリン退治みたいな細々した作業には向いていないのだ。
しかし、ひとたび火事となれば百人力。
ユシィは大物狩りに向いている。
ドラゴンスレイヤー・タイプの勇者なのだ。
「それから、直接の査察対象ではありませんが、ケルン様」
「な、なんでしょう?」
「わたくしは正直、あなた様を侮っておりました。しかし、あなた様のユースハルト様に対する献身は本物です。なにより傑出した栽培魔法の才。稀世の雄と称さずにはおれません」
これ以上ない大絶賛だった。
ありがとうございます。
「ケルン様に対するわたくしの非礼、ゆるしていただケルンでしょうか? ……フッ」
「台無しですよ。俺、めちゃくちゃ嬉しかったのに」
ダジャレのノルマをこなして満足したらしい。
コニファー様も素晴らしいご活躍でした、とお世辞を残してリュネットは下がっていった。
「……ぁぅ」
ユシィがふらつく。
俺は腰のあたりに手を回して抱き止めた。
細い腰だった。
柔らかさも女の子のそれだ。
しかし、胸は黒き死の谷にも勝る絶壁っぷり。
未だに性別の特定には至っていない。
「ご、ごめん。いろいろホッとしたら力抜けちゃった……」
「桃、いっときますか?」
俺は桃の木を生やして、丸々とした果実を実らせた。
「あはは。ちょっとお腹空いてたとこっ!」
ユシィはケラケラ笑って桃にかぶりついた。




